| 判例解説 採用・内定 経歴詐称 履歴書に直近2社を書かなかった中途採用者の「内定取消し」は有効か ― アクセンチュア事件(東京高判令6・12・17)が示した、採用実務の一線 2026年6月11日 | 社会保険労務士法人T&M Nagoya |
📌 この記事の要点
|
| はじめに ― 「経歴詐称」は古くて新しい論点 |
経歴詐称を理由とする解雇・内定取消しは、労働法の世界では古典的な論点です。しかし近年、中途採用市場の拡大と「バックグラウンドチェック(採用候補者の前歴・経歴調査)」サービスの普及により、この論点は再び実務の最前線に戻ってきました。
採用選考の段階では分からなかった応募者の「直近の職歴」が、内定後の経歴調査で初めて判明する。しかもその職歴は、本人がわざわざ履歴書・職務経歴書に記載しなかったものだった――。こうしたケースで、企業は内定を取り消せるのか。取り消したら「不当だ」と訴えられるのか。
本稿で取り上げるアクセンチュア事件(東京高判令和6年12月17日、一審:東京地判令和6年7月18日・労経速2574号9頁)は、まさにこの問いに正面から答えた裁判例です。中途採用の内定者が履歴書等に直近の職歴2社分を記載していなかったことを理由とする内定取消しについて、一審・控訴審ともに「有効」と判断し、地位確認・未払賃金・損害賠償を求めた元内定者の請求をすべて退けました。当法人がブログで一貫して採る「1つの裁判例を深掘りする」方針に沿って、事実関係・争点・判断のロジックを丁寧に解説し、社労士が顧問先の採用実務にどう落とし込むべきかを考えます。
| 1. 事案の背景 |
被告(被控訴人)は、世界的なコンサルティング・ファームの日本法人です。原告(控訴人)は、この会社の中途採用選考に応募し、採用内定を得ました。オファーレターには、雇用が「雇用前審査(バックグラウンドチェック)」等の条件を満たすことを前提とする旨が記載されていました。
ところが、内定後に行われた経歴調査(バックグラウンドチェック)により、原告が履歴書・職務経歴書に記載していなかった直近2社(A社・B社)の職歴が判明します。会社はこれを重大な経歴詐称とみて、内定を取り消しました。これに対し原告は、内定取消しは無効であるとして、労働契約上の地位確認・内定取消し以降の未払賃金・損害賠償などを求めて提訴しました。
| 📄 秘匿されていた「直近2社」の中身
一審判決は、原告が記載しなかった直近の職歴について、おおむね次のように認定したと報じられています。
※ A社・B社は控訴審判決紹介の匿名符号に倣った表記で、一審判決紹介では別符号で表記されています。本ボックスは労働新聞社の一審・控訴審の判例解説(判決引用を含む)に依拠しています。年月・社名の細部は公刊物(労経速2574号等)で再確認をお願いします。 |
つまり原告は、単に「短期間で辞めた会社を省略した」のではなく、雇止めや解雇というネガティブな事実、さらには前職との紛争の存在まで含めて秘匿していた点が、本件の核心です。
| 2. 争点 ― 「不記載」は「経歴詐称」にあたるか |
本件の争点は、煎じ詰めれば次の一点に集約されます。すなわち、履歴書・職務経歴書に直近2社の職歴を記載しなかったことが、内定(始期付・解約権留保付労働契約)を取り消すに足りる「経歴詐称」にあたるかです。前提として押さえておくべき法理論が2つあります。
(1) 採用内定の法的性質 ― 「始期付・解約権留保付労働契約」
最高裁は古くから(大日本印刷事件・最判昭54・7・20等)、採用内定について、内定の時点で労働契約は成立しているとの立場をとっています。ただしそれは、入社日を始期とし、一定の事由が生じた場合には会社が契約を解約できる解約権が留保された特殊な労働契約です。したがって内定取消しは自由にできるわけではなく、「内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実」であって、これを理由に取り消すことが「客観的に合理的で社会通念上相当」と認められる場合にのみ許される、というのが確立した判断枠組みです。
