1.まず押さえたい ―― 「答申」は法改正ではない最初に、最も大切な前提を確認します。今回の答申は政府への「提言」であり、この時点で法律や通達が変わったわけではありません。答申を受けて、政府は令和8(2026)年夏をめどに「規制改革実施計画」を閣議決定する予定であり、その後、各項目の措置時期に沿って、労働政策審議会での検討や省令・通達の改正などが進んでいく流れです。
したがって、以下の各トピックは「これから制度が動く方向性」として読み、確定情報として就業規則等に反映する段階ではない点にご注意ください。措置時期は項目ごとに異なり、すでに「措置済み」のものから、令和8年度以降に検討・結論を得るものまで幅があります。 2.トピック@ シフト制における適正な年次有給休暇の取得等パート・アルバイトを中心に、契約時点では労働日・労働時間を確定させず、勤務シフトで初めて具体的な労働日が決まる働き方(シフト制)が広がっています。この働き方では、年次有給休暇(労働基準法39条)の実務が難しくなりがちで、答申は次の点について明確化・検討を求めています。 (1) 年休の付与日数の算定 所定労働日数が少ない労働者には、その日数に応じた比例付与が行われます(労基法39条3項)。しかしシフト制では基準日時点の所定労働日数を判断しにくい場合があります。答申は、訪問介護労働者に関する通達(平成16年8月27日)を参考に、所定労働日数を算出しにくい場合は基準日直前の実績(例:過去6か月の労働日数の実績を2倍したもの)を「1年間の所定労働日数」とみなして判断してよいという取扱いを、通達やウェブサイトで明確化・周知するよう求めています。 (2) 年休取得日の賃金の算定方法 年休取得日の賃金は、就業規則等の定めにより、@平均賃金、A所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金、B健康保険の標準報酬月額の30分の1相当額――のいずれかを支払います(労基法39条9項)。シフト制では@やBを選ぶとAに比べて計算上大きく減額されることがあるため、答申は原則としてAの方法をとるようにしていく方向で、労働政策審議会での検討を求めています。あわせて、労働条件通知書上の時間と実際のシフトの時間が異なる場合には、「その日の所定労働時間数」(=シフトで定めた時間)を参照して賃金を計算することを明確化するとしています。 (3) 取得率の向上 「制度を知らない」「取得をためらう」といった要因を把握し、周知を強化するとしています。なお答申では、任意の取組として、雇入れから6か月継続勤務した労働者に、出勤率8割未満であっても10労働日の年休を付与することは妨げられない旨をあわせて示すことも検討課題として挙げられています。
3.トピックA オンラインによる労働条件の明示方法の見直し使用者は、労働契約の締結に際して労働条件を明示しなければなりません(労働基準法15条1項)。現行では書面交付が原則で、労働者が希望した場合に限り、FAXや電子メール等(出力して書面を作成できるものに限る)による明示が認められています(労基則5条4項)。 答申は、この「労働者本人の希望(同意)を常に必要とする」要件が、テレワークなど多様な働き方やデジタル社会になじまないとの声を踏まえ、見直しを求めています。具体的には、労働者に「書面交付を求める権利(書面交付請求権)」を認めるなどして労働者保護を図りつつ、電子メール等での明示をより円滑に行えるようにする方向です。先行するフリーランス法(特定受託事業者取引適正化等法)では、電磁的方法による明示に本人の希望要件を課さず、代わりに書面交付請求権を認めており、これが一つの参照モデルとされています。 見直しの対象は労基法だけでなく、パート・有期雇用労働法、労働者派遣法、職業安定法の各明示規定にも及ぶとされています。なお答申は、労働基準監督署の定期監督等における労基法15条の違反率が平成25年以降10%前後で推移している点にも触れており、「確実な明示」と「円滑化」の両立が課題です。 4.トピックB 労働時間法制(1年単位変形/裁量労働制)(1) 1年単位の変形労働時間制の柔軟化 1年単位の変形労働時間制(労働基準法32条の4)は、繁閑に応じて労働時間を配分できる制度で、建設業・運輸業・製造業などで幅広く使われています。制度上、労働日と労働日ごとの労働時間をあらかじめ特定する必要があり、一度特定した労働日等は原則として変更できないと解されています(平成11年の労働省労働基準局長通達)。 これに対し、建設業などから「天候の急変や納期変更といった突発的事象に対応できず、導入の障壁になっている」との声があります。答申は、1か月単位の変形労働時間制で限定的に許容される変更事由を1年単位にも準用できないか等を含め、労働者の予見可能性の確保に十分留意しつつ、労働政策審議会で柔軟化を検討するよう求めています。一方で、労働者保護の観点から「要件緩和すべきではない」との慎重な意見も併記されており、健康確保との両立が前提とされています。 (2) 裁量労働制の対象業務の見直し 裁量労働制には専門業務型(労基法38条の3)と企画業務型(同38条の4)があります。適用労働者の割合は、厚労省「令和7年就労条件総合調査」で専門業務型が約1.1%、企画業務型が約0.3%にとどまります。経済界からは、対象業務と非対象業務の混在が認められないため、スタートアップやシェアードサービス業務などで使いにくいとの声があります。 他方、答申は濫用防止の観点も明確に示しています。国の「裁量労働制実態調査」(令和元年)では、みなし労働時間と実労働時間の差が専門業務型で平均46分、企画業務型で平均1時間8分あり、適用労働者の約2割が制度に「不満」「やや不満」と回答し、「業務量が過大」「労働時間が長い」等の苦情も挙がっています。答申は、対象業務の見直しを検討しつつも、労働者の健康確保・長時間労働防止・適切な処遇確保のための濫用防止措置をあわせて検討すべきとしています。 5.トピックC AIを活用した採用代行と職業安定法人手不足を背景に、採用業務を企業に代わって行う採用代行サービスの活用が広がっています(答申が引く民間調査では、国内市場規模は令和3年度で約628億円、前年度比15.0%増)。さらに生成AIの進化により、スカウトメールの作成・送信、AIによる面接、内定後の問合せ対応などをAIが担う「AI採用代行サービス」が海外で急速に広がっており、日本でも普及の可能性があります。 ここで問題になるのが、こうしたサービスが職業安定法上の「職業紹介」(同法4条1項)にあたるか、有料職業紹介事業の許可(同法30条)が必要かという点です。厚労省の指針(令和6年厚労省告示318号)に一定の判断基準はあるものの、AIがスカウトメールを加工・送信する行為やAI面接での自律的な質問・評価などが職業紹介に該当するかが不明確で、事業者ごとに判断が分かれ、不公正な競争が生じているとの指摘があります。 答申は、厚労省に対し、AI採用代行の各行為が職業紹介に該当するか・許可が必要かを速やかに明確化し、都道府県労働局ごとに判断が分かれる「ローカルルール」を防ぐこと、個人情報の帳簿記載義務など許可要件に過大なものがないか点検し労働政策審議会で見直すことを求めています。採用にAIツールの導入を検討している企業は、利用するサービスが職業紹介にあたる可能性があること、その場合は許可を受けた事業者の利用が必要になり得ることを念頭に置く必要があります。 ■ 4トピックの「現行」と「答申が示した方向性」
※上記はいずれも「答申が示した検討・見直しの方向性」であり、確定した制度内容ではありません。今後の実施計画・審議会での検討により、内容や時期は変わり得ます。
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