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作成日:2026/06/10
【裁判例】名古屋自動車学校事件 差戻控訴審(名古屋高裁 令和8年2月26日判決)が示した定年後再雇用の賃金設計
最新裁判例解説

名古屋自動車学校事件 差戻控訴審(名古屋高裁 令和8年2月26日判決)が示した定年後再雇用の賃金設計 

2026年6月10日|社会保険労務士法人T&M Nagoya

📌 この記事の要点

・名古屋自動車学校事件の差戻控訴審(名古屋高裁 令和8年2月26日判決)は、定年後再雇用者の基本給の減額が不合理だとして、学校側に計約336万円の賠償を命じました。

・差戻審は、正職員・嘱託職員いずれの基本給についても教習指導員としての職務に対する給与の性質が大きな割合を占めると認定し、定年時の55%・57%を下回る部分を違法と判断しました。

・最高裁(令和5年7月20日)が示したのは「○割の減額なら適法」という割合基準ではなく、賃金項目ごとの性質・目的に照らした合理性判断でした。差戻審はこれを具体化したものです。

・判断の比較基準として、経験の浅い若年正職員の賃金水準が参照されている点も実務上の重要なヒントです。

・労使交渉における使用者側の対応(誠実さ・具体的協議の有無)も判断要素として考慮されています。

定年後再雇用にあたり賃金を引き下げること自体は、多くの企業で行われています。問題は「どこまで下げてよいか」です。これまで実務では、名古屋自動車学校事件の一審・二審が示した「定年前の6割」という水準が一つの目安のように受け止められ、「6割以上を維持していれば適法」と考えて制度設計をする企業も少なくありませんでした。

しかし最高裁(令和5年7月20日 第一小法廷判決)は、この「割合」中心の発想に明確に待ったをかけ、賃金項目の性質・目的を踏まえて不合理性を判断すべきだとして審理を名古屋高裁に差し戻しました。そして令和8年2月26日、差戻控訴審がその枠組みに沿った具体的な判断を示したのです。

本稿では、当法人の実務視点から、差戻審が何をどう判断したのか、そして経営者・人事担当者が再雇用制度をどう点検すべきかを整理します。

1. 事案の概要と審理の経過

原告は、自動車学校で教習指導員として勤務していた正職員(無期契約労働者)2名です。60歳の定年退職後、継続雇用制度に基づき嘱託職員(有期契約労働者)として再雇用され、引き続き教習指導員として勤務しました。報道・判例情報によれば、主任の役職を退いた点を除き、定年前後で職務の内容や配置の変更の範囲に相違はなかったとされています。

基本給は、定年退職時の月額18万円・16万円から、嘱託職員時には月額8万円・7万円へと、5割以上引き下げられました。原告らは、この格差が旧労働契約法20条(現・パート有期法8条)に違反する不合理な待遇差であるとして、差額相当額の損害賠償等を求めました。

■ 審理の経過

一審:名古屋地裁 令和2年10月28日判決 ― 定年時基本給の60%を下回る部分を不合理と判断

二審:名古屋高裁 令和4年3月25日判決 ― 一審を維持

上告審:最高裁第一小法廷 令和5年7月20日判決 ― 原判決を破棄し、名古屋高裁に差し戻し

差戻控訴審:名古屋高裁 令和8年2月26日判決 ― 計約336万円の賠償を命令

※差戻控訴審判決は高等裁判所の判断であり、上告がなされた場合には改めて最高裁の判断を仰ぐことになります。本稿執筆時点での確定状況については、最新の情報をご確認ください。

2. 最高裁が示した「割合」から「性質・目的」への転換

一審・二審は、正職員の基本給を主に勤続年数に応じた年功的な賃金と捉えたうえで、定年時の6割を下回る減額部分を不合理と判断しました。これに対し最高裁は、正職員の基本給は勤続給としての性質のみを有するとはいえず、職務の内容に応じた職務給や職務遂行能力に応じた職能給としての性質も併せ持つ可能性があると指摘しました。

そのうえで、原審は基本給・賞与の性質や支給の目的、さらに労使交渉の経緯を十分に検討しておらず、旧労働契約法20条の解釈を誤った違法があるとして破棄差戻しました。重要なのは、最高裁が「定年前の何割なら適法」という水準そのものを基準として示したわけではないという点です。

