| 裁判例解説 60年以上続いた手当の廃止は有効か? ― 中日新聞社(錬成費不支給)事件にみる「労使慣行」の成立要件 東京高判令和6年3月13日 ― 労使慣行の成立を否定し請求棄却(上告棄却・不受理で確定) 2026年7月31日|社会保険労務士法人T&M Nagoya |
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おはようございます。社会保険労務士法人T&M Nagoya(名古屋市中区)の三重英則です。 「規程には書いていないが、昔からずっと続けてきた手当や運用」――多くの会社に、一つや二つは思い当たるものがあるのではないでしょうか。こうした運用は、一定の要件を満たすと「労使慣行」として労働契約の内容になり、会社が一方的にやめられなくなることがあります。 今回は、60年以上にわたり毎年支給されてきた「錬成費」という手当の廃止をめぐり、労使慣行の成立が争われた中日新聞社(錬成費不支給)事件(東京高判令和6年3月13日)をご紹介します。結論は会社側の勝訴でしたが、解説記事が指摘するとおり、「労使慣行ではないから廃止してよい」と単純に読むのは危険な判決でもあります。 |
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📌 この記事の要点 ・昭和30年代から60年以上続いた「錬成費」の支給打切りについて、東京高裁は労使慣行の成立を否定し、労働者側の請求を棄却しました(上告棄却・不受理により確定)。 |
| 1. 事案の概要 ― 規程に記載のない手当が60年以上支給されていた |
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労働新聞社の判例解説記事によれば、事案の概要は次のとおりです。 会社では、昭和30年代から60年以上にわたり毎年、従業員に「錬成費」を支給していましたが、就業規則、賃金規程、労働協約、労働契約のいずれにも「錬成費」の記載はありませんでした。 錬成費の支給時期・方法、金額、対象者の範囲には変動があったものの、昭和50年には1年に1回、3月に3000円を支給するようになり、平成21年までは現金の手渡しでしたが、平成22年には3月の給与支給時に合わせて振り込まれるようになり、課税所得として扱われることになりました。 会社は令和2年1月、2つある労働組合それぞれに対して錬成費の不支給を告知し、同年から支給しなくなりました。これに対し従業員が、錬成費の支給は労使慣行または黙示の合意として労働契約の内容となっていると主張して、労働契約に基づき錬成費とその遅延損害金の支払いを求めて提訴しました。 原審(東京地判令和5年8月28日)は、労使慣行も黙示の合意も認められないとして請求をいずれも棄却。従業員側が控訴しましたが、東京高裁も控訴を棄却し、その後、上告棄却・不受理(最三小決令和6年9月18日)により確定しています。 |
| 2. 労使慣行はいつ「契約内容」になるのか ― 成立の3要件 |
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労使慣行が民法92条の事実たる慣習として労働契約の内容になるかについて、裁判例では概ね次の3つの要件で判断されてきました。本判決もこの枠組みを前提としています(大阪高判平成5年6月25日、東京高判平成7年6月28日)。 |
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▼ 労使慣行が労働契約の内容となるための要件(裁判例の枠組み) @ 同種の行為・事実が長期間、反復継続して行われていたこと |
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本件では@の「60年以上の反復継続」は明らかでした。それでも労使慣行の成立が否定されたのは、Bの「規範意識」が認められなかったためです。 |
| 3. 東京高裁の判断 ― 「規範意識」に支えられていたとはいえない |
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東京高裁は、錬成費の支給が労使双方の規範意識によって支えられていたとはいえないとして、労使慣行の成立を否定しました。労働新聞社の解説記事によれば、考慮された事情は次のとおりです。 |
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▼ 規範意識を否定する方向に働いた事情 @ 過去に金額のほか支給方法や対象者を変更する際、労使交渉はなされず、会社が決定していた経緯があること |
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解説記事は、「規範意識」という主観をどのように認定するかについて、権限を有する者が「準則と認識していない」あるいは「認識している」と発言したからといって、それだけで決着するものではないと指摘します。本判決は事例判断であり、対象となる事項が継続するに至った経緯や、長年のうちに労使でやりとりしたことがあるかなど、具体的事実を丁寧に検討している点で参考になると評されています。 |
