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作成日:2026/08/17
【考察】「完全歩合給」は適法か? 保障給・残業代・年次有給休暇の賃金まで、実務Q&Aで総点検
労務トピック 賃金制度

「完全歩合給」は適法か?
保障給・残業代・年次有給休暇の賃金まで、実務Q&Aで総点検


生命保険会社の報酬制度見直しが報じられ、「フルコミッション」の法的な位置づけに注目が集まっています。完全歩合給を規律する労働基準法27条の保障給から、残業代・年休賃金の計算、不利益取扱いの限界まで、経営者・人事担当者が押さえるべき論点を整理します。
📌 この記事のポイント
・出来高払制そのものは適法だが、「保障給ゼロ」の完全歩合給は労基法27条に反する
・保障給は労働時間に応じた額(原則時間給建て)で定める必要があり、実労働時間と無関係な「月額○○万円保証」だけでは27条の保障給に当たらない
・歩合給にも残業代(割増賃金)は別途発生する――計算式は月給制と異なる
「歩合ゼロの月は年休賃金もゼロ」は法令上成り立たない――施行規則が計算方法を定めている
・年休取得を理由とする評価・報酬上の不利益取扱いは、公序違反として無効となるリスクがある

2026年7月、生命保険会社の営業社員の報酬制度について、完全歩合制に近い「フルコミッション」を見直し、月額の最低保障を導入する方針であることが報じられました。もっとも、この最低保障額については報道により「月30万円程度」「35万円程度」と相違があり、いずれも関係者への取材に基づく報道ベースの情報で、同社の公表資料で確認できるものではありません。

本記事は特定企業の制度の是非を論じるものではありません。この報道を契機に、「完全歩合給(フルコミッション)」を採用している、あるいは導入を検討している中小企業が確認しておくべき法律上の論点を、Q&A方式で整理します。

最初に押さえるべきなのは、完全歩合給の可否を直接規律しているのは労働契約法ではなく、労働基準法27条(出来高払制の保障給)と最低賃金法だという点です。労働契約法が主に機能するのは、歩合給制を新たに導入する場面・既存の賃金体系から移行する場面(合意の有効性・就業規則変更の合理性)です。この2つは論点の層が異なるため、以下では分けて解説します。

Q1 賃金の全額が成果で決まる「完全歩合給」は、そもそも認められるのですか?

A. 出来高払制自体は適法ですが、「保障給ゼロ」は認められません。

労働基準法27条は、出来高払制その他の請負制で使用する労働者について、「労働時間に応じ一定額の賃金の保障をしなければならない」と定めています。成果がゼロだった月の賃金をゼロにする設計は、この条文に正面から反します。押さえるべきポイントは4つです。

ポイント 内容
@ 労働時間に応じた保障 保障給は労働時間に連動しなければならず、原則として時間給建てで定めます。実労働時間の長短にかかわらず月額いくらと定めた固定額は、27条の保障給には当たらないと解されています。「最低保障として月○○万円」型の設計でも、時間当たりの保障単価を規程上明確にしておく必要があります。
A 保障給の水準 条文に金額の定めはありませんが、行政解釈では「常に通常の実収賃金とあまり隔たらない程度の収入」が保障されるよう定めるべきとされています(昭63・3・14基発150号)。実務上は、休業手当(労基法26条・平均賃金の60%以上)との均衡から、少なくとも平均賃金の6割程度が目安として示されるのが一般的です。
B 固定給が大半なら対象外 固定給部分が賃金総額の大半(概ね6割程度以上)を占める場合は、27条の「請負制で使用する」場合に当たらないと解されています(昭22・9・13発基17号、昭63・3・14基発150号)。逆に言えば、固定給ゼロの完全歩合給は27条が最も厳しく問われる領域です。
C 最低賃金との二重チェック 「歩合給の総額÷実労働時間」が地域別最低賃金を下回れば、それ自体が最低賃金法違反です(最賃法4条)。割増賃金や精皆勤手当・通勤手当・家族手当等は比較対象に算入されない点(同法4条3項)にも注意が必要で、毎月のモニタリングが不可欠です。
⚠ 「業務委託にすれば適用されない」は誤り――労働者性は契約書の名称ではなく、指揮命令の実態・場所と時間の拘束・報酬の労務対償性等から実質判断されます。労働者に当たれば労基法27条も最低賃金法も適用されます。業務委託とする場合も、フリーランス新法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律・2024年11月1日施行)の規律が及びます。
Q2 既存の賃金体系から歩合給制へ移行する場合、労働契約法上の注意点は?

