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📌 この記事の要点
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「育休を取ること自体には反対していない。ただ、残された側の本音を伝えただけだ」――。男性の育児休業取得が珍しくなくなった今、こうした「周囲の不満」をどう扱うかは、多くの経営者・人事担当者にとって悩ましい問題ではないでしょうか。
今回ご紹介する東京地裁判決(矢崎達也裁判官・労働新聞令和8年6月15日第3549号報道)は、育休を取得した男性労働者に対して同僚が個人的に送ったメッセージが不法行為と認定され、しかも終業時間後の連絡であったにもかかわらず、経営者である院長の使用者責任まで認められた事案です。「個人のスマホから、勤務時間外に送ったメッセージ」であっても、会社(事業主)が責任を免れられないことを正面から示した点で、すべての企業に警鐘を鳴らす内容といえます。
本稿では、判決の内容を整理した上で、不法行為が「認められた言動」と「認められなかった言動」の線引き、そして中小企業・医療機関が今すぐ取り組むべき実務対応を、社会保険労務士の視点から解説します。
本件は、東京都内の整形外科診療所で働く男性労働者2人が、院長と同僚に損害賠償を求めた裁判です。1人は育児休業の取得に関する同僚の言動がいわゆるパタニティハラスメント(パタハラ)に当たると主張し、もう1人は歓迎会の席で同僚から暴行を受けたとして、それぞれ提訴しました。
報道によれば、男性労働者らは令和3年2月と令和4年9月に同医院へそれぞれ入職しました。育休を取得した労働者は、令和5年10月10日から11月6日まで育児休業を取得して同月7日に復職し、令和6年1月22日から再度の育休に入っています。もう1人の労働者は、令和5年9月21日を最終出勤日として退職しています。
📋 時系列の整理(報道ベース)
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問題となったメッセージは、再度の育休取得を控えた令和6年1月13日から14日にかけて、同僚から労働者本人に送られたものです。報道によれば、その内容は「後輩入職させて、さっそく自分の患者さんをまるっきり引き継がせて育休ですか。無責任すぎて言葉も出ません」「自分と家族のことだけ考えているとしか思えない」「今回の件でいかにお前が自己中心的か再確認できた」というものでした。
東京地裁は、上記のメッセージについて人格的利益を侵害する不法行為を構成すると評価し、院長と同僚に対し、慰謝料20万円と弁護士費用2万円の計22万円を連帯して支払うよう命じました。
院長と同僚は「育休取得自体を問題にしていない。働き方の違いに関する意見・疑問を伝えただけだ」と主張しました。しかし裁判所は、男性労働者の権利である育休取得について「無責任」などと非難を加えている以上、単に意見や疑問を述べたものではないとして、この主張を退けています。
本判決の実務上の最大のポイントがここです。メッセージのやり取りは終業時間後に行われたものでした。しかし裁判所は、メッセージの内容に照らすと同医院の業務に密接に関連し、純粋に私的なやり取りとはいえないと指摘。やり取りが終業時間後だった点を踏まえても「事業の執行について」されたものとして、院長の使用者責任(民法715条)を認めました。
一方で、令和5年12月1日に同僚が院長室で院長に対して述べた「男のくせに育休を取るなんてどうかしている」「半人前の従業員に患者を押し付けた」との発言については、不法行為に当たらないと判断されました。一従業員である同僚が院長室で院長に対して述べたものであり、男性労働者が隣室で聞いていたとしても、不法行為を構成しないとしています。
もう1人の男性労働者の訴えについては、慰謝料3万円と弁護士費用3000円の請求が認容され、こちらも院長の使用者責任が認定されました。同僚は令和5年8月29日、同医院の歓迎会の場で、10歳以上年下の男性労働者から呼び捨てにされたことに腹を立て、金属製スプーンを投げつけたものです(スプーンは右腕に当たりましたが、ケガはありませんでした)。歓迎会という職場の懇親の場での暴行についても事業主の責任が及んだ点は、職場行事の運営を考える上で見逃せません。
| 言動 | 裁判所の判断 | ポイント |
| 本人への「無責任」等のメッセージ(終業時間後) | 不法行為○ 使用者責任○ |
権利行使への非難。業務に密接関連し、私的なやり取りといえない |
| 院長室での院長に対する発言(本人不在) | 不法行為× | 本人に向けられた言動ではない(隣室で聞いていたとしても同様) |
| 歓迎会でのスプーン投げつけ(暴行) | 不法行為○ 使用者責任○ |
職場行事での暴行にも事業主の責任が及ぶ |