| 4. 「会社が勝った判決」と読むだけでは危ない ― 3つの留意点 |
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本判決を「長年の手当でも規程になければ廃止できる」と単純化して受け取るのは危険です。解説記事は、使用者側が留意すべき点として次の3つを挙げています。 第一に、労使慣行が否定されても「不利益変更」の問題は残り得るという点です。不利益変更に関する最高裁判決(最判平成9年2月28日)は、地裁では労使慣行の不利益変更と構成されていたところ、高裁・最高裁では「既得の権利ではない」とされ、労使慣行は否定されたと解されるものの、それでもなお不利益変更について論じています。したがって、労使慣行でないとしても、不利益の程度や性質に照らして、突然の変更が当然に許されるとは限りません。 第二に、本件はあくまで「小さく収まった」事案だという点です。本件は任意的恩恵的給付であり、そもそも使用者が一方的に金額・対象者等を変更し得るものと認定されていたこと、不利益の程度も少額であったことから、不利益変更論にまで踏み込むようなケースではなかったと考えられます。一般論としては、「労使慣行ではない」というだけでは終わらず、経過措置などが必要となる事案もあり得ると解説記事は留保しています。 第三に、労使慣行は「権利濫用判断の要素」にもなるという点です。労使慣行の法的意義は契約内容になることだけではなく、使用者の行為の権利濫用判断の判断要素となることがあります。例えば遅刻・早退の扱いなどについて緩めの運用をしていて、突然厳しい対応をした場合、仮に労使慣行の成立とまではいえなくても、不意打ちが懲戒権の濫用とされる可能性があります。この点でも、「労使慣行ではない」というだけでは終わらず、事前の周知徹底などが必要になることがあります。 |
| 5. 実務への示唆 ― 規程外の手当・運用をどう扱うか |
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✅ CHECK POINT @ 規程外の給付・運用を棚卸しする |
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規程と実態のズレの点検は、就業規則・賃金規程の見直しとセットで行うのが効率的です。就業規則作成・改訂サービスでは規程外運用の洗い出しを含めた整備を、給与監査顧問では手当・給付の支給実態の継続的な点検をご案内しています。 |
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🔎 本記事の確信度について 本記事は、労働新聞社の判例解説記事(中日新聞社(錬成費不支給)事件・東京高判令和6年3月13日)を主たる情報源とし、労働新聞社公式サイトおよび経営法曹会議の機関誌目次情報で事件の実在・審級の経緯(原審・東京地判令和5年8月28日、最三小決令和6年9月18日で確定)を確認のうえ執筆しています【解説ベース】。判決原文は参照できていないため、判旨の詳細な表現は解説記事に依拠しています。労使慣行の成立3要件は裁判例上の一般的な整理です【確認済み】。個別事案への適用にあたっては、必ず判決原文および専門家の助言をご確認ください。 |
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| 【根拠法令・裁判例】 ・民法92条(事実たる慣習) ・中日新聞社(錬成費不支給)事件(東京高判令和6年3月13日。原審:東京地判令和5年8月28日、最三小決令和6年9月18日により確定) ・労使慣行の成立要件に関する裁判例(大阪高判平成5年6月25日、東京高判平成7年6月28日) ・不利益変更に関する最高裁判決(最判平成9年2月28日) 【出典・参考資料】 ・労働新聞社「中日新聞社(錬成費不支給)事件(東京高判令6・3・13)」(令和7年5月19日第3497号14面掲載) ・労働新聞社公式サイト・同事件紹介ページ https://www.rodo.co.jp/precedent/198252/ ・経営法曹226号「労使慣行に関する裁判例」目次情報(CiNii) https://cir.nii.ac.jp/crid/1520306970840126592 【免責事項】 本記事は執筆時点で確認できた公表情報に基づく一般的な解説であり、個別の事案に対する法的助言ではありません。労使慣行の成否は具体的な事実関係により結論が異なりうるため、具体的な対応にあたっては弁護士・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。 |
| WRITTEN BY 三重 英則(みえ ひでのり) 社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員 特定社会保険労務士 / 経営心理士 / 経営法曹会議賛助会員(SRP認証番号第160175号) |