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作成日:2026/08/03
【裁判例】降格は有効、それでも減給は無効? ― 住友不動産ベルサール事件にみる「予測可能性」の壁
裁判例解説

降格は有効、それでも減給は無効?
― 住友不動産ベルサール事件にみる「予測可能性」の壁


東京地判令和5年12月14日 ― 減額事由・減額幅の明示を欠き、本俸の減額は無効

2026年8月3日|社会保険労務士法人T&M Nagoya

おはようございます。社会保険労務士法人T&M Nagoya(名古屋市中区)の三重英則です。

「管理職として問題があるのだから、降格させて給料も下げるのは当然」――経営者の感覚としては自然かもしれません。しかし裁判所は、「降格させること」と「賃金を下げること」を別の問題として審査します。

今回ご紹介する住友不動産ベルサール事件(東京地判令和5年12月14日)は、部下への威圧的な言動を理由とする管理職から営業職への降格自体は有効としながら、それに伴う本俸の減額を「減額事由と減額幅が規程に明示されていない」「賃金テーブルが周知されていない」として無効とした事案です。規程整備の水準が問われる、実務インパクトの大きい判決です。

📌 この記事の要点

・所長職を解いて営業職に変更した降格(人事権の行使)自体は、裁量の逸脱・濫用なしとして有効とされました。
・しかし本俸の減額は無効。減額の事由と減額幅が給与規程等に明示されておらず、賃金テーブルも周知されていなかったため、減額の根拠を欠くと判断されました。
・他方、役職手当は規程に定めがあり、給与明細で金額も認識できたとして、不支給が認められています。
・解説記事は、本判決が「少なくとも賃金を減額する事由と、当該事由に対応する具体的な減額幅の明示」=予測可能性の確保を求め、周知されていない社内ルールによる救済を否定した点に実務上の意義があると指摘しています。

1. 事案の概要 ― 所長から営業職への降格と月給の減額

労働新聞社の判例解説記事によれば、事案の概要は次のとおりです。

原告は、施設運営事業・各種イベント等の運営事業等を営む被告会社に期間の定めなく雇用され、平成27年6月に事業所長に昇格しました。当時の賃金テーブル上の資格等級としては「所長3級」に格付けされ、同テーブル所定の本俸27万1000円およびポスト手当14万6000円(合計41万7000円)が支給されることになりました。

その後、平成30年10月1日に所長の職を解かれ、職務を営業職に変更されるとともに、資格等級は「営業職1級」に変更され、以後は同テーブル所定の本俸20万9000円および営業手当16万6000円(合計37万5000円。営業手当のうち8万9000円は固定残業代)が支給されることになりました(本件降格)。

原告は、本件降格および賃金減額の有効性等を争って訴訟を提起しました。降格の理由とされたのは、部下に対する威圧的な言動など、管理職としてふさわしくない言動でした。

2. 判決の結論 ― 処分ごとに分かれた判断
会社の措置 裁判所の判断 理由
所長職を解き営業職へ変更(降格) 有効 就業規則の配転条項に基づく人事権の行使。使用者に広範な裁量が認められ、部下への威圧的な言動による理不尽な指導など管理職としてふさわしくない言動が認められる本件では、裁量の逸脱・濫用なし
本俸の減額(27万1000円→20万9000円) 無効 減額の事由と減額幅が給与規程等に明示されておらず、賃金テーブルも周知されていなかったため、減額の根拠を欠く
役職手当(ポスト手当)の不支給 有効 役職手当は規程に定めがあり、給与明細で金額も認識できた

同じ「降格に伴う賃金の引下げ」でも、本俸と役職手当とで結論が分かれた点が、本判決の核心です。分かれ目は「規程への明示」と「労働者からの認識可能性」でした。

3. 判断枠組み ― 「降格の自由」と「減給の根拠」は別物

判決はまず、本件降格が就業規則の「業務の都合により、勤務地の変更または従事する業務の変更を命ずることがある」という条項に基づいて行われたと認定し、このような人事権の行使については使用者に広範な裁量権が認められるとしました。そのうえで、原告に管理職としてふさわしくない言動があったことを認め、降格自体は裁量の範囲内としています。

他方、賃金については、賃金は労働者にとって最も重要な労働条件の一つであるから、使用者が労働者との合意なく一方的に変更できるためには、労働契約または労働契約の内容となる就業規則上の根拠が必要である、という原則を確認しました。

▼ 本判決が求めた「根拠」の水準(解説記事による整理)

@ 配転条項のような抽象的な条項のみでは「労働契約上の根拠」として不足である
A 就業規則条項の内容として、少なくとも賃金を減額する事由、および当該事由に対応する具体的な減額幅が明示されている必要がある(=予測可能性の確保)
B 周知されていない社内ルール(本件では賃金テーブル)による「救済」は認められない

