作成日:2026/07/15
【裁判例】就業規則は「月給制」、実際の支払いは「歩合給」――残業代はどちらで計算される?
| 裁判例解説 賃金・残業代 |
| 就業規則は「月給制」、実際の支払いは「歩合給」――残業代はどちらで計算される? |
| コーダ・ジャパン事件(東京高裁 平成31年3月14日判決・労働判例1218号49頁) |
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📌 この記事の要点
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就業規則では月給制と定められているのに、実際には歩合給で賃金が支払われていた運送会社の事案で、東京高裁は歩合給への変更合意の成立を否定し、就業規則どおりの月給制を基礎に割増賃金(残業代)を計算すべきと判断しました。 |
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裁判所は、山梨県民信用組合事件(最高裁平成28年2月19日判決)の枠組みを用い、労働者の同意が「自由な意思」に基づくと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するかを、@不利益の内容・程度、A経緯・態様、B情報提供・説明の内容から検討しました。 |
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本件では、割増賃金の支給の有無や計算方法について会社から十分な情報提供・説明がなかったことが決め手となり、歩合給の受入れは「自由な意思」に基づくとは認められませんでした。 |
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月給制と歩合給とでは割増賃金の計算方法・金額が大きく異なるため、就業規則・労働契約書と実際の給与計算のズレは、そのまま未払残業代リスクに直結します。 |
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| 1.はじめに ― 「規程は建前、実態は歩合」という運用の危うさ |
「就業規則は昔作ったままだが、現場はずっと歩合でやってきた」「本人も納得して働いている」――運送業や歩合中心の営業職では、こうした声が少なくありません。しかし、就業規則に定めた賃金体系と実際の給与計算がズレているとき、いざ未払残業代を請求されたら、裁判所はどちらを基準に残業代を計算するのでしょうか。
この問いに正面から答えたのが、今回ご紹介するコーダ・ジャパン事件(東京高裁平成31年3月14日判決・労働判例1218号49頁)です。本判決は上告棄却・上告不受理により確定しています。
被告は運送会社で、原告はトラック運転手兼配車係として勤務していた労働者です。会社は平成26年9月、同僚への暴行や暴言、売上申告の不正、給油カードの私的利用などを理由に原告を解雇しました。原告は解雇の無効を主張して労働契約上の地位確認と解雇後の賃金を求めるとともに、未払割増賃金(残業代)を請求しました。
賃金をめぐる対立の構図はシンプルです。会社の就業規則では「月給制」と定められていたにもかかわらず、原告には採用時の口頭説明等により「歩合制」が適用されていました。会社は「入社時に本人の同意を得て歩合制としていた」と主張し、第一審はこの主張をおおむね容れましたが、控訴審で判断が覆ります。
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▼ 本件の主な争点
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@ 解雇は有効か |
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A 就業規則(月給制)と異なる歩合制の合意は有効に成立していたか ― 残業代をどちらの賃金体系で計算するか |
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B 休憩時間とされていた時間や帰庫後の事務作業は労働時間に当たるか |
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控訴審は、就業規則に定められた月給制と異なる歩合制を労働契約の内容とすることは、就業規則に定められた労働条件の変更にあたるという視点に立ちました。そのうえで、賃金という重要な労働条件の不利益変更に対する労働者の同意については、最高裁の山梨県民信用組合事件(最高裁第二小法廷平成28年2月19日判決)が示した判断枠組みを用い、変更を受け入れる旨の労働者の行為があったかどうかだけでなく、次の事情に照らして判断すべきだとしました。
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▼ 同意の有効性を判断する際の考慮要素
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@ 当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度 |
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A 労働者により当該行為(変更の受入れ)がされるに至った経緯及びその態様 |
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B 当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容 |
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これらの事情に照らし、労働者の行為が「自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか」という観点から、同意の有効性が判断されます。形式的に同意の外形があるだけでは足りない、という厳格な基準です。
この枠組みを本件に当てはめた結果、控訴審は歩合制への変更合意の成立を否定しました。重視されたのは次の事情です。
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✔ 歩合制の受入れが「自由な意思」に基づくとは認められなかった理由
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入社時に、会社から割増賃金(残業代)の支給の有無や計算方法について十分な情報提供・説明がなかった |
