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作成日:2026/06/12
【裁判例】住み込み7日間・105時間労働の家政婦の死は「労災」
判例解説

住み込み7日間・105時間労働の家政婦の死は「労災」
――労基法116条2項「家事使用人」の壁を実態判断で乗り越えた東京高裁判決(確定)


2026.06.12|社会保険労務士法人T&M Nagoya 三重英則

労働基準法には、多くの実務家が日常的に意識することのない適用除外規定があります。労基法116条2項――「この法律は、同居の親族のみを使用する事業及び家事使用人については、適用しない」。

個人家庭に雇われて家事に従事する「家事使用人」には、労働時間規制も、割増賃金も、そして労災保険による保護も及びません。1947年の労基法制定以来、約80年間ほぼ手つかずのまま残されてきたこの規定が、超高齢社会の中で「住み込み介護・家政婦」という働き方に深刻な影を落としていることを社会に突きつけたのが、今回取り上げる事件です。

家政婦兼訪問介護ヘルパーとして住み込み勤務した直後に急死した女性(当時68歳)の労災(遺族補償)をめぐる行政訴訟で、東京高裁(令和6年9月19日判決・水野有子裁判長)は、請求を棄却した一審判決を取り消し、労災を認定しました。国は上告せず、判決は2024年10月3日に確定。報道では「家事労働者の過労死を初めて認めた判決」と評されています。

当法人ブログの方針どおり、この1件を深掘りします。

📌 この記事のポイント
✓ 7日間住み込み・総労働105時間の家政婦兼ヘルパーの急死を、東京高裁が労災と認定(確定)
✓ 「家事は個人宅との直接契約」という契約形式を排し、家事・介護を一体として紹介会社の業務と評価
✓ 労基法116条2項の「家事使用人」に該当しないと判断し、約80年来の適用除外の壁を実態判断で突破
✓ 判決を契機に、家事使用人への労基法・労災保険の適用拡大が現実の法改正課題に

契約の形式を操作して労働法の適用を免れるスキームは、もはや通用しない時代です。

1. 事案の概要 ― 「家事」と「介護」を分けた契約構造

亡くなった女性は介護福祉士の資格を持ち、訪問介護・家政婦紹介会社に登録し、要介護者のいる個人宅で働いていました。問題となったのは、2015年5月、認知症で寝たきりの高齢者がいる個人宅での7日間の住み込み勤務です。業務は次の二本立ての構造になっていました。

● 介護業務(おむつ交換、入浴・介護補助など)
→ 紹介会社との雇用契約に基づく業務

● 家事業務(掃除、洗濯、食事の準備など)
→ 形式上は「個人宅に直接雇われた家政婦」としての業務

女性はこの住み込み勤務を終えた直後、急性心筋梗塞で亡くなりました。夫が労災(遺族補償給付)を請求しましたが、労働基準監督署は「家事部分は労基法の適用されない家事使用人としての勤務」であることを理由に不支給とし、夫は2020年3月、不支給処分の取消しを求めて東京地裁に提訴しました。

東京高裁が認定した7日間の勤務実態【報道ベース】
総労働時間105時間(1日15時間×7日)、時間外労働65時間(105時間−週40時間)
・午前4時半ごろから午後8時半ごろまでの勤務
・深夜帯(午後10時〜午前5時)もおむつ交換に従事する必要があり、6時間以上の連続睡眠を取ることが不可能
・休日のない連続勤務で、勤務間インターバルはいずれも11時間未満(4時間程度しかなかったと認定)
・専用の部屋は与えられず、休憩や手待ち時間は台所の椅子で過ごし、利用者と同じ部屋で就寝

高裁は「時間的にも質的にも疲労回復に足りる睡眠の確保は困難だった」と指摘しています。わずか1週間でこの密度です。これが「労災ではない」とされたのが一審でした。

2. 一審(東京地裁令和4年9月29日)― 「家事の時間」を切り捨てた形式判断

一審の東京地裁は、女性の業務を契約の形式に沿って二分しました。

● 介護業務 → 紹介会社との雇用契約に基づく「労働者」としての業務
● 家事業務 → 個人宅に直接雇われた「家事使用人」としての業務 → 労基法の適用除外(116条2項)

そのうえで、労災認定の前提となる「業務」として評価できるのは介護業務の時間だけだとし、家事業務の時間を労働時間から除外。介護にあたった1日4時間半のみを労働時間と認定し、その負荷だけでは過労死認定基準を満たさないとして請求を棄却しました【報道ベース】。