解説記事によれば、資格等級の降格に伴う賃金減額がどのような場合に認められるかという論点についての裁判実務の動向は、いまだ「担当裁判官次第」といった感を免れない混迷した状況にあります。そうした中で、本判決が東京地裁労働部における合議制事件の判決として上記の判断を示したことの実務上の意義は小さくない、と評されています。なお、同時期には、管理職からの降格に伴う基本給減額について、就業規則等の明確な根拠を欠くとして無効とした裁判例も現れています(日本HP事件・東京地判令和5年6月9日)。減給の根拠規定を厳格に求める流れは、本判決に限った話ではありません。

4. もう一つの落とし穴 ― 制度改定時の「移行ルール」

解説記事は、本件の事例に関連して、もう一つ重要な実務上の注意点を挙げています。本件では、降格後に会社が賃金テーブルの改定を行った際、各社員が改定後の賃金テーブルのどの資格等級に「貼付」されるのかという「移行ルール」の定めが置かれていなかったようだ、という点です。

就業規則に基づく人事処遇制度の改定に際しては、改定後の制度内容を就業規則化するだけでなく、移行ルールも含めて就業規則化することが必要です。移行ルールの就業規則化を欠くと、最悪の場合には新制度への「貼付」権限がない、すなわち新人事処遇制度への移行全体が認められないことにすらなりかねません。解説記事は、実務上こうした移行ルールの就業規則化を失念しているケースが非常に多いとして、併せて注意を促しています。

5. 実務への示唆 ― 「降格すれば給与も下がる」を制度で裏付ける

✅ CHECK POINT

@ 給与規程に「減額の事由」と「減額幅」を明示する
「降格することがある」だけでは足りません。どのような場合に等級が下がり、等級が下がるとどの金額(またはどのテーブル)が適用されるのかまで、就業規則・給与規程のレベルで読み取れるようにしておく必要があります。

A 賃金テーブルは就業規則の一部として周知する
本判決は、周知されていない賃金テーブルによる救済を認めませんでした。テーブルを「人事部門だけが持っている資料」にせず、就業規則の一部として労働者がいつでも確認できる状態にしておくことが不可欠です。

B 手当は「規程上の定め+本人の認識可能性」を確保する
本件で役職手当の不支給が有効とされたのは、規程に定めがあり、給与明細で金額を認識できたためです。手当の支給要件(役職に就いている間に限り支給する等)を明確に規定しておくことが、役職変更時の争いを防ぎます。

C 人事制度改定時は「移行ルール」まで就業規則化する
新旧テーブルの対応関係・貼付基準を規程化しないまま新制度へ移行すると、制度移行そのものの効力が争われるリスクがあります。制度設計時のチェック項目に必ず加えてください。

等級制度・賃金テーブル・降格降給条項の整備は、就業規則作成・改訂サービスで対応しています。また、人事制度の規程整備と運用の整合性は上場審査でも確認されるポイントであり、IPO労務監査・改善支援の点検項目にも含まれます。

🔎 本記事の確信度について

本記事は、労働新聞社の判例解説記事(住友不動産ベルサール事件・東京地判令和5年12月14日)を主たる情報源とし、労働新聞社公式サイトおよび複数の専門家による裁判例紹介(一部認容・一部棄却の結論を含む)で事件の実在と判断の骨子を確認のうえ執筆しています【解説ベース】。判決原文は参照できていないため、判旨の詳細な表現は解説記事に依拠しています。日本HP事件(東京地判令和5年6月9日・労働判例1306号42頁)は複数の公表情報で実在を確認しています【確認済み】。個別事案への適用にあたっては、必ず判決原文および専門家の助言をご確認ください。

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【根拠法令・裁判例】
・労働契約法(賃金その他の労働条件の変更に関する基本原則)
・労働基準法89条・106条(就業規則の作成・周知)
・住友不動産ベルサール事件(東京地判令和5年12月14日)
・日本HP事件(東京地判令和5年6月9日・労働判例1306号42頁)

【出典・参考資料】
・労働新聞社「住友不動産ベルサール事件(東京地判令5・12・14)」(令和8年2月2日第3531号14面掲載)
・労働新聞社公式サイト・同事件紹介ページ https://www.rodo.co.jp/precedent/212570/
・ミストラル社会保険労務士・行政書士事務所「降格は有効・年俸減額は無効(令和5年12月14日東京地裁)」 https://note.com/mistralejp/n/n086f0cfb5f76

【免責事項】
本記事は執筆時点で確認できた公表情報に基づく一般的な解説であり、個別の事案に対する法的助言ではありません。降格・降給の可否は規程の内容と具体的な事実関係により結論が異なりうるため、具体的な対応にあたっては弁護士・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。
WRITTEN BY
三重 英則(みえ ひでのり)
社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員
特定社会保険労務士 / 経営心理士 / 経営法曹会議賛助会員(SRP認証番号第160175号)