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作成日:2026/07/08
【裁判例】同一労働同一賃金への対応で正社員の扶養手当を廃止できるか ― 済生会事件(広島高判令和5年12月22日)に学ぶ賃金制度改定の実務
同一労働同一賃金/就業規則の不利益変更
同一労働同一賃金への対応で正社員の扶養手当を廃止できるか
― 済生会事件(広島高判令和5年12月22日)に学ぶ賃金制度改定の実務

📌 この記事のポイント

  • 非正規職員との待遇差の是正を契機に、正職員の扶養手当・住宅手当を廃止し、正規・非正規いずれも受給できる子ども手当・住宅補助手当等に組み替えた給与規程変更の合理性が争われました。
  • 広島高裁は、第一審に続き、就業規則(給与規程)の不利益変更としての合理性を認めました。
  • 賃金減額そのものが目的ではなく「賃金原資の配分の見直し」であること、不利益の程度が小さいこと(人件費総額比で約0.2%、個々の正職員でも年収の1%未満)などが重視されています。
  • 労働組合の同意がなくても直ちに合理性が否定されるわけではありませんが、説明・意見聴取・微修正といったプロセスの重要性が改めて確認されました。
1.事案の概要

本件は、社会福祉法人が運営する病院において、パート・有期雇用労働法(短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律)の改正を契機として、扶養手当・住宅手当を正職員のみに支給し続けることが、同法8条(均衡待遇)の禁じる不合理な待遇差に当たらないかとの懸念が生じたことなどを理由に、給与規程を変更した事案の控訴審です。

給与規程変更の内容

@ 正職員の扶養手当を廃止し、正職員・非正規職員のいずれも受給できる「子ども手当」「保育手当」「病児保育手当」を新設。

A 正職員の住宅手当を廃止し、正職員・非正規職員のいずれも受給できる「住宅補助手当」を新設。

病院側は職員説明会を開催し、過半数代表者の同意を得ましたが、労働組合の同意は得られませんでした。主たる争点は、この給与規程の変更が就業規則の不利益変更として合理性を有するか否かです。第一審(山口地裁令和5年5月24日判決)に続き、控訴審である広島高裁も、その合理性を認めました。

区分 変更前(旧規定) 変更後(新規定)
支給対象 正職員のみ 正職員・非正規職員の双方
家族関係の手当 扶養手当 子ども手当・保育手当・病児保育手当(新設)
住宅関係の手当 住宅手当 住宅補助手当(新設)
2.就業規則(給与規程)の不利益変更のルール

手当の廃止や減額は、労働条件を労働者に不利益に変更するものであり、就業規則(給与規程)の不利益変更にあたります。労働者一人ひとりの個別同意が得られない場合、その変更が有効となるかは、労働契約法が定める「合理性」の有無で判断されます。

労働契約法9条・10条の枠組み

9条(原則):使用者は、労働者と合意することなく、就業規則の変更により、労働者に不利益となるよう労働条件を変更することはできません。

10条(例外):変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ変更が、@労働者の受ける不利益の程度、A労働条件変更の必要性、B変更後の就業規則の内容の相当性、C労働組合等との交渉の状況、Dその他の変更に係る事情に照らして合理的であるときは、例外的に変更が有効となります。

3.裁判所が合理性を認めた理由(本件へのあてはめ)

✅ 本件で重視された事情

  • 変更の必要性:旧規定の扶養手当・住宅手当は、従前から内容や支給対象の見直しの必要性が指摘されながら長年放置されていました。パート・有期雇用労働法の改正を契機に、正職員のみへの支給が不合理な待遇差に当たらないかとの懸念が生じ、支給対象の平準化を図る必要がありました。
  • 内容の相当性:扶養手当等を廃止する一方で、正規・非正規いずれも受給できる子ども手当等を新設しています。単なる減額ではなく、賃金原資の配分を見直す趣旨のものでした。
  • 不利益の程度:人件費総額に占める本件変更による減額率は約0.2%にとどまり、個々の正職員でみても年収ベースで1%に満たず、不利益が多大とはいえないと評価されました。
  • 手続:職員説明会を開催し、過半数代表者の同意を得ています(労働組合の同意は得られませんでした)。

