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作成日:2026/06/18
【裁判例】「残業すると歩合給が減る」賃金制度を最高裁が無効と判断 ―改めて 国際自動車事件(最高裁第一小法廷 令和2年3月30日判決)を見る

裁判例 割増賃金 歩合給・固定残業代

「残業すると歩合給が減る」賃金制度を最高裁が無効と判断
― 国際自動車事件(最高裁第一小法廷 令和2年3月30日判決)の実務解説

対象額Aから残業代相当額(割増金)を差し引いて歩合給を計算する仕組みでは、「残業代を払った」とは認められない ― 歩合給・出来高払制を採る企業が必ず押さえるべき判例

📌 この記事の要点

タクシー会社の賃金規則は、売上(揚高)に応じた「対象額A」から、残業手当等に相当する「割増金」を差し引いた残額を歩合給(1)として支払う仕組みでした。
この設計では、残業しても総額がほとんど変わらず、割増金として支払われた金額の中に、本来は歩合給(通常の労働時間の賃金)として支払うべき部分が多分に混ざっていました。
最高裁は、割増金のうちどの部分が時間外労働等の対価なのか判別できない(明確区分性を欠く)として、この割増金の支払いをもって労働基準法37条の割増賃金を支払ったとは認められないと判断し、原判決を破棄して審理を差し戻しました。
歩合給制・出来高払制を採用する運送業・タクシー業・営業職等の企業では、賃金規程の点検が急務です。
1.なぜ「6年前の判決」を、いま改めて取り上げるのか

固定残業代・歩合給制をめぐる紛争は、令和に入っても労務相談の現場で減る気配がありません。本判例(国際自動車事件・第2次上告審=最高裁第一小法廷 令和2年3月30日判決)は、その後の熊本総合運輸事件(最判令5・3・10)へと続く実務判断の理論的な土台を作った重要判決です。

両者は別個の事案です。熊本総合運輸事件が「既存の賃金を組み替えて固定残業代を捻出した型」だとすれば、国際自動車事件は「歩合給の計算式そのものに残業代相当額の控除を組み込んだ型」であり、論点の現れ方が異なります。歩合給・出来高払制を用いる顧問先を持つ実務家にとって、この判決の射程を正確に押さえることは今なお重要です。

2.事案の概要 ― 「売上に応じた歩合給」から「残業代相当額」を差し引く賃金規則

本件は、タクシー一般旅客自動車運送事業を営む会社(被上告人)と、同社に雇用されていたタクシー乗務員ら(上告人ら)との間の未払賃金等請求事件です。会社の賃金規則は、判決文によれば、おおむね次のような構造でした。

■ 賃金規則の仕組み(判決文より)

@ 売上高(揚高)等に応じて「対象額A」を算出する(対象額Aという名目の賃金が支払われるわけではなく、計算上の数値)。
A 対象額Aから、割増金(深夜手当・残業手当・公出手当の合計)と交通費相当額を控除する。
B 控除して残った金額を「歩合給(1)」として支払う(控除額が対象額Aを上回ると歩合給(1)は0円)。

つまり、残業をして割増金が増えるほど、その分だけ歩合給(1)が減る関係にありました。揚高が同じであれば、時間外労働等の有無や多寡にかかわらず、原則として総賃金の額は同じになる設計です。

3.訴訟の経緯 ― 二度上った「最高裁」

本件は、最高裁に二度上っている点が特徴です。判断の向きが一度入れ替わっている点に注意が必要です。

第1審・第1次控訴審 控除の定めを公序良俗違反で無効とし、乗務員側の請求を一部認容(労働者側勝訴)。
第1次上告審
(最判平29・2・28)
控除の定めが「当然に公序良俗違反で無効」とはいえないとして原判決を破棄。明確区分性等を審理すべきとして差し戻し(労働者側勝訴を覆す)。
差戻控訴審
(東京高判平30・2・15)
明確区分性は満たされ未払いはないとして請求棄却(会社側勝訴)。乗務員側が再上告。
第2次上告審
(最判令2・3・30)=本判決
再び原判決を破棄し差し戻し(会社側勝訴を覆す)。本記事で解説する判決です。
4.争点 ― 「割増金」は労基法37条の割増賃金の支払いといえるか

