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作成日:2026/07/17
【法解釈】第三者による「賃金の振込代行」は直接払いの原則に違反しない? 〜厚労省がグレーゾーン解消制度で示した判断と実務上の落とし穴〜

行政解釈・最新ニュース解説

第三者による「賃金の振込代行」は直接払いの原則に違反しない?
〜厚労省がグレーゾーン解消制度で示した判断と実務上の落とし穴〜

1日単位の人材紹介+労務管理システム+賃金支払代行の組み合わせ事業について、厚生労働省が労働基準法第24条に違反しないと回答(令和8年5月26日)

📌 この記事の要点

1.厚生労働省は、1日単位の人材紹介・労務管理システム・賃金支払代行を組み合わせた新規事業について、労働基準法第24条(賃金直接払いの原則・毎月一定期日払いの原則)に違反しないとの回答をグレーゾーン解消制度に基づき公表しました(令和8年4月27日申請・同年5月26日回答)。

2.適法とされた決め手は、「賃金が労働者の手に渡るまで、使用者(求人企業)の賃金支払義務が消滅しない」仕組みであること、そして労使双方がシステム上で支払状況を確認できる透明性です。

3.ただし回答は、支払代行を委託しても使用者は免責されないことを明確に指摘しています。所定支払日に賃金全額が現実に支払われなければ、労働基準法違反に問われるのは代行業者ではなく使用者自身です。利用企業側にはこの点の管理体制が求められます。

1|何が起きたのか ― グレーゾーン解消制度に基づく厚労省回答

令和8年7月10日、労働新聞社は「直接払いに違反せず 人材紹介業の振込代行で 厚労省」と題する記事を報じました(労働新聞 令和8年7月20日第3553号2面掲載)。厚生労働省が、賃金の振込代行を含む新規事業について「労働基準法の直接払い原則に違反しない」との考えを示した、という内容です。

この判断の一次資料は、厚生労働省がウェブサイトで公表しているグレーゾーン解消制度の回答文書です。当法人にて原文を確認したところ、照会を行った事業者(社名は非公表)は、@1日単位の人材紹介サービスを基幹事業とし、A労務管理システムの提供、B賃金支払代行サービスを付帯サービスとして組み合わせる新規事業を検討しており、このBが労働基準法第24条第1項本文の「賃金直接払いの原則」および同条第2項本文の「毎月1回以上一定期日払いの原則」に違反しないかを照会したものです。

グレーゾーン解消制度とは、産業競争力強化法に基づき、事業者が新規事業を始める前に「自社の事業計画が現行規制に抵触しないか」を所管省庁に確認できる制度です。回答は個別の事業計画を前提としたものですが、行政の法解釈が文書で公表されるため、同種のサービスを利用・提供する企業にとって重要な先例的価値を持ちます。

2|前提知識:賃金「直接払いの原則」とは

労働基準法第24条は、いわゆる「賃金支払の5原則」を定めています。すなわち、賃金は@通貨で、A直接労働者に、Bその全額を、C毎月1回以上、D一定の期日を定めて支払わなければなりません。

📖 根拠条文:労働基準法第24条第1項本文

「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。」

このうち「直接払いの原則」は、親方や職業仲介人による中間搾取(いわゆるピンハネ)や、親権者等による賃金の横取りから労働者を守るために設けられた規定です。歴史的な経緯を持つ原則であるだけに、その運用は厳格です。労働者から委任を受けた任意代理人への支払いですら、直接払いの原則に違反すると解されています。一方で、労働者本人の意思を単に伝達するにすぎない「使者」への支払いは適法とされます(昭和63年3月14日 基発第150号)。

判例上も、労働者が退職金債権を第三者に譲渡した事案において、使用者はなお直接労働者本人に支払わなければならず、譲受人への支払いは許されないとした最高裁判決があります(小倉電話局事件・最三小判昭和43年3月12日)。直接払いの原則がいかに強力なルールかが分かります。

では、企業が給与計算・振込事務を外部業者に委託し、業者名義の口座から労働者に賃金が振り込まれる仕組みは、この原則に抵触しないのでしょうか。「第三者を経由して賃金が支払われる」形になる以上、疑義が生じ得ます。これがまさに、今回のグレーゾーン解消制度で確認された論点です。