裁判所は、職員の多数を占める女性の就労促進や若年層の確保という観点からも、賃金原資の配分を合理的なものに改める必要性を認めています。同一労働同一賃金への対応を契機とした賃金制度の改定について、不利益変更の合理性が肯定された点で、実務上の参考になる判断です。

4.実務のポイント ― 「配分の見直し」と丁寧なプロセス

同一労働同一賃金への対応では、非正規職員を「引き上げる」原資が乏しいとき、正社員側の待遇を「引き下げる」方向で是正することも選択肢になります。もっとも、それは就業規則の不利益変更として合理性が問われる場面であり、進め方を誤れば紛争リスクが残ります。本件から読み取れる実務上の示唆は、次のとおりです。

「減額そのものが目的」ではなく「賃金原資の配分の見直し」と説明できる制度設計のほうが、合理性が認められやすい傾向にあります。可能な限り総額人件費を減らさない設計が望ましいといえます。

労働組合の同意が得られなくても直ちに合理性が否定されるわけではありません。ただし、説明会の開催、意見聴取、寄せられた意見を踏まえた制度の微修正といったプロセスは、紛争予防と合理性の確保の両面で重要です。

「◯月◯日から適用する」と一方的に通知するのではなく、反対や抵抗の大きい部分があれば微修正(譲歩)を経て導入する丁寧さが、紛争を避けやすくします。

なお、正社員の待遇を引き下げつつ、経過措置として一定の手当を支給する方法が、パート・有期雇用労働法の立法趣旨に反して無効であるという労働者側の主張が排斥された裁判例(東京高裁令和6年12月12日判決)もあり、あわせて参考になります。

令和8年10月からの改正にも要注意

令和8年(2026年)10月1日には、改正「同一労働同一賃金ガイドライン」が施行されます。家族手当・住宅手当を含む待遇差の点検の重要性は一段と高まります。扶養手当・住宅手当の設計は、非正規職員との均衡と、就業規則変更の合理性という二つの側面から見直す好機です。

5.まとめ

手当の廃止・組替えは、「同一労働同一賃金への対応」と「就業規則の不利益変更」という二つの論点が交差する場面です。制度設計、説明・意見聴取のプロセス、規程の整備・周知のいずれを欠いても、後日の紛争リスクが残ります。

当法人では、就業規則・給与規程の改定支援、正規・非正規間の待遇差の点検、労使紛争への対応を通じて、賃金制度の見直しを法的リスクの両面から伴走支援しています。手当の廃止・組替えや待遇差の是正をご検討の際は、お早めにご相談ください。
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確認事項:本件は控訴審(広島高裁)の判決であり、その後の上告・上告受理申立ての帰趨は本稿執筆時点で確認していません。「確定」との断定は避けています。事案の詳細および数値は、出典記事および第一審の公表情報に基づく概数です。

根拠法令・参考資料

  • 労働契約法9条・10条(就業規則の変更による労働条件の変更)
  • 短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(パート・有期雇用労働法)8条(均衡待遇)
  • 社会福祉法人恩賜財団済生会事件・広島高裁令和5年12月22日判決(第一審:山口地裁令和5年5月24日判決/労働判例1293号5頁)
  • 参考:東京高裁令和6年12月12日判決
  • 改正「同一労働同一賃金ガイドライン」(令和8年10月1日施行)
  • 出典:労働新聞社「労働判例」掲載記事(令和8年7月13日 第3552号)/解説執筆 弁護士 野口 大(経営法曹会議)

免責事項:本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。掲載内容は執筆時点の情報に基づきます。実際のご対応にあたっては、事案の具体的事情に応じて弁護士・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。

執筆者:三重 英則(社員/特定社会保険労務士・経営心理士)

社会保険労務士法人T&M Nagoya(SRP認証番号 第160175号)/名古屋市中区丸の内2-14-4/TEL 052-211-7430