裁判例解説
「制度は適法、運用は違法」
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本記事は、社会保険労務士・経営心理士の視点から、近時の重要労働裁判例を1件だけ深掘りして解説するものです。
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📌 この記事の要点 ● コース別人事制度(総合職・一般職)そのものは違法ではない。職務内容の違いに由来するものとして、裁判所も適法と判断した。 ● しかし、女性である一般職に総合職への転換機会を実質的に与えなかった「運用」は、均等法(職種の変更に関する性差別の禁止)に違反すると認定された。 ● 慰謝料は女性2名に各100万円。一方、「総合職としての地位確認」請求は、人事権の裁量を理由に棄却された。 ● 2026年4月施行の改正女性活躍推進法(男女間賃金差異の公表義務拡大)と相まって、「分けた結果に合理的な説明がつくか」がすべての企業に問われる時代に入った。 |
「うちは総合職と一般職に分けているだけで、男女差別なんてしていない」――多くの経営者がそう考えています。確かに、コース別雇用管理制度(総合職・一般職などの区分)それ自体は、男女雇用機会均等法(以下「均等法」)が直ちに禁止しているわけではありません。職務の内容や責任の重さに応じて処遇を分けること自体は、合理的な人事制度たりえます。
しかし、制度の「入口」が中立に見えても、「運用」の実態が女性を一方的に不利な区分へ固定し、そこから抜け出す道(職種転換)を事実上閉ざしているなら、それは違法になりうる――。本日深掘りする巴機械サービス事件は、まさにこの「制度は適法、運用は違法」という現代的な論点に司法が踏み込んだ事案です。
2026年4月1日には改正女性活躍推進法が施行され、男女間賃金差異および女性管理職比率の公表義務が、常時雇用101人以上の企業へ拡大されました。「男女の賃金差はなぜ生じているのか」を企業自身が説明しなければならない時代に、本判決が示した視点は、すべての顧問先に共有すべき急所です。
被告会社(巴機械サービス株式会社。以下「会社」)は、親会社が製作した遠心分離機の設置・メンテナンス等を業とする企業です。会社は親会社の一部門を独立させる形で設立され、設立から長らく正社員は親会社からの出向者で担われていましたが、独自採用を始めるにあたり、総合職・一般職によるコース別人事制度を導入しました。
判例集および各種判例解説によれば、同社がこの制度導入以降に採用した社員は、総合職56名がすべて男性、一般職9名がすべて女性でした。総合職と一般職とでは異なる職能給表が適用され、両者の間には賃金・処遇の格差が存在していました。給与規程には一般職から総合職への転換を定める規定がありましたが、実際の転換実績はなく、転換のための具体的な基準等も存在しませんでした。
原告は、一般職として勤務していた女性従業員2名です。2名は、総合職である男性社員との間に賃金・処遇の大きな格差があり、その区分が実質的に性別で固定され、一般職(女性)から総合職への転換の機会が与えられなかったことを問題としました。そのうえで、労働基準法4条(男女同一賃金の原則)違反、および均等法違反を主張し、(1)総合職としての地位の確認、(2)総合職との差額賃金(予備的に不法行為に基づく損害賠償)、(3)男女差別に対する慰謝料を求めて提訴しました。
一審の横浜地方裁判所は令和3年3月23日に判決を言い渡し、控訴審の東京高等裁判所は令和4年3月9日に判決を言い渡しました(労判1275号92頁)。
本件の争点は、大きく次の3点に整理できます。
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争点@ コース別人事制度それ自体が違法か 総合職・一般職という区分を設けること自体が、男女差別(均等法違反・労基法4条違反)にあたるか。 争点A 職種転換の「運用」が違法か 制度上は一般職から総合職への転換が予定されていたとしても、その転換の機会が女性に実質的に与えられていなかった場合、それは違法な差別といえるか。 争点B 救済の方法 違法と認められた場合、裁判所は「総合職としての地位」を認める(職種転換を確認する)ところまで踏み込めるのか、それとも損害賠償(慰謝料)にとどまるのか。 |
裁判所は、まずコース別人事制度そのものについては、業務内容の違いに由来するものであり、直ちに男女を差別的に取り扱うものとは認められないと判断しました。総合職と一般職の職務内容や求められる役割に客観的な違いがあるなら、区分すること自体は人事制度上の裁量の範囲内、というロジックです。
ここは経営者にとって安心材料に見えるかもしれません。しかし、判決の本丸はこの先にあります。