3|照会された事業スキームと厚労省の判断

▶ 事業スキームの概要

公表された回答文書によれば、照会事業者が検討する仕組みの骨子は次のとおりです。

項目 内容
サービス構成 @1日単位の人材紹介(基幹)+A労務管理システム+B賃金支払代行(ABは付帯サービスで利用は任意)
前払いの仕組み 労働者からの申請に基づき、既往の労働(すでに働いた分)に対する賃金を、所定支払日より前に代行事業者が立替口座から振り込む。申請は「働いた日」単位で行い、金額の任意指定はできない
振込名義 代行事業者の口座から振り込まれるが、振込人名義は求人企業(使用者)の名称が表示される
支払状況の確認 求人企業はシステムを通じてリアルタイムで賃金債務額・支払状況を確認可能。労働者も給与明細等により、どの企業からいくら支払われたか(複数社分の内訳を含む)を確認可能
精算・手数料 代行事業者は求人企業に対し、紹介手数料と立替払いした賃金の合計額を請求。支払代行料金として1件につき200円を求人企業から徴収するパターンも想定(労働者からは一切徴収しない)
支払義務の帰属 賃金が労働者の手に渡るまで、求人企業の賃金支払義務は消滅しない

▶ 厚労省の判断枠組み

厚生労働省の回答は、直接払いの原則について次の判断基準を示しました。

【直接払いの原則について】
第三者が賃金の支払を受託してその支払に関与した場合であっても、賃金が労働者の手に渡るまで使用者の賃金支払義務が消滅しない場合には、直接払いの原則に抵触しない。

【毎月一定期日払いの原則について】
賃金支払期日を定めた上で、労働者の請求があった場合に、支払期日前であっても既往の労働に対する賃金を支払うことは、この原則に抵触しない。

そのうえで、本件スキームは「賃金が労働者の手に渡るまで求人企業の支払義務が消滅しない」構造であること、労働者・代行事業者・使用者の三者がそれぞれ前払額や支払状況を把握できる透明性が確保されていることを評価し、労働基準法第24条に違反しないと結論づけています。

ポイントは、代行事業者が賃金支払に関する「独自の意思決定」を一切行わず、あくまで使用者の履行補助者・支払窓口として機能している点です。中間搾取の防止という直接払いの原則の趣旨に照らせば、労働者から手数料を取らず、賃金全額がそのまま労働者の口座に届き、しかも使用者の支払義務が最後まで残る仕組みであれば、原則の保護目的は損なわれない、という整理と理解できます。

4|今回が初めてではない ― 積み重なる行政判断

実は、賃金支払代行に関するグレーゾーン解消制度の回答は今回が初めてではありません。厚生労働省の公表一覧を確認すると、同種の照会が繰り返し行われ、いずれも同じ判断枠組みで「違反しない」との回答が示されてきたことが分かります。

回答時期 事業内容
令和2年3月 賃金の支払を使用者に代わって行うサービス(スポットワーク仲介事業者による立替払い・即日払い)。照会企業は自社発表によりアルバイトマッチングサービス運営会社と判明
令和2年6月 職業紹介サービスの附帯サービスとして行う賃金の支払代行
令和5年3月 医療分野の職業紹介事業および給与の振込代行を行う事業
令和6年5月 賃金の支払(前払)を使用者に代わって行うサービス
令和8年5月(今回) 1日単位の人材紹介+労務管理システム+賃金支払代行の組み合わせ事業

「賃金が労働者の手に渡るまで使用者の支払義務が消滅しない場合は直接払いの原則に抵触しない」という判断枠組みは、令和2年以降一貫しています。スポットワーク(すきまバイト)市場の拡大に伴い、日払い・即日払いのニーズは今後も高まることが予想され、この解釈は同市場の法的インフラとして定着しつつあると評価できます。

5|経営者が見落としてはならない3つの実務ポイント

「適法とお墨付きが出たなら安心して使える」――そう受け止めた方にこそ、お伝えしたいことがあります。今回の回答文書には、報道ではあまり注目されていない使用者側への重要な注意喚起が含まれています。

▶ ポイント1:代行を委託しても、使用者は「免責されない」

⚠ 回答文書の指摘(要旨)
労働基準法第24条第1項に基づく義務は、使用者が賃金支払業務受託者に支払を委託すれば免責される性質のものではない。所定支払期日に労働者に対して賃金の全額が現実に支払われなかった場合、労働基準法違反に問われるのは使用者である。そのため使用者は、受託者における賃金の支払状況を確認するなど、所要の措置を講ずる必要がある。

つまり、代行業者の資金繰り悪化・システム障害・事務ミスで振込が遅れた場合でも、労働基準法上の責任を負うのは賃金を支払う義務を負う使用者自身です。労働基準法第24条違反には30万円以下の罰金(同法120条1号)も定められています。支払代行サービスを利用する企業は、@委託先の信用力・資金管理体制(立替原資の分別管理等)の確認、A支払状況をリアルタイムで確認する社内運用、B振込不能時の代替支払手順、をあらかじめ整えておく必要があります。

