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作成日:2026/07/09
【裁判例】シフト制で「働けなかった」分の賃金は請求できるか ― MENYA事件(東京地判令和6年3月26日)に学ぶシフト制の実務
賃金・休業手当/シフト制
シフト制で「働けなかった」分の賃金は請求できるか
― MENYA事件(東京地判令和6年3月26日)に学ぶシフト制の実務

📌 この記事のポイント

  • 新型コロナによる休業後の営業再開にあたり、会社が打診したシフトを勤務店舗・時間等を理由に拒否した労働者(夫婦)が、就労できなかった期間について10割の賃金と休業手当を請求しました。
  • 雇用契約では始業・終業時刻等を「別途シフト表を提出のうえ、個別に定める」としており、東京地裁は、会社に一定の勤務を割り振る義務はないと判断しました。
  • 会社が打診したシフトに従わなかった以上、就労できなかったのは労働者側の事由によるものであり、賃金全額請求(民法536条2項)も休業手当(労基法26条)も認められませんでした。
  • シフト制では、契約の定め方と「会社の打診が合理的だったか」が、賃金・休業手当の要否を大きく左右します。
1.事案の概要

労働者ら(夫婦)と会社は、当初は有期契約で、始業・終業時刻等を「1日の労働時間を8時間とし、別途シフト表を提出のうえ、個別に定める」、業務内容を「ラーメン店の調理作業員」等と定めた雇用契約を締結しました。その後、この契約は期間の定めのない契約となりました。

労働者らは当初はB店に勤務し、平成29年6月からはC店に勤務していました。C店は、新型コロナウイルス蔓延に伴う営業自粛要請等の影響で、令和2年3月28日から5月末まで休業し、6月1日に営業時間を短縮して再開しましたが、労働者らはC店のシフト表に組み込まれませんでした。

会社は7月以降、C店を含む都内複数の店舗のシフトを打診しましたが、労働者(夫)は、C店は閉店が決まっている・シフトの勤務時間や勤務日数が少なすぎる・店舗が遠い等の理由で受け入れられない条件であり、会社が自分たちを辞めさせるつもりだと考えて、これらの打診をすべて断りました。会社は7月31日にC店を閉店しています。

労働者らは、就労できなかったのは会社の責めによる休業であるとして、10割の賃金(民法536条2項)と休業手当(労基法26条)を求めました。

2.「働けなかった分」の補償 ― 民法と労基法の二段構え

労働者に働く意思と能力があったのに就労できなかった場合、その分の補償を使用者に求められるかは、民法536条2項(危険負担)と労働基準法26条(休業手当)の二段構えで検討します。両者はいずれも「使用者の責めに帰すべき事由」を要件としますが、その意味内容が異なる点が実務上のポイントです。

前提となる考え方(ノーワーク・ノーペイ)

賃金は労務提供の対価であり、労働者は、原則として、債務の本旨に従った労務を提供した後でなければ報酬を請求できません(民法624条)。就労していない期間について賃金・休業手当が認められるかは、就労できなかった原因が「使用者の責めに帰すべき事由」といえるかにかかっています。

  民法536条2項(賃金全額請求) 労基法26条(休業手当)
「責めに帰すべき事由」の意味 故意・過失、または信義則上これと同視すべき事由。狭く解される。 民法より広く、不可抗力に当たらない限り使用者側に起因する事情を広く含む(最判昭62・7・17 ノースウエスト航空事件)。
認められた場合の効果 賃金の全額を請求できる。 平均賃金の60%以上の休業手当を要する。
3.東京地裁の判断(本件へのあてはめ)

✅ 裁判所の判断の骨子

  • シフトを割り振る義務:契約が「別途シフト表を提出のうえ、個別に定める」とされ、始業・終業時刻が具体的に定められていない以上、会社に一定の勤務を割り振る義務はないとされました。
  • 打診の合理性:会社は複数の店舗での勤務を打診したのに、労働者らがこれを断っています。従前の勤務状況を踏まえれば、終業が午後10時であっても過重な負荷になるとは考えにくいとされ、会社の打診は合理的なものと評価されました。
  • 帰責事由の所在:そうすると、労働者らが就労していないことは、労働者ら自身の責めに帰すべき事由によるものというほかない、と判断されました。
  • 結論:就労できなかったことは、会社の「責めに帰すべき事由」(民法536条2項)による就労不能でも、会社の責めに帰すべき事由による休業(労基法26条)でもないため、賃金全額請求・休業手当請求はいずれも認められませんでした。
4.実務のポイント ― 契約設計とシフトカットとの違い