中心的な争点は、会社が「割増金」として支払った金額をもって、労基法37条の割増賃金を支払ったものと認められるか、でした。最高裁は、固定残業代の有効性に関する一連の判例(日本ケミカル事件・最判平30・7・19等)で積み上げてきた枠組みを前提とします。すなわち、ある手当が割増賃金の支払いと認められるためには、通常の労働時間の賃金に当たる部分と、割増賃金に当たる部分とを判別することができること(明確区分性・判別可能性)が必要である、という考え方です。

5.最高裁の判断 ― 「判別できない」から認められない

最高裁は、まず判断の枠組みとして、明確区分性が認められるためには、その手当が時間外労働等の対価として支払われていること(対価性)が必要であり、その判断は、契約書等の記載内容のほか、労基法37条の趣旨(時間外労働の抑制と労働者への補償)を踏まえ、賃金体系全体における当該手当の位置づけにも留意して検討すべきである、と示しました。

そのうえで本件について、おおむね次のように判示しました。

本件の仕組みのもとで割増金を37条の割増賃金とみるならば、割増賃金を経費として全額、乗務員自身に負担させるに等しく、同条の趣旨に沿わない。
本件の仕組みは、その実質において、本来は歩合給(1)として支払うことが予定されている賃金の一部を、名目だけ割増金に置き換えて支払うものというべきである。
したがって割増金には、通常の労働時間の賃金である歩合給(1)として支払われるべき部分が相当程度含まれており、どの部分が時間外労働等の対価に当たるのかが明らかでない(=判別できない)
よって、この割増金の支払いをもって労基法37条所定の割増賃金が支払われたとはいえない。割増金は通常の労働時間の賃金として扱い直したうえで、改めて法定の方法により割増賃金を算定すべきである。

ポイントは、形式上「割増金」という名目で支払いがあっても、その原資を労働者自身の歩合給から差し引いている以上、それは残業に対する『追加の対価』とはいえず、通常の賃金との区別がつかない、と最高裁が実質に踏み込んで見抜いた点にあります。名目ではなく、賃金体系全体の中でその手当が果たす経済的実質を見て判断する姿勢は、熊本総合運輸事件(令5・3・10)にも受け継がれています。

6.いちばんやさしい解説 ― 「お小遣い」でたとえると

専門用語が続いたので、最高裁が「ダメ」と判断した仕組みを、お小遣いにたとえて整理します。

🧮 たとえ話:おうちのお手伝いとお小遣い

親からこう言われたとします。「今月のお小遣いのもとになる金額(=対象額A)は1万円。ただし、夜遅くまで“追加のお手伝い(=残業)”をしたら『残業代』を別に払う。でもその残業代と同じ額を、もとの1万円から引くよ」

追加のお手伝いをしなかった月:残業代は0円。手元に残るお小遣い(=歩合給)は1万円。
たくさん追加のお手伝いをした月:残業代は増えるが、その分だけ1万円が削られる。残業代が1万円に達すると、手元のお小遣いは0円。

結局、どちらの月も、受け取る合計は「だいたい1万円」のままです。「残業代」は“追加でもらえたお金”ではなく、もともと自分のお小遣いだったお金に「残業代」という名札を貼り替えただけ。これでは、いくら手伝っても得をしません。

法律(労基法37条)が会社に残業代を払わせるのは、(1) 会社に「残業させると余計にお金がかかる」と思わせて長時間労働を抑えるためと、(2) 余計に働いた人にその分をきちんと補償するためです。ところが本件では、「残業代」のお金のもとが労働者自身の歩合給でした。これでは、会社は実質的に追加のお金を一切払っていません。いわば「自分の残業代を自分で払っている」状態です。

そして、その「残業代(割増金)」の中には、本来お小遣い(歩合給)として渡すはずだったお金が混ざっています。だから「この割増金のうち、どこまでが本物の残業代で、どこからが名札を貼り替えただけの普通の賃金なのか、区別がつかない」。区別(明確区分性・判別可能性)がつかない以上、法律は「残業代を払った」とは認めない ―― これが、最高裁が無効とした判断枠組みの正体です。