A. 賃金の不利益変更に当たり得るため、「同意」か「就業規則変更の合理性」のいずれかを厳格に満たす必要があります。

労働条件の変更は労働者との合意が原則です(労契法8条・9条)。個別の同意を取得する方法による場合でも、賃金に関する不利益変更への同意の有効性は厳しく審査されます。最高裁は、同意の有無は署名・押印の有無だけでなく、変更により生じる不利益の内容・程度、労働者への情報提供・説明の内容等に照らし、労働者の自由な意思に基づくと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するかという観点から判断すべきとしています(山梨県民信用組合事件・最高裁平成28年2月19日判決)。

就業規則の変更による場合は、変更後の内容の周知に加え、不利益の程度・変更の必要性・変更後の内容の相当性・労働組合等との交渉状況等に照らした合理性が必要です(労契法10条)。賃金という重要な労働条件の不利益変更には「高度の必要性に基づいた合理的な内容」が求められるのが判例の枠組みです(第四銀行事件・最高裁平成9年2月28日判決)。移行時には、経過措置(調整給・激変緩和措置)の設計と丁寧な説明プロセスが実務上の鍵になります。

Q3 歩合給でも残業代は必要ですか? 計算方法は?

A. 必要です。ただし計算式が月給制と異なります。

出来高払制でも時間外・休日・深夜労働には割増賃金が発生します(労基法37条)。歩合給部分の割増賃金の単価は、賃金算定期間の歩合給総額を、当該期間の総労働時間数(時間外労働時間を含む)で除して算出します(労基法施行規則19条1項6号)。歩合給には時間外労働分の「1.0」の部分がすでに含まれていると整理されるため、時間外労働については割増部分(0.25等)のみを上乗せして支払います(昭23・11・25基収3052号)。

注意すべきは、「歩合給の中に残業代も含まれている」という設計の危うさです。最高裁は、歩合給の計算過程で割増賃金相当額を控除する賃金体系について、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金部分を判別できず、労基法37条の割増賃金が支払われたとはいえないと判断しています(国際自動車事件・最高裁令和2年3月30日判決)。割増賃金は歩合給と別項目で計算・支給する設計が原則です。

Q4 完全歩合給の社員が年休を取ったら、その日の賃金はどう計算しますか?

A. 就業規則で定めた方式によりますが、「稼働がないから賃金もゼロ」という取扱いは労基法39条9項に違反します。

年休取得日の賃金は、次の3方式のいずれかを就業規則等であらかじめ定めて支払います(労基法39条9項)。方式を労働者ごとに使い分けることはできません(昭27・9・20基発675号)。

方式 計算方法 備考
@ 平均賃金 直前の賃金締切日以前3か月間の賃金総額 ÷ その期間の総日数 出来高払制等には最低保障あり(労基法12条1項但書:賃金総額÷労働日数×60/100と比較して高い方)
A 通常の賃金 出来高払制部分は「歩合給総額 ÷ 総労働時間数 × 1日平均所定労働時間数」(労基法施行規則25条1項6号) 実務上はこの方式を選ぶ会社が多い
B 標準報酬日額 健康保険の標準報酬月額の30分の1に相当する額 労使協定の締結が必要。協定なしには採用できない
💡 計算例(A通常の賃金方式の場合)
歩合給40万円・総労働時間200時間・1日平均所定労働時間7.5時間の場合
→ 400,000円 ÷ 200時間 × 7.5時間 = 1日15,000円
⚠ 完全歩合給で最も見落とされる論点――施行規則25条1項6号は、当該期間に出来高払制による賃金がない場合には、それ以前に出来高払賃金が支払われた最後の賃金算定期間の実績を用いると定めています。つまり「今月は契約が取れず歩合がゼロだったから年休賃金もゼロ」という取扱いは、法令上成り立ちません。
Q5 年休取得日を成績評価上の欠勤扱いにしても問題ないですか?

A. 賃金計算上の帰結と、制度上の不利益取扱いは切り分けが必要です。後者は無効となるリスクがあります。

労基法136条は、年休を取得した労働者に対する賃金の減額その他不利益な取扱いをしないよう使用者に求めています。最高裁は、同条自体は努力義務規定であり不利益取扱いを直ちに無効とする効力はないとしつつ、不利益取扱いの趣旨・目的、労働者が失う経済的利益の程度、年休取得への事実上の抑止力の強弱等を総合し、年休権の行使を抑制して労基法の趣旨を実質的に失わせると認められる場合には、公序に反して無効となるという判断枠組みを示しています(沼津交通事件・最高裁平成5年6月25日判決)。また、賞与の算定において年休取得日を欠勤として扱うことは許されないとした最高裁判決もあります(エス・ウント・エー事件・最高裁平成4年2月18日判決)。

取扱い 評価
年休取得日に稼働がなく、その分の歩合が発生しない 適法。ただしQ4の年休賃金は別途支払う
年休取得日の賃金を「稼働ゼロ=ゼロ」とする 違法(労基法39条9項違反)
表彰・昇格要件の稼働日数から年休取得日を除外する リスク高(公序違反として無効となり得る)
賞与・インセンティブの算定で年休取得日を欠勤扱いする リスク高(エス・ウント・エー事件)

なお、年10日以上の年休が付与される労働者に対する年5日の時季指定義務(労基法39条7項・8項)は、完全歩合給の社員にも適用されます。「歩合制だから本人が休みたがらない」は義務を免れる理由になりません。自主的な取得が構造的に進みにくい職場ほど、時季指定・計画的付与の枠組みをあらかじめ用意しておく必要があります。

Q6 契約が早期解約された場合、支払済みの歩合給を返還させることはできますか?