一審判決は、女性である一般職に対して総合職への職種転換の機会を実質的に提供せず、転換の道を事実上閉ざしていた運用について、均等法6条3号(労働者の職種および雇用形態の変更について、性別を理由とする差別的取扱いを禁止する規定)および同法1条の趣旨に違反すると評価し、会社の不法行為責任を認めました。控訴審の東京高裁もこの判断を踏襲し、職種転換について運用上の性差別があったと認めています。
つまり、「制度の建付け」ではなく「制度の動かし方(運用実態)」をもって違法性を判断した点が、本判決の核心です。総合職が全員男性、一般職が全員女性という結果は、偶然ではなく、転換機会を女性に開かなかった運用の帰結である――そう司法は見抜いたのです。
救済の内容を整理すると、次の表のとおりです。
| 請求内容 | 裁判所の判断 |
| 男女差別に対する慰謝料 | 認容(原告女性2名に各100万円) |
| 総合職としての地位(職種)の確認 | 棄却(職種転換は企業の人事権に基づく裁量的判断) |
| コース別人事制度それ自体の違法性 | 違法とは認めず(業務内容に由来し、直ちに差別的取扱いとはいえない) |
裁判所は、職種転換を行うかどうかは最終的には企業の人事権に基づく裁量的判断であるとして、裁判所が「あなたは総合職である」と地位を確認することまではできない、としました。違法な運用に対する金銭的な救済(慰謝料)は認めるが、人事権の中身そのものを裁判所が置き換えることはしない、という一線を引いたわけです。
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✔ 顧問先に伝えるべき5つのポイント @ 「制度が適法」でも「運用」で負ける時代 A 「結果としての偏り」は説明責任を生む B 職種転換制度は「絵に描いた餅」にしない C 慰謝料額より「波及」を見据える D 「採用・配置の入口」こそ最大の予防線 |
当法人が就業規則づくりで「作成は性悪説、運用は性善説」と説くのは、まさにこの「運用が問われる」現実を見据えてのことです。規程の文言を整えるだけでは足りず、その制度が現場で公平に運用され、記録として残っているかまでを点検する必要があります。就業規則の作成・改訂やIPO労務監査・改善支援では、まさにこの「運用実態の点検」を重視しています。
本判決が問うているのは、「男女を分けたか」ではなく、「分けた結果に、合理的な説明がつくか」です。経営者に悪意がなくても、長年の慣行で女性だけが一般職に固定されてきた職場は、決して珍しくありません。
私たち社労士の役割は、その慣行を「仕方ない」と追従することではなく、忖度なく問題点を指摘し、組織運営と両立する代替案(転換制度の実装、評価基準の整備、賃金差異の説明ロジックの構築)を提示して、実行段階まで伴走することだと考えています。これは経営者を責めるための指摘ではありません。説明責任を果たせる強い組織をつくるための、攻めの労務管理です。
コース別人事や男女の処遇差について「自社は大丈夫か」と感じられた経営者の方は、ぜひ一度、運用実態の点検からご相談ください。労使紛争への発展が懸念される段階であれば、労働紛争解決の観点からの初動整理も承ります。
就業規則の整備・運用点検・賃金差異の説明ロジック構築など、お気軽にご相談ください |
| 📕 本記事の参照法令・裁判例
男女雇用機会均等法1条(目的)・4条(基本的理念)・6条3号(職種および雇用形態の変更における性差別の禁止)/労働基準法4条(男女同一賃金の原則)/民法709条(不法行為)/女性活躍推進法(令和7年改正・令和7年6月公布/男女間賃金差異・女性管理職比率の公表義務の101人以上への拡大は令和8年〔2026年〕4月1日施行)/巴機械サービス事件(横浜地裁 令和3年3月23日判決・東京高裁 令和4年3月9日判決・労判1275号92頁) |
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※本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、特定の事案に対する法的助言ではありません。事案の概要・人数・認定事実等の一部は、判例集および判例解説・報道に依拠して記述しています。実際のご対応にあたっては、個別の事実関係に基づき、社会保険労務士・弁護士等の専門家にご相談ください。法令・裁判例の内容は記事公開時点のものです。 |
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執筆者 三重 英則(みえ ひでのり) 社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員/特定社会保険労務士・経営心理士・経営法曹会議賛助会員 |