観点 差戻前(一審・旧二審) 差戻後(名古屋高裁 R8.2.26)
基本給の捉え方 主に年功的(勤続給)と評価 正職員・嘱託職員とも、教習指導員の職務に対する給与(職務給的性質)が大きな割合を占めると認定
違法とした水準 定年時基本給の60%を下回る部分 定年時基本給の55%・57%を下回る部分(原告ごとに判断)
労使交渉の扱い 中心的な考慮要素とはされず 使用者側の対応は「誠実さを欠き、具体的な協議を経ることができなかった」と評価
結論 差額の支払いを命令 計約336万円の賠償を命令

※上記は判決および報道で確認できた範囲の整理です。各賃金項目の詳細な認定は判決原文をご確認ください。

3. 差戻控訴審は何を判断したか

差戻控訴審(片田信宏裁判長)は、業務内容が正職員と変わらないことを前提に、「若い正職員と基本給に大きな相違があるのは不合理だ」と指摘しました。正職員・嘱託職員いずれの基本給についても、教習指導員としての職務に対する給与の性質が大きな割合を占めると認定したうえで、定年時の55%・57%を下回る部分を違法と判断しています。

判断の比較基準として参照されたのが、経験の浅い若年正職員の賃金水準です。上告審が前提とした事実関係でも、嘱託職員の基本給は、職務上の経験に劣り、年功的性格ゆえに将来の増額に備えて金額が抑制される傾向にある若年正職員の基本給をも下回っていたことが指摘されていました。同じ教習指導員の職務を担いながら、経験の浅い若手正職員より低い水準にとどまることは、職務への対価として説明が難しい——これが判断の中核にある論理です。

注目すべきは、賃金そのものの分析に加えて、待遇差をめぐる労使交渉のプロセスが評価対象とされた点です。差戻審は、使用者側の交渉対応が誠実さを欠き、具体的な協議を経ることができなかったと述べています。賃金水準の「結果」だけでなく、待遇差を設けるに至った「過程」も、不合理性を基礎づける事情として考慮されうることを示すものです。

4. 当法人の視点 ― 経営者が今すべき再雇用制度の点検

当法人は、本件を「定年後再雇用の賃金は、割合ではなく説明で守る時代に入った」ことを示す判決と受け止めています。一審が示した「6割」という数字が独り歩きしてきましたが、差戻審が原告ごとに55%・57%と異なる水準を示したことからも明らかなように、特定の割合を守れば安全という考え方はもはや成り立ちません。

求められるのは、自社の基本給・賞与が何に対して支払われている賃金なのか(職務か、勤続か、能力か、生活保障か)を制度として説明できる状態にしておくことです。同じ職務を担わせ続けるのであれば、減額の合理性は職務・責任・人材活用の仕組みの変化と結びつけて説明できなければなりません。あわせて、本件で参照された若年正職員との比較は、自社でそのまま使える検証ツールになります。再雇用者の基本給が、同じ職務を担う経験の浅い若手正職員の水準を不合理に下回っていないか、一度数字で確認してみることをお勧めします。

✔ 実務チェックポイント

1. 賃金規程で、基本給・賞与の性質と支給目的を整理・明文化しているか。

2. 定年後も同一の職務を担わせる場合、減額の合理的理由を職務・責任の変化で説明できるか。

3. 「定年前の○割」という割合のみを根拠に賃金を設計していないか。

4. 再雇用者の賃金が、経験の浅い若年正職員の賃金水準を不合理に下回っていないか検証したか。

5. 再雇用条件の決定過程で、対象者・労働者代表との具体的な協議の記録を残しているか。

6. 既に再雇用している社員についても、現行の待遇差を説明できるか点検したか。

当法人では、給与監査顧問を通じて賃金項目の性質・目的の整理と待遇差の合理性検証を行うとともに、就業規則作成・改訂の支援により賃金規程・再雇用規程の整備をお手伝いしています。待遇差をめぐる紛争が現実化した場合の対応については、労働紛争解決のページもご参照ください。

定年後再雇用制度の点検について相談する ▶

【根拠法令・参照判例】

・労働契約法(平成24年改正前)20条/短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(パート・有期法)8条

・名古屋自動車学校事件(最高裁第一小法廷 令和5年7月20日判決)

・名古屋自動車学校事件 差戻控訴審(名古屋高裁 令和8年2月26日判決)

【免責事項】

本記事は、報道および公表されている判例情報に基づき、一般的な情報提供を目的として作成したものです。判決の詳細な認定内容は判決原文によるものとし、個別の事案への対応は、具体的な事情により結論が異なります。実際の制度設計・紛争対応にあたっては、専門家にご相談ください。

執筆者:三重 英則(みえ ひでのり)

社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員/特定社会保険労務士・経営心理士・経営法曹会議賛助会員。経営者と共に歩き、最善の解を導き出すことを理念に、人事労務の実務支援に取り組んでいます。