7.実務への示唆 ― 歩合給・固定残業代を採る企業の点検ポイント

本判決を踏まえ、歩合給制・固定残業代制を採用する企業の賃金制度を点検する際は、次の点が重要と考えられます。

✔ 賃金制度の点検チェックポイント

@ 「残業すると歩合給が減る」設計は高リスク。売上ベースの計算額から割増金相当額を控除して歩合を出す方式は、本判決の射程に入る可能性が高いと考えられます。歩合給と割増賃金は別建てで設計するのが原則です。
A 明確区分性(判別可能性)を担保する。「通常の労働時間の賃金」部分と割増賃金部分とが、賃金規程・給与明細上で明確に区別できる状態にしておくこと。
B 対価性を実質で説明できるか自己点検する。「この手当は、本当に時間外労働の増加に応じて“追加で”支払われているか」を問い直す。残業の有無で総額が変わらない設計は対価性を否定される危険があります。
C 不足分が生じたら清算する仕組みを設ける。固定額が実際の法定割増賃金額を下回った場合に差額を支払う旨を賃金規程に明記し、実際に運用すること。
D 過去にさかのぼる未払いリスクを直視する。賃金請求権の消滅時効は当面3年(労基法115条・附則143条3項)。控除型の賃金体系を放置すると、複数年分の差額+遅延損害金+付加金という多額のリスクに発展しかねません。

なお、こうした賃金体系は運送業・タクシー業のほか、美容業・営業職などの出来高払制でも採用例が報告されています。気づいた時点での賃金制度の再設計(就業規則・賃金規程の改訂給与監査)が、結果的に最大のリスクヘッジになると想定されます

8.まとめ

国際自動車事件(最判令2・3・30)は、「割増賃金という名目を整えても、その原資を労働者の歩合給から差し引いていれば、どこが残業の対価か判別できず、残業代を払ったことにはならない」という原則を最高裁が示した判例です。固定残業代・歩合給制は、設計を誤ると「払っているつもりが、法的には払っていない」という事態を招きます。歩合制を用いる企業には、本判決と熊本総合運輸事件をセットで理解し、賃金制度の総点検を行うことをおすすめします。

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【根拠法令・参照判例】

  • 労働基準法37条(時間外・休日及び深夜の割増賃金)/同115条・附則143条3項(賃金請求権の消滅時効=当面3年)/同114条(付加金)
  • 国際自動車事件・第2次上告審(最高裁第一小法廷 令和2年3月30日判決/平成30年(受)第908号)
  • 国際自動車事件・第1次上告審(最高裁第三小法廷 平成29年2月28日判決)
  • 日本ケミカル事件(最高裁第一小法廷 平成30年7月19日判決)
  • 熊本総合運輸事件(最高裁第二小法廷 令和5年3月10日判決)

【主な参照情報(一次・準一次情報)】

  • 判決文(裁判所「裁判例検索」で参照可能)/資格の大原ブログ(判決文全文掲載):https://sharosi.j-tatsujin.com/archives/10821
  • KKM法律事務所 Q&A(判決の規範・あてはめ解説):https://kkmlaw.jp/qa_for_hr/salary-limitation-time-management/q17/
  • 経営法曹会議 論点ペーパー(最高裁令和2年3月30日判決):http://www.keieihoso.gr.jp/pdf/teigen_202007_01.pdf
  • BUSINESS LAWYERS(弁護士監修記事):https://www.businesslawyers.jp/articles/786

※本記事は、上記判決文および公表されている解説に基づいて社会保険労務士法人T&M Nagoyaが独自に整理したものです。個別の賃金制度の適法性は、賃金規程の文言や運用実態によって結論が変わり得ます。具体的な制度設計・点検は、弁護士・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。

執筆者:三重 英則(みえ ひでのり)

社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員/特定社会保険労務士・経営心理士・経営法曹会議賛助会員(SRP認証番号 第160175号)。経営者と共に歩き、最善の解を導き出すことを理念に、人事労務の実務支援に取り組んでいます。