本件は「会社が合理的なシフトを打診したのに、労働者が拒否した」ケースです。これと逆に、会社が一方的にシフトを外す(いわゆるシフトカット)場合には、労基法26条の休業手当、場合によっては民法536条2項の賃金全額の問題が生じ得ます。「働けなかった」原因がどちらの側にあるかで、結論は正反対になります。

シフト制の契約設計 ― 「シフトによる」だけでは不足

行政も、労働条件通知書に単に「シフトによる」とだけ記載することは不足であるとしています。厚生労働省「いわゆる『シフト制』により就業する労働者の適切な雇用管理を行うための留意事項」では、原則的な始業・終業時刻の記載や、目安となる労働日数・労働時間数(例:「1か月◯日程度」)の明示、シフトの決定・変更のルールづくりが求められています。

この留意事項は令和8年(2026年)6月に改正され、シフト制労働者の年次有給休暇(所定労働日数に応じた比例付与、所定労働日数を算定しがたい場合の取扱い、年休取得時に支払う賃金の計算方法など)に関する記載が追記されました。シフト制を採用する企業は、契約書・就業規則・年休運用を改めて点検する好機です。

✅ 会社が押さえるべき点

  • 打診・調整の経緯は記録に残す。合理的なシフトを提示したこと、労働者がこれを拒否したことを客観的に示せるかが、賃金・休業手当の要否を分ける決め手になります。
  • 目安となる勤務日数・時間帯を定めておくことは、労働者の生活の予見可能性を高め、シフトカットをめぐる紛争の予防にもつながります。
  • 一旦確定したシフトを会社都合で減らす場合は、休業手当(労基法26条)の問題が生じ得ます。安易なシフトカットは避け、勤務日の振替等を労使で合意することが望まれます。
5.まとめ

シフト制における賃金・休業手当の要否は、@契約でどこまで勤務日・勤務時間を特定していたか、A就労できなかった原因がどちらの側にあるか、という二つの視点で決まります。労働条件通知書・契約書の設計と、日々の打診・調整の記録が、いわば生命線です。

当法人では、就業規則・労働条件通知書の整備、シフト制の運用点検、賃金・休業手当をめぐる労使紛争への対応を通じて、シフト制の労務リスクを予防・解決の両面から伴走支援しています。シフト制の運用や契約設計に不安がある場合は、お早めにご相談ください。
(関連サービス:就業規則作成・改訂労務手続代行・監査労働紛争解決

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確認事項:本件は地方裁判所(東京地裁)の判決であり、控訴審の有無は本稿執筆時点で確認していません。事案の詳細は出典記事に基づきます。労働条件通知書・就業規則の記載や事実関係の細部は個別事案により異なりますので、実際のご対応は専門家にご確認ください。

根拠法令・参考資料

  • 民法624条(報酬の後払)、民法536条2項(危険負担)
  • 労働基準法26条(休業手当)
  • 参考:最高裁昭和62年7月17日判決(ノースウエスト航空事件)
  • 厚生労働省「いわゆる『シフト制』により就業する労働者の適切な雇用管理を行うための留意事項」(令和4年1月作成・令和8年6月改正) https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_22954.html
  • MENYA事件・東京地裁令和6年3月26日判決
  • 出典:労働新聞社「労働判例」掲載記事(令和8年7月6日 第3551号)/解説執筆 弁護士 岩本 充史

免責事項:本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。掲載内容は執筆時点の情報に基づきます。実際のご対応にあたっては、事案の具体的事情に応じて弁護士・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。

執筆者:三重 英則(社員/特定社会保険労務士・経営心理士)

社会保険労務士法人T&M Nagoya(SRP認証番号 第160175号)/名古屋市中区丸の内2-14-4/TEL 052-211-7430