契約書の建て付けどおりに判断すれば、たしかにこうなります。しかし、同じ家の中で、同じ要介護者のために、家事と介護を分単位で切り分けて働く人は現実には存在しません。この「形式と実態の乖離」が控訴審の最大の争点となりました。

3. 争点 ― 家事業務は「家事使用人」の労働か、紹介会社の業務か

個人宅で行った家事業務は、労基法116条2項の「家事使用人」としての労働にあたるのか。それとも介護業務と一体として、紹介会社との雇用契約上の業務と評価すべきか。

家事使用人に該当すれば労基法・労災保険法の保護が及ばず、その時間は業務起因性の判断からも消えます。該当しなければ、105時間の全体が「業務」として評価されます。結論を分ける一点でした。

なお、家事使用人がなぜ適用除外とされてきたのかについて、政府は「個人の家庭の指揮命令の下で家事に従事している者は通常の労働関係と異なり、国家による監督・規制が不適当」という考え方を説明してきました(加藤厚生労働大臣・2022年10月の記者会見)。私的領域である家庭内に労働基準監督行政を立ち入らせることへの抑制が、制度の建前だったということです。

4. 東京高裁の判断 ― 実態を見て「家事使用人に該当しない」

東京高裁は一審判決を取り消し、おおむね次のように判断しました【報道ベース】。

⚖ 判決の核心ポイント
家事業務と介護業務は実態として区分が困難であり、給与も紹介会社からまとめて支払われていた。業務全体の実態を見れば、家事業務も含めて紹介会社との間で雇用契約が締結されていたと認められる

したがって女性は、個人家庭に直接雇われた労基法116条2項の「家事使用人」に該当しない

7日間で総労働105時間・時間外65時間、6時間以上の連続睡眠も確保できない勤務実態は、厚労省の認定基準にいう「短期間の過重業務」にあたり、死亡との業務起因性が認められる(=労災にあたる)

→ 契約書の形式ではなく、誰の指揮命令下で・どのような実態で働いていたかという「実態」から雇用契約の範囲を画した点が、本判決の核心です。

そして冒頭のとおり、国(厚生労働省)は上告を断念し、判決は2024年10月3日に確定しました【報道ベース】。遺族側代理人の指宿昭一弁護士は「個人家庭で働く家事使用人に労基法を適用して過労死の認定をした初めての判決」と評価しています。

注目すべきは、高裁が労基法116条2項そのものの効力を否定したのではない点です。あくまで「本件の女性は、実態に照らせばそもそも個人家庭に雇われた家事使用人ではなかった」という契約解釈・事実認定のレベルで結論を導いています。条文を残したまま、契約形式の操作による脱法的なスキームには保護を及ぼす――実務への影響が大きい判断手法です。

5. 判決後の動き ― ガイドライン策定から法改正の議論へ

本件は判決だけで終わりませんでした。

・一審判決後の2024年(令和6年)2月8日、厚労省は「家事使用人の雇用ガイドライン」を公表し、家事使用人を雇用する家庭・家政婦(夫)紹介所への注意喚起を開始しました

2024年6月には、厚労省が家事使用人に労働基準法を適用する方向で具体的施策を検討すべきとの考え方を示したことが報じられ、1947年の労基法施行以来の方針転換と評されました【報道ベース】

・その後も、家事使用人への労基法の適用除外の廃止と労災保険の強制適用に向けた議論が続いています(2026年6月時点で改正法は成立しておらず、立法動向は引き続き確認が必要です)

一つの過労死事件と遺族の闘いが、約80年来の適用除外規定を動かしつつある――労働法の歴史に残る展開といえます。

6. 実務への示唆 ― 経営者・関係事業者は何を学ぶべきか

(1) 「契約を分ければ労基法を回避できる」というスキームは通用しない

本件の核心は、雇用契約(介護)と個人間契約(家事)を分離する契約スキームが、実態に照らして否定されたことです。家政婦紹介業・訪問介護事業に関わる事業者は、契約形式と就労実態の一致を直ちに点検すべきです。実態が事業者の指揮命令下にあれば、形式が何であれ労働者として扱われる――労働者性をめぐる近時の裁判例(当ブログで扱った業務委託型の各事件)と完全に軌を一にする流れです。

