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2026年10月1日から、改正労働施策総合推進法によるカスタマーハラスメント対策の義務化と同時に、求職者等に対するセクシュアルハラスメント防止措置(いわゆる「就活セクハラ」対策)が全事業主の義務となります。さらに改正女性活躍推進法により、プラチナえるぼし認定の要件に「求職者等に対するセクハラ防止措置の内容を公表していること」が加えられます(同じく2026年10月1日施行予定)。企業のハラスメント体制は「相談窓口を作ったかどうか」という段階から、「申告があったときに、どこまでの処分を、どういう根拠で下せるのか」という段階へ移っています。その問いに最高裁が正面から答えた事案が、本日取り上げるL館(海遊館)事件(最高裁第一小法廷平成27年2月26日判決・労働判例1109号5頁)です。
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📌 この記事のポイント ✓ 身体的接触が一切ない「言葉だけ」のセクハラに、出勤停止30日(懲戒解雇に次ぐ重い処分)+降格を有効とした最高裁判決 ✓ 「明白な拒否がなかった」「事前の警告がなかった」「処分歴がない」という加害者側の弁解を、いずれも有利に斟酌しないと明言 ✓ 会社がセクハラ防止の研修・周知に取り組んでいた事実が、加害者の情状を悪くする方向に働いた ✓ 2026年10月施行の就活セクハラ対策義務化を控え、就業規則・懲戒規定・研修記録の点検の「答え合わせ」に使える判決 |
この事件は、@身体的接触が一切ない「言葉だけ」のセクハラであり、A被害者が明確な拒否の態度を示しておらず、B加害者に懲戒処分歴がなく、C会社から事前の警告も受けていなかった――という、加害者側に有利に見える事情が四つも揃っていたにもかかわらず、出勤停止と降格が有効とされました。大阪高裁が一度は「重きに失する」として処分を無効にしたものを、最高裁が破棄したという経緯も含め、懲戒処分の相当性を考えるうえで避けて通れない判決です。
| 当事者 | 属性 |
| Y社 | 大阪市の第三セクターで、水族館を経営する会社 |
| X1 | 営業部サービスチームのマネージャー(責任者) |
| X2 | 課長代理 |
| A | 30歳代の女性派遣社員 |
| B | 20歳代の女性派遣(請負)社員 |
X1・X2はいずれも管理職であり、A・Bと同一部署内で勤務していました。
ここが本判決を読むうえでの最重要ポイントです。Y社は、決して「何もしていない会社」ではありませんでした。
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Y社が講じていた防止措置 ・就業規則に「会社の秩序又は職場規律を乱すこと」を懲戒事由として規定 ・平成22年11月1日以降、「セクハラ禁止文書」を従業員に配布し、職場にも掲示 ・同文書には、@他人に不快感を与える性的な言動、A性的な言動により社員等の就業意欲を低下させ、能力発揮を阻害する行為、等を禁止行為として列挙 ・研修その他、セクハラ防止のための種々の取組を実施 |
つまりY社は、方針の明確化・周知啓発・研修という、男女雇用機会均等法11条に基づく指針が求める措置を相応に講じていた会社でした。この「会社側の取組の充実」が、後に加害者側の弁解を封じる決定打になります。
X1は、女性派遣社員Aが執務室で一人で勤務している際に、自らの性的な事柄について殊更に具体的な話をするなど、判決が「極めて露骨で卑猥な発言」と評価した言動を繰り返しました。X2は、AおよびBに対し、年齢や未婚であることを揶揄し、「もうそんな歳になったん。結婚もせんでこんなところで何してんの。親泣くで」等と、判決が「著しく侮辱的ないし下品な言辞で同人らを侮辱し又は困惑させる発言」と評価した言動を繰り返しました。
これらの言動は、1年余りにわたって反復継続されました。そして、その多くは第三者のいない状況で行われています。
Y社は、派遣会社からの申告によってこれらの言動を把握しました。被害者A・B本人から直接会社に申告があったのではない点に注意が必要です。Y社が下した処分は以下のとおりです。
| X1 | X2 | |
| 懲戒処分 | 出勤停止30日 | 出勤停止10日 |
| 出勤停止に伴う賃金・賞与の減額 | 65万円強 | 42万円強 |
| 降格 | 資格等級1等級ダウン | 資格等級1等級ダウン |
| 管理職解任に伴う管理職手当の減額 | 月額9万円強 | 月額6万円強 |
Y社では、出勤停止は懲戒解雇に次ぐ重い懲戒処分でした。また資格等級制度規程上、懲戒処分を受けた従業員については自動的に役員等で構成される審査会が開かれ、降格相当と判断されれば社長が降格処分を下す仕組みになっていました。なお、被害者Aは、その後Y社を辞職しています。
本件の争点は、@懲戒処分(出勤停止)の相当性(労働契約法15条にいう「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」に当たるか)と、A降格処分の有効性(人事権の濫用に当たらないか)の2つです。その判断の中で、加害者側が主張した次の事情をどう評価するかが実質的な勝敗を分けました。