▶ ポイント2:口座振込の「基本手続」が前提条件

今回のスキームは、求人企業が「預貯金口座振込を適法に行うために必要な手続」を済ませていることが前提とされています。賃金の口座振込は本来、通貨払いの原則の例外であり、労働者本人の同意を得たうえで、本人指定の口座に振り込むことが必要です(労働基準法施行規則第7条の2)。加えて回答文書は、労使協定の締結や就業規則への規定を前提として挙げています。日雇い・スポットワーカーを受け入れる際も、こうした基本手続を省略できるわけではありません。就業規則や賃金規程が日払い・前払いの運用に対応しているか、この機会に点検をおすすめします。

▶ ポイント3:「給与ファクタリング」とはまったくの別物

賃金の前払い・早期化をうたうサービスには、今回のような使用者主導の支払代行型のほかに、労働者が賃金債権を業者に売却して手数料を差し引いた金銭を受け取る「給与ファクタリング」と呼ばれる類型が存在します。後者については、金融庁が貸金業に該当するとの見解を示しており、最高裁も令和5年2月20日の決定で、無登録業者による給与ファクタリング取引が貸金業法・出資法違反にあたるとした原審の判断を維持しています【報道ベース・判例集未確認】。労働者の手取りが手数料分目減りする点でも、今回適法とされたスキーム(労働者の負担ゼロ・賃金全額が本人に到達)とは似て非なるものです。従業員が誤って危険なサービスに手を出さないよう、福利厚生としての前払い制度を整備する企業側の対応も一考に値します。

6|まとめ ― 「賃金は最後まで使用者の責任」という原点

今回の厚労省回答は、スポットワーク時代の新しい賃金支払インフラに法的な道筋を示すものであると同時に、「賃金支払義務は外注できない」という労働基準法の原点を再確認するものでもあります。支払代行・前払いサービスの導入を検討する企業は、便利さの裏にある使用者責任の所在を正しく理解したうえで、就業規則・労使協定・委託先管理の3点セットを整備することが不可欠です。

当法人では、給与計算体制の構築・点検から、日払い・前払い制度導入に伴う就業規則や賃金規程の改訂まで、実務に即したご支援を行っています。給与計算のアウトソーシングをご検討の企業様は給与計算代行サービスを、支払プロセス全体の適法性点検をご希望の企業様は給与監査顧問サービスを、規程整備は就業規則作成・改訂サービスをご覧ください。

🔎 本記事の確認状況について

本記事は、厚生労働省が公表するグレーゾーン解消制度の回答文書(一次資料)および労働新聞社の報道(令和8年7月10日配信・同年7月20日第3553号2面)に基づき作成しています。事業スキームの詳細・厚労省の判断内容はいずれも一次資料の原文にて確認済みです。照会事業者の社名は公表されていません。給与ファクタリングに関する最高裁令和5年2月20日決定の記述は複数の報道・解説に基づくものであり、判例集原文での確認は行っていません。

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📚 根拠法令・裁判例・出典

・労働基準法第24条(賃金の支払)、第120条1号(罰則)
・労働基準法施行規則第7条の2(賃金の口座振込等)
・昭和63年3月14日 基発第150号(使者に対する賃金支払)
・小倉電話局事件(最三小判昭和43年3月12日)
・産業競争力強化法(グレーゾーン解消制度の根拠法)
・厚生労働省「グレーゾーン解消制度・新事業特例制度」活用実績:新事業活動に関する確認の求めに対する回答(令和8年4月27日申請・令和8年5月26日回答/労働基準局監督課)
  https://www.mhlw.go.jp/shinsei_boshu/gray_zone/gray_zone.html
  https://www.mhlw.go.jp/content/001710135.pdf
・労働新聞社「直接払いに違反せず 人材紹介業の振込代行で 厚労省」(2026年7月10日配信、労働新聞 令和8年7月20日第3553号2面)
  https://www.rodo.co.jp/news/222099/

※本記事は、公表された行政資料および報道に基づく一般的な解説であり、個別の事案に対する法的助言ではありません。グレーゾーン解消制度の回答は照会された具体的な事業計画を前提としたものであり、類似サービスの適法性を一般的に保証するものではありません。実際のサービス導入・制度設計にあたっては、個別の事情を踏まえた専門家へのご相談をおすすめします。記事の内容は掲載時点の情報に基づきます。

執筆者

三重 英則(みえ ひでのり)

社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員
特定社会保険労務士・経営心理士・経営法曹会議賛助会員
SRP認証番号 第160175号
中小企業の労務管理・IPO労務監査・労働紛争の未然防止を専門とし、経営者に伴走する実務支援を提供しています。