A. 「いったん確定した賃金を後から返還させる」設計は労基法24条に触れます。設計段階で「支給要件」として組み立てる必要があります。

すでに発生した賃金債権を使用者が一方的に控除することはできず(賃金全額払いの原則・労基法24条1項)、使用者側の債権による相殺も原則許されません(関西精機事件・最高裁昭和31年11月2日判決等)。労働者の自由な意思に基づく合意による相殺は、その自由な意思に基づくことが明確な場合に限り許容される余地があるにとどまります(日新製鋼事件・最高裁平成2年11月26日判決)。

同じ経済効果を狙う場合でも、「いったん歩合給として支払い、解約が生じたら翌月給与から控除する」型は24条に正面から抵触するのに対し、賃金規程上「契約が○か月継続していること」を歩合給の支給要件として定め、要件充足まで賃金債権が発生しない構成にすれば、24条の問題は生じにくくなります。前払・立替(アドバンス等)を行う場合も、賃金と相殺せず貸付債権として別建てで処理し、返還条項が労基法16条(賠償予定の禁止)に触れない内容であることの確認が必要です。

実務チェックリスト――完全歩合給を採用・検討している会社の10項目
# 確認事項 根拠
1 賃金規程に保障給の定めがあり、労働時間に連動する形で定められているか 労基法27条
2 保障給の水準が通常の実収賃金とあまり隔たらない水準か(目安:平均賃金の6割程度) 昭63・3・14基発150号
3 「歩合給総額÷実労働時間」が地域別最低賃金を下回る月がないか(毎月モニタリング) 最賃法4条
4 割増賃金を歩合給と別項目で計算・支給しているか(歩合給に含める設計になっていないか) 労基法37条/国際自動車事件
5 歩合給部分の割増単価を総労働時間数(時間外含む)で除して算出しているか 労基法施行規則19条1項6号
6 年休取得日の賃金の支払方式が就業規則に明記され、実際の給与計算と一致しているか 労基法39条9項・89条
7 歩合がゼロの月の年休賃金を、直前の歩合実績期間で計算しているか 労基法施行規則25条1項6号
8 表彰・昇格・賞与の算定で年休取得日を欠勤扱い・稼働日から除外していないか 労基法136条/沼津交通事件
9 年5日の時季指定義務の運用ができているか 労基法39条7項・8項
10 既払歩合の戻入・前払金の返還が、賃金からの控除・相殺になっていないか 労基法24条・16条
まとめ――歩合給制は「設計」と「毎月の運用」の両輪で守る

完全歩合給は、営業力を伸ばす強力なインセンティブになり得る一方、保障給・最低賃金・割増賃金・年休賃金という4つの法的チェックポイントを毎月クリアし続けなければならない制度です。賃金規程の設計段階の不備はもちろん、規程は適法でも給与計算の運用が規程とずれているケースが少なくありません。

当法人では、賃金規程・就業規則の点検(就業規則作成・改訂)や、給与計算が法令・規程と一致しているかの継続的な検証(給与監査顧問)を通じて、歩合給制を採用する企業の制度設計と運用の両面を支援しています。

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📚 本記事の根拠法令・裁判例・行政解釈

【法令】
・労働基準法 12条1項(平均賃金)、16条(賠償予定の禁止)、24条(賃金の全額払い)、26条(休業手当)、27条(出来高払制の保障給)、37条(割増賃金)、39条7項〜9項(年次有給休暇)、89条(就業規則)、136条(年休取得者への不利益取扱い)
・労働基準法施行規則 19条1項6号(出来高払制の割増賃金単価)、25条1項6号・2項(出来高払制の年休賃金)
・労働契約法 8条・9条・10条(労働条件の変更)
・最低賃金法 4条
・特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス新法・2024年11月1日施行)

【裁判例】
・国際自動車事件(最高裁 令和2年3月30日判決)
・沼津交通事件(最高裁 平成5年6月25日判決)
・エス・ウント・エー事件(最高裁 平成4年2月18日判決)
・山梨県民信用組合事件(最高裁 平成28年2月19日判決)
・第四銀行事件(最高裁 平成9年2月28日判決)
・関西精機事件(最高裁 昭和31年11月2日判決)/日新製鋼事件(最高裁 平成2年11月26日判決)

【行政解釈】
・昭22・9・13発基17号、昭63・3・14基発150号(保障給の趣旨・水準等)
・昭23・11・25基収3052号(出来高払制の割増賃金)
・昭27・9・20基発675号(年休賃金の計算方法)

※冒頭で触れた報酬制度見直しに関する記述は、2026年7月時点の報道(関係者取材)に基づくものであり、企業の公表資料で確認されたものではありません。
※本記事は一般的な法令解釈の整理であり、個別事案の結論を保証するものではありません。具体的な制度設計・変更手続については、事実関係を踏まえた個別の検討が必要です。
WRITTEN BY
三重 英則(みえ ひでのり)
社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員
特定社会保険労務士 / 経営心理士 / 経営法曹会議賛助会員
SRP認証番号 第160175号