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加害者側が主張した「有利な事情」 ・被害者から明白な拒否の態度を示されておらず、許されていると誤信していた ・事前に会社から警告や注意等を受けていない ・過去に懲戒処分歴がない ・出勤停止により相応の給与上の不利益を被っている |
| 審級 | 裁判所・判決日 | 結論 |
| 第一審 | 大阪地判平成25年9月6日(労判1099号59頁) | 各処分を有効 |
| 原審 | 大阪高判平成26年3月28日(労判1099号33頁) | 一審判決を破棄。出勤停止は「重きに失した」懲戒権の濫用、降格も無効 |
| 最高裁 | 最一小判平成27年2月26日(労判1109号5頁) | 原審を破棄し、第一審判決を正当(=各処分は有効) |
【推測】高裁が処分無効の結論に至った背景には、加害者が事前に警告を受けていなかったこと、被害者から明確な拒絶がなかったこと、処分歴がなかったことなどを、加害者側に有利な事情として重く評価した判断枠組みがあったものと考えられます。実務家の間でも「一度は高裁が加害者側に振れた」事案として記憶されています。
最高裁は、Xらの言動について、同一部署内で勤務していたA・Bに対し職場において1年余にわたり繰り返された発言等の内容は、いずれも女性従業員に対して強い不快感や嫌悪感ないし屈辱感等を与えるもので、職場における女性従業員に対する言動として極めて不適切であり、「その執務環境を著しく害するものであった」と述べ、当該従業員らの就業意欲の低下や能力発揮の阻害を招来するものと評価しました。
注目すべきは、身体的接触の有無に一切言及していないことです。評価軸は「執務環境を著しく害したか」「就業意欲の低下や能力発揮の阻害を招いたか」であり、これは均等法上の環境型セクハラの定義に対応する考え方です。
最高裁は、Y社が研修やセクハラ禁止文書の周知徹底等を行っていた事実を指摘したうえで、Xらは管理職としてY社の方針や取組を十分に理解し、「セクハラ防止のために部下職員を指導すべき立場にあったにもかかわらず」セクハラ行為等を繰り返したのであり、その職責や立場に照らしても著しく不適切と述べました。
会社がハラスメント防止に取り組んでいたことは、加害者の情状を悪くする方向に働く――この論理は極めて重要です。逆に、研修をやっていない会社ほど、加害者に「知らなかった」という弁解の余地を与えてしまうことになります。
被害者AがY社を辞職したこと等をもって、Xらの行為が「Y社の企業秩序や職場規律に及ぼした有害な影響は看過し難い」と評価されました。被害者が職場を去ったという結果それ自体が、処分の重さを基礎づける事情として明示的に考慮されています。
最高裁が最も踏み込んだのがこの部分です。判決は、職場におけるセクハラ行為については、被害者が内心で著しい不快感や嫌悪感等を抱きながらも、職場の人間関係の悪化等を懸念して、抗議・抵抗や会社への被害申告を差し控えたりちゅうちょしたりすることが少なくないとの一般論を示したうえで、「明白な拒否の態度を示されておらず、許されていると誤信していた」という事情は加害者に有利に斟酌できないとしました。
これは、セクハラ事案における「沈黙=同意ではない」ことを最高裁が正面から認めた判示として、実務上繰り返し引用されています。しかも本件の被害者は派遣社員であり、雇用関係上さらに声を上げにくい立場にありました。
最高裁は、@行為が1年余にわたる反復継続的なものであったこと、A管理職としての職責、B行為の多くが第三者のいない状況で行われており、Y社が被害申告の前に事態を具体的に認識して警告等を行い得る機会がなかったこと、を挙げ、事前に警告や注意を受けていないことは加害者に有利に斟酌し得る事情とはいえないとしました。
「密室でやっていたから会社が気づけなかった」ことを、加害者が「会社は警告しなかった」と主張する材料には使えない――この論理は、ハラスメント事案の弁解パターンを一つ潰した意義があります。
最高裁は、「懲戒処分を受けたとき」という降格事由への該当性を認めたうえで、当該降格処分の根拠規定には「職場規律等を維持するための降格」として合理性があるとしました。そして、行為内容および懲戒解雇に次ぐ重い処分を受けていることからすれば、1等級の降格が社会通念上著しく相当性を欠くとはいえず、管理職である課長代理としての地位が失われ相応の給与上の不利益を伴ったことを考慮しても左右されないとして、人事権の濫用に当たらないと判断しました。
本判決は、身体的接触のないセクハラに出勤停止30日+降格という重い処分を許容しました。ただし、そこには明確な条件が読み取れます。すなわち、@言動が極めて露骨・侮辱的であること、A1年余という長期にわたり反復継続していること、B加害者が管理職であること、C会社がセクハラ防止の取組を相応に行っていたこと、D被害者が退職するなど企業秩序への有害な影響が現実化していること、です。
