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作成日:2026/06/13
【裁判例】入社延期を申し出た外国人材との「合意解約」がメールのやり取りから認定された理由と実務対応−楽天モバイル事件(東京地判令和7年6月5日)
裁判例解説

楽天モバイル事件(東京地判令和7年6月5日)
入社延期を申し出た外国人材との「合意解約」がメールのやり取りから認定された理由と実務対応


2026年6月13日|執筆:三重英則(特定社会保険労務士・経営心理士)
日本での勤務を条件に海外在住のまま採用した外国人材から、入社直前に「入社を延期してほしい」と申し出があった――。こうした場面で会社が対応を誤ると、「解雇は無効だ」として地位確認とバックペイ(未払賃金相当額)を請求されるリスクがあります。

今回ご紹介する楽天モバイル事件(東京地裁令和7年6月5日判決)は、まさにこの場面で、裁判所がメールのやり取りから労働契約の「合意解約」の成立を認定し、労働者側の請求を退けた事案です。コロナ禍の渡航制限という特殊事情を背景としていますが、リモートワークが定着し、海外在住人材の採用が珍しくなくなった今、どの企業にも起こり得る紛争類型です。本記事では、判決のポイントと、入社前トラブルを防ぐための実務対応を解説します。
📌 この記事でわかること
・海外在住の外国人材の採用を巡り、入社延期の申出を機に労働契約が終了した経緯と判決の結論
・裁判所がメールのやり取りを「合意解約の申入れ」「承諾」と評価した判断の組み立て
・「解雇」と「合意解約」の法的な違い ―― なぜ会社側の主張が認められたのか
・海外在住人材・入社前の労働者とのトラブルを防ぐためのチェックポイント
1. 事案の概要 ―― コロナ渡航制限下の外国人材採用
原告は、インド共和国に在住するインド国籍の技術者です。被告会社は携帯電話回線事業への本格参入にあたり、諸外国から多くの技術人材を必要としており、原告との間で令和2年6月1日を開始日とする正社員の労働契約を締結しました。

ところが、新型コロナウイルス感染症による渡航制限のため、原告は契約開始日までに日本へ入国できませんでした。そこで被告会社は、別のインド法人(A社)で一時的に業務に従事することを提案し、原告はA社から業務を受託する形で、リモートワークにより当初予定されていた被告会社のプロジェクトに従事しました。

その後、水際対策の緩和を受けて、被告会社は日本で勤務することを前提に改めて雇用契約の締結を打診し、原告との間で令和4年8月15日を入社日とする労働契約を締結し直しました。ところが同年7月、原告の母が病気となり、原告は日本への入国を延期してほしいと申し出ます。これに対して被告会社は、「当初どおりの入社日に勤務を開始するか、当該労働契約を辞退するかのどちらかである」と返答しました。原告はA社を通じて別のインド法人B社への入社を希望しましたが、B社はコスト削減を理由に採用を見送り、原告とA社との業務委託契約も同年12月31日をもって解除されました。

原告は、被告会社に対し労働契約上の地位確認とバックペイの支払いを求めて提訴。被告会社は、当該雇用契約は合意解約により終了していると争いました。
時期 経緯
令和2年3月頃 同年6月1日を開始日とする正社員の労働契約を締結
令和2年〜 コロナ渡航制限により入国できず。インド法人A社経由でリモートワークにより被告会社のプロジェクトに従事
令和4年(時期不詳) 水際対策の緩和を受け、8月15日を入社日とする労働契約を改めて締結(本件契約書A)
令和4年7月 原告の母の病気を理由に入社延期を申出 → 会社は「予定どおり入社」か「辞退」かの二者択一を提示(メール)
その後 原告はインドにとどまりB社への異動希望をメールで回答 → B社は採用見送り。A社との業務委託契約も同年12月31日付で解除
令和7年6月5日 東京地裁判決:合意解約の成立を認定し、原告の請求を棄却
2. 裁判所の判断 ―― メールの応酬を「申入れ」と「承諾」に分解
東京地裁は、本件労働契約は合意解約によって終了しているとして、その余の争点を判断するまでもなく原告の請求をいずれも退けました。注目すべきは、書面の退職届や合意書が存在しない中で、メールのやり取りと前後の言動を積み上げて合意解約の成立を認定した判断の組み立てです。判決の論理は、おおむね次の4段階に整理できます。
⚖️ 合意解約認定の4ステップ(判決の枠組み)