(2) 住み込み・泊まり込み勤務の労働時間管理

7日間で105時間という数字は、住み込み型の働き方では決して例外的ではありません。仮眠時間・手待ち時間の扱い(当ブログ過去記事で扱った宿直医の労災認定事件も同じ問題構造です)、勤務間インターバル、連続勤務の上限――泊まり込みを伴う介護・警備・施設管理等の業種では、労働時間の「全体像」を把握する体制づくりが急務です。

(3) 法改正への先回り対応

家事使用人への労基法適用拡大が実現すれば、家事代行業・家政婦紹介業の労務管理は一変します。【推測】施行までには就業規則・雇用契約書の整備、労災保険の適用手続、労働時間管理体制の構築が一気に求められることになると考えられ、関係する事業者には早期の情報収集と準備をお勧めします。

✅ 自社チェックポイント(介護・家事代行・住み込み型業務のある事業者向け)
□ 雇用契約と業務委託・個人間契約を併用しているスタッフについて、業務の切り分けが実態として可能か検証したか
□ 給与・報酬の支払いルート(誰が・何の対価として支払うか)と契約形式は一致しているか
□ 住み込み・泊まり勤務者の手待ち時間・仮眠時間を含む労働時間の全体像を把握できているか
□ 深夜帯の対応(コール・おむつ交換等)の頻度と睡眠確保の状況を記録しているか
□ 家事使用人への労基法適用拡大の立法動向をフォローする体制があるか

まとめ

・東京高裁令和6年9月19日判決は、住み込み家政婦兼ヘルパーの急死について、家事・介護業務を一体として紹介会社との雇用契約に基づく業務と評価し、「家事使用人」該当性を否定して労災を認定した(国の上告断念により2024年10月3日確定)

・契約書の形式ではなく就労の実態から雇用契約の範囲を画する判断手法は、労働者性をめぐる近時の裁判例と共通する流れである

・判決を契機に、家事使用人への労基法・労災保険の適用拡大が現実の法改正課題となっている(2026年6月時点で立法は実現しておらず、動向の継続確認が必要)

・契約形式の操作で労働法の適用を免れるスキームは、司法によって否定される時代である

住み込み・泊まり勤務の労働時間管理、業務委託と雇用の線引きに不安はありませんか?

当法人は、労働者性・労働時間該当性をめぐる紛争予防から、労働紛争の解決支援まで、
特定社会保険労務士が経営者と共に歩き、最善の解を導き出します。


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根拠法令・出典・参考資料
・労働基準法116条2項(家事使用人への適用除外)
・労働者災害補償保険法(遺族補償給付)
・東京高裁令和6年9月19日判決(一審:東京地裁令和4年9月29日判決)※判決原文は未確認のため、認定事実の細部は下記報道に依拠しています
・労働新聞社「家政婦 一審取り消し労災と認定 家事使用人該当せず 東京高裁」
 https://www.rodo.co.jp/news/184234/
・弁護士JPニュース「東京高裁『1週間105時間勤務』で急死した家事使用人の"労災"認める初判断」
 https://www.ben54.jp/news/1520
・週刊金曜日オンライン「『家政婦過労死』勝訴が映し出す不都合な真実」(判決確定について)
 https://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/2024/10/30/news-173/
・企業法務ナビ「東京高裁が家政婦の急死に労災認める、家事使用人と労働者について」
 https://www.corporate-legal.jp/news/5852
・厚生労働省「『家事使用人の雇用ガイドライン』を策定しました」(令和6年2月8日)
 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_37762.html

※本記事は公開情報に基づく一般的な解説であり、個別の法律相談に代わるものではありません。判決原文は未確認であり、認定事実の細部は報道の要約に依拠しています。具体的な事案への対応については、必ず専門家にご相談ください。記事の内容は2026年6月11日時点の情報に基づきます。

執筆者
三重 英則(みえ ひでのり)
社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員
特定社会保険労務士/経営心理士/経営法曹会議賛助会員
SRP認証番号:第160175号

労働紛争の予防と解決、IPO・M&Aに伴う労務監査、高難度の人事労務課題への対応を専門とする。「誠実」「Think more」「伴走」を価値観に、経営者と共に歩き、最善の解を導き出すことを使命としている。

社会保険労務士法人T&M Nagoya
名古屋市中区丸の内2-14-4
TEL:052-211-7430(受付時間:平日9:00〜18:00)
https://www.mh5.jp/