(2) 経歴詐称が問題となる理由
経歴詐称が問題となるのは、それが単なる「ウソ」だからではありません。採用とは、企業が応募者の労働力の質・能力・適格性を評価して契約を結ぶか判断する行為であり、その判断の基礎となる重要情報が偽られれば、企業の人事配置・秩序維持・信頼関係の基礎が崩れるからです。伝統的な裁判例(炭研精工事件・最判平3・9・19等)は、経歴詐称を理由とする懲戒解雇について、それが企業秩序の維持に重大な支障を生じさせるような重要な経歴の詐称である場合に有効としてきました。本件は懲戒ではなく「内定取消し」ですが、判断の発想は通じています。
| 3. 判決の内容 ― 一審・控訴審ともに「有効」 |
一審(東京地判令6・7・18)は、内定取消しを有効と判断しました。判決は、バックグラウンドチェックにより虚偽の記載や真実の秘匿が判明した結果、労働力の資質・能力を客観的合理的にみて誤認し企業秩序維持に支障をきたすおそれがある場合、又は円滑な人間関係・相互信頼関係を維持できず企業内にとどめおくことができないほどの不正義が認められる場合に限り、解約権の行使が有効になるとの枠組みを示したうえで、本件をこれに該当すると評価しました。
控訴審(東京高判令6・12・17)も控訴を棄却し、一審の結論を維持しました。報道・判例解説によれば、東京高裁は次の点を重視したとされています。
✅ 控訴審が重視した点
|
これらを総合し、原告の請求(地位確認・未払賃金・損害賠償)はすべて棄却されました。
| 4. 「不記載」はどこから「詐称」になるのか |
本件で社労士が最も注目すべきは、「書かなかっただけ」と「詐称した」の境界線をどう引いたか、という点です。応募者が職歴をすべて漏れなく書く義務が常にあるわけではありません。短期間のアルバイトや、本人がキャリアと無関係と考えた経験を省略しても、それだけで「詐称」になるとは限りません。しかし本件では、次の3点が重なりました。
| 1. | 省略された職歴が直近であり、しかも履歴書記載期間の半分近くという量的に重大な部分を占めていたこと。 |
| 2. | 省略の対象が、雇止め・解雇・紛争という、採用判断に直接影響しうるネガティブな核心情報だったこと。 |
| 3. | それを記載しないことが極めて不自然であり、意図的な秘匿と評価できること。 |
この3要素が揃ったことで、「単なる不記載」が「企業の信頼を損なう経歴詐称」へと評価が転換しました。一審判決は、原告がこれらの職歴を記載すれば各社との紛争の存在が明らかになり、自己の採用に不利益に働くと考えたからこそ秘匿したと推認したうえで、「原告の背信性は高い」と評価しています。秘匿の動機に踏み込んで「不利益を避けるための意図的な秘匿」と認定した点が、判断の決め手になりました。
言い換えれば、裁判所は「沈黙による詐称(不作為の詐称)」を正面から認めたわけです。応募者が積極的にウソの職歴を書かなくても、採用判断に重要な事実を、不自然な形で意図的に隠したのであれば、それは詐称と同じ重みをもって評価されうる、ということです。ここに本判決の実務的な意義があります。
| 5. 社労士が顧問先に伝えるべき5つのポイント |
ポイント@:採用基準・申告事項を「就業規則・誓約書」で明文化する
内定取消しや本採用拒否を有効にする最大の土台は、「何を申告させ、何を判断材料とするか」を事前に明示しておくことです。応募書類に「職歴は漏れなく記載する」旨を明記し、内定時の誓約書・申告書に「申告内容に虚偽・重大な秘匿があった場合は内定取消し・解雇の事由となる」旨を盛り込み、就業規則の解雇事由・内定取消事由に経歴詐称を位置づけておく。最悪を想定してルールを整えておけば、いざという時の判断の正当性が大きく変わります。
ポイントA:バックグラウンドチェックは「適法な範囲・本人同意」を前提に
本件は経歴調査が功を奏した事例ですが、調査は無制限ではありません。本人の同意(同意書の取得)を得たうえで、調査対象を職務に関連する範囲に限定し、個人情報保護法・職業安定法5条の5(求職者等の個人情報の取扱い)を遵守する必要があります。思想・信条、病歴、家族の情報など職務と無関係の事項にまで踏み込むと、それ自体が違法・プライバシー侵害となるリスクがあります。「調べてよい範囲」を顧問先と事前に設計することが社労士の役割です。