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就業規則の月給制で賃金が支給される場合と比較して、有利か不利かを理解したうえでの同意とは言い難い |
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その結果、歩合制の合意は労働契約の内容とはならず、就業規則の定める月給制を基礎として割増賃金が計算し直されることになりました。会社にとっては、長年の「実態」がまるごと否定され、規程ベースで未払額を再計算されるという重い帰結です。
なお、解雇についても、暴行は軽微な負傷で直後に謝罪の意思が示されていたこと、暴言について会社が事前に注意・指導等の是正措置を講じていなかったこと、給油カードの私的利用も会社が認識しながら問題視してこなかったことなどから、無効と判断されています。日頃黙認していた問題行動を、解雇の局面でまとめて持ち出す対応は「後付け」と評価されやすいことを示す点でも、実務上参考になります。
| 5.なぜ「月給制か歩合給か」で残業代が大きく変わるのか |
歩合給にも割増賃金は発生します(労働基準法37条)。ただし、計算方法が月給制とは大きく異なります。月給制では月給を所定労働時間で割った単価に1.25倍等を乗じるのに対し、歩合給部分は賃金総額を総労働時間で割った単価に割増部分(0.25等)のみを乗じます(労働基準法施行規則19条1項6号)。
| 賃金体系 |
時間外労働の割増賃金の計算(原則) |
| 月給制 |
月給 ÷ 月平均所定労働時間 × 1.25 × 時間外労働時間数 (1.0の部分=通常賃金部分も別途支払いが必要) |
| 歩合給 |
歩合給総額 ÷ その期間の総労働時間 × 0.25 × 時間外労働時間数 (1.0の部分は歩合給自体で支払済みと扱われるため、割増部分のみ) |
分母(所定労働時間か総労働時間か)と掛け率(1.25か0.25か)の両方が異なるため、同じ労働時間でも月給制を基礎とした場合の未払額は歩合給ベースよりも大幅に膨らむのが通常です。本件のように「実態は歩合」という運用が否定され、月給制で計算し直されると、会社側の負担は一気に跳ね上がります。
| 6.あわせて注目 ― 休憩時間・帰庫後の作業も「労働時間」に |
本件では労働時間の範囲も争われました。裁判所は、休憩時間とされていた時間中も配車連絡用の携帯電話への対応を求められており、指揮監督から解放されていたとはいえないとして、休憩時間を労働時間に算入しました。さらに、帰庫後の事務作業についても毎日平均1時間を労働時間と認めています。
「手待ち時間」「付随作業」の労働時間性は、運送業に限らず多くの業種で見落とされがちな論点です。賃金体系の問題と労働時間の問題が重なると、未払額はさらに大きくなります。
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✔ 自社の賃金制度・労務管理の点検リスト
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@ 就業規則(賃金規程)と実際の給与計算が一致しているか。規程と運用のズレは、それ自体が未払賃金リスクです。 |
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A 賃金体系を変更する際、変更前後の比較や計算方法まで説明したうえで同意を得ているか。説明資料と同意書面を残し、「自由な意思」に基づく同意であることを客観的に示せるようにしておくことが重要です。 |
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B 歩合給・固定残業代に割増賃金分を含める場合、通常の労働時間の賃金部分と割増賃金部分とが明確に判別できるか。 |
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C 休憩中の待機・電話対応、帰庫後・始業前の付随作業を労働時間として把握・管理しているか。 |
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D 問題行動への注意・指導・懲戒を「その都度」記録に残して行っているか。放置してきた事情を解雇時にまとめて持ち出す対応は、裁判所に厳しく評価されがちです。 |
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本判決が示すのは、「みんな納得のうえでやってきた」という運用の積み重ねだけでは、就業規則に定めた賃金体系を書き換える効果は生じない、ということです。賃金制度の変更は、規程の改定・十分な説明・書面による同意取得をワンセットで設計する必要があります。
当法人では、就業規則・賃金規程の作成・改訂のほか、規程と実際の給与計算のズレを検証する給与監査顧問により、未払賃金リスクの予防をご支援しています。自社の賃金制度に不安のある経営者・人事ご担当者の方は、お気軽にご相談ください。
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▼ 根拠法令・参考判例
・労働基準法37条(割増賃金) ・労働基準法施行規則19条1項6号(出来高払制その他の請負制における割増賃金の基礎単価) ・労働契約法12条(就業規則の最低基準効)、16条(解雇権濫用法理) ・コーダ・ジャパン事件(東京高等裁判所 平成31年3月14日判決・労働判例1218号49頁。上告棄却・上告不受理により確定) ・山梨県民信用組合事件(最高裁判所第二小法廷 平成28年2月19日判決) ※本記事の事案の記載は労働判例掲載情報および専門家による判例解説等の公開情報に基づき再構成したものであり、判決原文の全文確認は行っていません。認容額等の具体的金額は、公開情報からは確認できなかったため記載していません。
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| 【免責事項】本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。実際のご対応にあたっては、就業規則・賃金台帳・労働条件通知書等の資料をご確認のうえ、社会保険労務士・弁護士等の専門家にご相談ください。本記事の内容は掲載日時点の情報に基づいています。 |
WRITTEN BY 三重 英則(みえ ひでのり) 社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員 特定社会保険労務士 / 経営心理士 / 経営法曹会議賛助会員 SRP認証番号 第160175号 |
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