【当法人の見解】逆にいえば、単発の失言に対していきなり出勤停止30日を科すことは、本判決を根拠にはできません。本判決は事例判決であり、「言葉のセクハラでも重い処分ができる」ではなく「これだけの事情が揃えば重い処分もできる」と読むべきです。
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✓ 顧問先に確認すべき4項目 1. 懲戒事由にセクハラが読み込めるか ― Y社は包括条項+禁止行為を列挙した「セクハラ禁止文書」の周知という構成でした。就業規則本体にハラスメントの禁止と懲戒事由該当性を明記しておくのが安全です。 2. 懲戒処分の種類と重さの序列が明記されているか ―「出勤停止は懲戒解雇に次ぐ重い処分」という位置づけが判決でも前提とされています。 3. 懲戒処分と降格を連動させる規定があるか ― 懲戒処分だけでは管理職から外せないため、資格等級制度など人事制度側の根拠規定が不可欠です。 4. 管理職手当の減額根拠 ― 役職手当が役職に対応して支給される旨を明記しておく必要があります。 |
就業規則・懲戒規定の整備は、当法人の就業規則作成・改訂サービスで支援しています。
本判決で決定的だったのは、Y社が研修とセクハラ禁止文書の配布・掲示を行っていた事実です。これがあったからこそ、加害者の「知らなかった」「警告されていない」という弁解が封じられました。社労士としては、@ハラスメント研修の実施日・対象者・配布資料を記録として残す、A禁止文書の配布記録と掲示状況の写真を保存する、B管理職向けには一般社員と別建ての研修を実施し「防止のために部下を指導する立場」であることを明示する、といった助言が有効です。
本件の被害者はいずれも派遣社員・請負社員でした。均等法上のセクハラ防止措置義務は、派遣労働者との関係では派遣先事業主にも及びます(労働者派遣法47条の2)。自社の直接雇用者だけを対象にした研修・相談窓口では不十分です。また本件では、被害の端緒が派遣会社からの申告でした。派遣先としては、派遣元との連絡ルートも実質的な相談経路であることを認識しておく必要があります。
前述のとおり、2026年10月1日から求職者等に対するセクハラ防止措置が義務化されます。本判決の考え方は、採用面接・インターンシップ・OB/OG訪問の場面にもそのまま応用できます。すなわち、@「相手が笑っていた」「嫌がっていなかった」は防御にならない、A会社が防止措置を講じていたことは、加害者の情状を悪くする方向に働く、という2点は、就活セクハラの局面でこそ重い意味を持ちます。
正確性を期すため、確認できなかった点を明記します。
・事件番号:一部の解説記事に記載がありますが、最高裁判所ウェブサイトの判例本体による一次情報の裏付けが取れていないため、本記事では確定的な記載を避けます。判決年月日(平成27年2月26日)・裁判所(最高裁第一小法廷)・掲載誌(労働判例1109号5頁)は、複数の独立した専門資料で一致を確認しています。
・民集への登載の有無:確認できていません。本記事では、確認できた労働判例1109号5頁のみを掲載箇所として記載しています。
・被害者Aの辞職とセクハラとの因果関係の詳細:判決は辞職の事実を企業秩序への影響を示す事情として挙げていますが、辞職理由の詳細な認定内容は確認できていません。
L館(海遊館)事件は、「セクハラの重さは、触ったかどうかではなく、執務環境をどれだけ害したかで決まる」ことを最高裁が示した判決です。そして、加害者が持ち出しがちな3つの弁解――「拒否されなかった」「警告されなかった」「処分歴がない」――を、いずれも斟酌しないと明言しました。
同時にこの判決は、ハラスメント防止に真面目に取り組んでいる会社ほど、いざというときに毅然とした処分を下せるという構造を示しています。2026年10月の就活セクハラ対策義務化を控えたいま、顧問先の就業規則・懲戒規定・研修記録を点検する好機です。当法人は、規程整備から研修記録の残し方、実際にハラスメント申告があった際の対応まで、経営者と共に歩き、最善の解を導き出します。
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【根拠法令・参考判例】 ・労働契約法15条(懲戒) 【出典】 ・労働新聞社「海遊館事件(最一小判平27・2・26) 管理職がセクハラ発言、出勤停止無効とした原審は 著しく不適切な行為と覆す」 【免責事項】 本記事は2026年8月5日時点の情報に基づく一般的な解説であり、個別の法的助言を構成するものではありません。判決の引用・要約は公表された判例解説資料に基づくものであり、個別事案への適用にあたっては事実関係により結論が異なり得ます。【推測】【当法人の見解】と付した部分は筆者の見解です。具体的な事案については、社会保険労務士・弁護士等の専門家にご相談ください。 |
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この記事を書いた人 三重 英則(みえ ひでのり) 社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員 |