ポイントB:「不記載」でも詐称になりうると現場に正しく伝える
本判決のメッセージは、「直近の重要な職歴を不自然に隠せば、積極的なウソと同じ評価を受けうる」ということです。採用担当者には、面接で職歴の連続性(ブランク期間)を丁寧に確認させ、不自然な空白があれば理由を尋ねる運用を勧めましょう。
ポイントC:内定取消し・本採用拒否は「重要性」と「相当性」で判断する
経歴詐称が判明しても、それが採用判断に重要だったか、そして取消し・解雇が相当かという二段階の評価を経る必要があります。些細な不記載を口実にした取消しは、逆に無効と判断されかねません。詐称の重大性と、講じる措置の重さのバランスを常に意識してください。
ポイントD:発覚時期で対応フローが変わることを整理する
本件は「内定取消し」でしたが、入社後に経歴詐称が判明した場合は「試用期間中の本採用拒否」や「懲戒・普通解雇」の問題になります。いずれの局面かによって求められる手続・相当性のハードルが変わるため、顧問先には「いつ発覚したか」で対応フローが変わることを整理して伝えておくとよいでしょう。
| おわりに ― 採用は「信頼関係の出発点」 |
経歴詐称をめぐる紛争は、突き詰めれば「採用という信頼関係の出発点で、何を共有しておくべきだったか」という問題です。本判決は企業側の主張を認めましたが、それは会社が無条件に強かったからではありません。採用判断に重要な核心情報を、応募者が不自然に隠したという事実が、丁寧に認定されたからです。
社労士の役割は、紛争が起きてから火消しをすることだけではありません。採用の入口で「申告すべきこと」「調べてよいこと」を適法に設計し、労使双方が安心して契約を結べる土台をつくること――それが、トラブルを「起きても悪化させない仕組み」につながります。当法人は、採用実務という線の仕事に、経営者と共に伴走していきたいと考えます。
| 採用・内定・就業規則のご相談は当法人へ 経歴詐称トラブルを未然に防ぐ申告事項・誓約書・バックグラウンドチェックの設計を、労使双方の視点から支援します。 お問い合わせはこちら |
| ▶ 関連サービス ・就業規則作成・改訂(解雇事由・内定取消事由・申告事項の整備) ・労働紛争解決(採用・内定をめぐる紛争への対応) ・高難度業務対応型顧問(採用実務の制度設計・伴走支援) |
| 📚 根拠法令・参照判例
・採用内定の法的性質:大日本印刷事件(最判昭54・7・20 民集33巻5号582頁) |
| 出典 ・労働新聞社「アクセンチュア事件(東京地判令6・7・18)」(令和7年6月23日 第3502号14面/筆者:弁護士 岩本充史) https://www.rodo.co.jp/precedent/201326/ ・労働新聞社「アクセンチュア事件(東京高判令6・12・17)」(令和7年11月10日 第3520号14面/筆者:弁護士 牛嶋勉〔経営法曹会議〕) https://www.rodo.co.jp/precedent/208492/ ※ 本記事は上記の判例解説(判決引用を含む)をもとに作成しています。判決原文(労経速2574号等の公刊物)に直接あたれていない細部(賠償請求額、認定事実の細部、職歴の年月・社名)については解説の要約に依拠しており、引用・転載の際は一次資料での再確認をお願いいたします。 |
| 免責事項
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。実際の対応にあたっては、最新の法令・裁判例をご確認のうえ、社会保険労務士・弁護士等の専門家にご相談ください。 |
| WRITTEN BY 三重 英則(みえ ひでのり) 社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員 特定社会保険労務士 / 経営心理士 / 経営法曹会議賛助会員 |