使用者責任(民法715条)は、従業員の不法行為が「事業の執行について」されたものである場合に成立します。本判決は、終業時間後の私的な連絡手段によるメッセージであっても、内容が業務(患者の引継ぎ・育休による業務分担)に密接に関連していれば「事業の執行について」に当たると判断しました。「会社のチャットツールではなく個人のやり取りだから関係ない」「勤務時間外のことまで管理できない」という整理は、もはや通用しないと考えるべきです。
育休取得者が出れば、残されたメンバーの業務負担が増えるのは事実であり、業務分担について意見や懸念を述べること自体が直ちに違法となるわけではありません。本判決も、その理屈自体を否定したのではなく、労働者の「権利」である育休取得そのものに「無責任」「自己中心的」といった非難を加えた点を捉えて、意見表明の範囲を超えると評価しています。職場で許される「業務上の意見」と、違法な「人格非難」との線引きを、管理職・従業員に具体例で示しておくことが重要です。
本件で賠償を命じられたのは、事業主である院長だけでなくメッセージを送った同僚個人も連帯してです。「ハラスメントは会社が訴えられる問題」と捉えられがちですが、行為者本人が民法709条に基づき直接責任を負うことを、研修等で従業員に正しく伝えることは、抑止の観点からも有効です。
育児・介護休業法は、育児休業の申出・取得等を理由とする解雇その他不利益な取扱いを禁止する(同法10条)とともに、上司・同僚による育児休業等に関する言動により労働者の就業環境が害されることのないよう、相談体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じることを、すべての事業主に義務付けています(同法25条)。この防止措置義務は企業規模を問わず適用されるため、本件のような小規模な診療所・クリニックも例外ではありません。
男性の育休に関しては、病院勤務の男性看護師が育休取得を理由に昇給・昇格試験の機会を奪われたことを違法とした医療法人稲門会事件(大阪高判平成26年7月18日)が先例として知られていますが、同事件が「人事処遇上の不利益取扱い」の事案であったのに対し、本判決は同僚からの言動(ハラスメント)そのものを捉えて事業主の賠償責任を認めた点に特徴があります。
また、令和7年(2025年)4月・10月に段階的に施行された改正育児・介護休業法により、男性の育休取得状況の公表義務の対象拡大や、労働者への個別の意向聴取・配慮の義務化など、仕事と育児の両立支援は一段と強化されています。男性育休の取得率が上昇を続ける中、「取得者と残るメンバーの摩擦」はどの職場でも起こり得る、最も現実的なリスクになっているといえます。
本判決を踏まえると、対応の力点は「ハラスメントを起こした後の処理」ではなく、取得者の業務を引き継ぐ側の負担と不満をマネジメントする仕組みづくりに置くべきです。本件でも、メッセージの背景には「患者の引継ぎ」をめぐる業務負担の問題がうかがわれます。不満の発生源を放置したまま「ハラスメントは禁止」とだけ言っても、実効性は上がりません。
✓ パタハラ予防チェックポイント
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特に診療所・クリニックのような少人数の職場では、1人の育休取得が残るメンバーの業務量に直結するため、不満が個人攻撃の形で噴出しやすい構造があります。だからこそ、「誰かが休んでも回る体制」と「支える側への配慮」をセットで設計することが、ハラスメント防止と人材定着の両面で効果を発揮します。
| 育休をめぐる職場トラブル・ハラスメント対応は当法人へ
社会保険労務士法人T&M Nagoyaでは、ハラスメント防止規程・就業規則の整備から、育休取得時の業務分担設計、発生してしまったトラブルへの対応まで、経営者に伴走して支援しています。「うちの職場でも同じことが起きないか不安」という段階でのご相談こそ、最も効果的です。
関連サービス: 労働紛争解決| 就業規則作成・改訂| 高難度業務対応型顧問 |
| 根拠法令・出典 |
| ・東京地方裁判所判決(矢崎達也裁判官)※判決日は報道に明示されていません ・労働新聞「パタハラ 経営者・同僚へ賠償命じる 終業時間後の連絡で 東京地裁」(令和8年6月15日第3549号2面) ・育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(育児・介護休業法)10条、25条 ・民法709条(不法行為による損害賠償)、715条(使用者等の責任) ・医療法人稲門会事件(大阪高判平成26年7月18日) |
| ※ 本記事は労働新聞の報道(令和8年6月15日第3549号)に基づき作成しています。本判決は地方裁判所の判断であり、控訴等により結論が変わる可能性があります。判決文の全文は執筆時点で公表されておらず、事実関係・判断内容は報道の範囲によるものです。個別の事案への対応は、必ず社会保険労務士・弁護士等の専門家にご相談ください。 |
| 執筆者 三重 英則(みえ ひでのり) 社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員 特定社会保険労務士 / 経営心理士 / 経営法曹会議賛助会員 SRP認証番号:第160175号 |