@ 契約内容の確定 ―― 締結し直した契約書により、令和4年8月15日以降は「日本において勤務すること」が労務の内容として合意されていた。

A 会社メール=合意解約の「申入れ」 ―― 「予定どおり入社するか、オファーを断るか」を問うた会社のメールは、原告の意向によっては契約の解除もやむを得ないとの考えを前提に、契約を存続させる意思の有無について回答を求めたものであり、合意解約の意思表示(申入れ)に当たる

B 労働者の返信=「承諾」 ―― 原告は返信で「期限なくインドにとどまり、インド法人B社へ異動したい」との希望を表明。これは契約上の労務の内容である日本での勤務を履行しないことにほかならず、契約内容と両立し得ない。会社が開始日の延期を認めない意向を明確に示していた以上、B社勤務の実現には本件労働契約を終了させるほかない状況であり、この返信には契約を終了させる意向が含意されている

C その後の言動による裏付け ―― 会社が「オファーを断り入社しないことを了承した」旨を伝えるメールに対し、原告は特に異議を述べず、むしろA社の担当者に「被告に入社できなくなった」と述べ、以降、入国や勤務開始に向けた行動・問い合わせも行っていない。これらは原告自身が契約終了を認識していたことを示す。
つまり裁判所は、メールという形式そのものではなく、「契約内容(日本勤務)と両立しない希望を、延期不可という会社方針を知ったうえで表明した」という意思表示の実質と、終了を前提とするその後の一貫した行動を重視して、合意解約の成立を導いています。
3. なぜ「合意解約」だと会社が勝てるのか ―― 解雇との法的な違い
本件で被告会社が「合意解約」の主張に成功したことの意味は、解雇との比較で考えると分かりやすくなります。

仮に本件が会社による一方的な「解雇」(あるいは内定取消し)と評価されていた場合、労働契約法第16条の解雇権濫用法理により、客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性を会社側が基礎づけなければ解雇は無効となります。採用内定段階であっても、内定により労働契約(始期付き・解約権留保付き)が成立していれば、内定取消しには同様に厳格な制約が及ぶというのが確立した判例法理です(大日本印刷事件・最判昭和54年7月20日)。「母の病気による入社延期の申出」だけを理由とする一方的な契約解消は、相当性の点で会社側に相当厳しい争いになったと考えられます。

これに対し合意解約は、労使双方の合意によって契約を将来に向けて終了させるものであり、解雇権濫用法理(労契法16条)や解雇予告(労働基準法20条)の規制は適用されません。合意の成立さえ認定されれば、解雇の有効性を論じる必要がなくなる――本判決が「その余の争点について判断するまでもなく」と述べたのは、この構造によるものです。

ただし、注意が必要です。裁判実務では、労働者の退職・辞退の意思表示は慎重に認定される傾向にあります。退職は労働者の生活の基盤を失わせる重大な行為だからです。本件で合意解約が認められたのは、@会社が選択肢と方針(延期不可)を明確に文書(メール)で示し、A労働者がそれを踏まえて契約と両立しない進路を自ら選び、B終了を前提とする言動がその後も一貫していた、という記録に残る事実の積み重ねがあったためです。曖昧な口頭のやり取りだけであれば、結論は変わっていた可能性が十分にあります。
4. 実務対応 ―― 海外在住人材・入社前トラブルを防ぐチェックポイント
本件はコロナ禍の渡航制限という特殊な背景を持ちますが、リモートワークの普及により、入国前から海外在住のまま業務に従事してもらう実態が先行し、後から「このまま国外でリモート勤務を続けたい」という希望との間で食い違いが生じる――という紛争は、今後どの企業にも起こり得ます。本判決を踏まえた予防策を整理します。
✅ 入社前・海外在住人材対応のチェックポイント

【契約締結時】
□ 就業場所が日本国内であること、契約開始日前までに入国を完了していることを契約書・労働条件通知書に明記する
□ 就業場所・業務の「変更の範囲」を明示する(労基法15条・労基則5条。令和6年4月改正で明示事項に追加済み)
□ 入国に支障が生じた場合の取扱い(開始日を変更するのか・しないのか、会社の対応方針)をあらかじめ定めておく

【入社延期・辞退の申出を受けたとき】
□ 会社の方針(延期の可否・選択肢)を口頭ではなくメール等の記録に残る形で明確に提示する
□ 労働者の回答も必ず記録に残る形で受領し、契約終了となる場合は終了の確認文書(メール可)を送付して異議の有無を確認する
□ 二者択一を迫る際は、回答期限・伝え方に配慮する(執拗・威圧的な働きかけは、退職強要・合意の無効主張〔錯誤・強迫等〕を招くリスクがある)

【外国人材ならではの配慮】
□ 遠隔地・言語の壁を踏まえ、契約条件と交渉経緯は本人が確実に理解できる言語・書面で残す
□ 業務委託(本件のA社経由のような形態)と雇用の関係を整理し、どの契約がどの時点で生きているかを明確にする
社労士の視点 ―― 会社を守ったのは「曖昧にしなかったこと」
本件で被告会社の主張が認められた最大の要因は、入社延期の申出を受けた時点で、「延期は認めない。予定どおり入社するか、辞退するかのいずれかである」という方針を曖昧にせず、メールで明確に示したことにあると考えられます。もし会社が「検討します」「少し様子を見ましょう」と回答を先送りにしたまま入社日を経過させていれば、契約は終了したのか・延期されたのかが不明確になり、地位確認請求に対する防御は格段に難しくなったはずです。

一方で、この「二者択一の提示」は諸刃の剣でもあります。提示の仕方が執拗・威圧的であれば、退職強要や、合意の効力を争われる火種になりかねません。本件は、労働者側が自らの事情(母の看病)と希望(インド残留・B社異動)を踏まえて選択したという経緯が記録上明確だったからこそ、合意解約として整理できた事案です。「明確に伝えること」と「記録に残すこと」、そして「相手に選択の余地と考える時間を確保すること」――この3点をセットで実行することが、入社前トラブル対応の要諦だと当法人は考えます。
まとめ
・楽天モバイル事件(東京地判令和7年6月5日)は、入社延期を申し出た海外在住の外国人材との労働契約について、メールのやり取りから合意解約の成立を認定し、地位確認・バックペイ請求を退けた事案である

・裁判所は、会社の二者択一メールを「合意解約の申入れ」、日本勤務と両立しない希望を述べた労働者の返信を「承諾」と評価し、異議のないことやその後の言動で裏付けた

・合意解約が成立すれば解雇権濫用法理(労契法16条)の審査は不要になるが、労働者の終了意思の認定は本来慎重に行われるため、会社方針の明確な提示と交渉経緯の記録化が決定的に重要

・海外在住人材の採用では、開始日前の入国完了、入国支障時の取扱い、辞退時の記録方法を契約段階から設計しておくことが紛争予防の鍵となる
入社前トラブル・外国人材の労務管理・労働紛争対応は当法人にご相談ください

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根拠法令・参考資料

・楽天モバイル事件(東京地裁令和7年6月5日判決)
・労働契約法第16条(解雇権濫用法理)
・労働基準法第15条、労働基準法施行規則第5条(労働条件の明示。就業場所・業務の変更の範囲の明示は令和6年4月施行の改正による)
・大日本印刷事件(最高裁第二小法廷昭和54年7月20日判決)――採用内定の法的性質
・出典:労働新聞社「楽天モバイル事件(東京地判令7・6・5) 入社延期を求めた外国人の採用見送り解雇に? メールから合意解約を認定」(労働新聞 令和8年6月15日第3549号14面掲載)

※本判決の判決文全文は、本記事執筆時点で裁判所「裁判例検索」等の公的データベースへの掲載を確認できていません。本記事の事案・判旨の記載は上記報道に基づくものです。また、本判決が確定しているか(控訴の有無)は公表情報からは確認できていません。
【免責事項】本記事は、執筆時点(2026年6月11日)で確認できた公表情報に基づく一般的な解説であり、個別の事案に対する法的助言ではありません。実際の対応にあたっては、事案の具体的な事情を踏まえ、社会保険労務士・弁護士等の専門家にご相談ください。本記事の利用により生じた損害について、当法人は責任を負いかねます。
執筆者

三重 英則(みえ ひでのり)
社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員
特定社会保険労務士・経営心理士・経営法曹会議賛助会員
SRP認証番号:第160175号

当法人は2018年の設立以来、「誠・Think more・伴走」を価値観として、中小企業からIPO準備企業まで、労働紛争解決・労務監査・就業規則整備など高難度の労務課題に経営者と共に取り組んでいます。

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