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作成日:2026/06/08
【実務】「裁量労働制なら残業代を払わなくてよい」は誤解 ―― 乱用が招く高額賠償リスクと、いま経営者が行うべき自己点検
労働時間管理/裁量労働制
「裁量労働制なら残業代を払わなくてよい」は誤解
―― 乱用が招く高額賠償リスクと、いま経営者が行うべき自己点検
司法は導入手続・対象業務・裁量の程度を厳格に審査し、乱用には未払い賃金・付加金・慰謝料を命じ続けています。制度の本質と4つの着眼点、2024年改正対応、最新の対象拡大議論まで、社会保険労務士法人T&M Nagoyaが整理します。
📌 この記事の要点
・裁量労働制は「残業代削減の制度」でも「労働時間の上限を外す制度」でもなく、業務の性質に着目した労働時間管理の例外規定にすぎません。
・適用が無効と判断されると、実労働時間ベースで未払い割増賃金+付加金+慰謝料を命じられ、賠償額が高額化しやすい傾向があります。
・裁判所は「@導入手続」「A対象業務への該当性」「B裁量の程度」「C処遇・みなし時間の妥当性」を厳しく審査しています。
・2024年4月施行の改正で本人同意の義務化等が加わりました。既存導入企業も対応状況の点検が必要です。

裁量労働制をめぐる労使紛争が、近年あらためて注目を集めています。一部の企業による制度の乱用が裁判に発展し、裁判所は導入手法や実際の裁量の程度を詳細に審査して、使用者に厳しい判断を出し続けています。制度の対象拡大の是非をめぐっては労使の立場が分かれていますが、「乱用は防止すべき」という点では労使に大きな差はありません。導入企業・導入を検討する企業にとって、いまこそ運用の総点検が求められています。

1. 裁量労働制の「本質」と、企業が陥りやすい誤解

裁量労働制とは、業務の性質上その遂行手段や時間配分を労働者の裁量に委ねる必要がある一定の業務について、実際にかかった時間の長短にかかわらず、労使であらかじめ合意した時間数(みなし労働時間)を働いたものとみなす仕組みです(専門業務型は労働基準法38条の3、企画業務型は同38条の4)。あくまで「業務の性質に焦点を当てた労働時間管理の一例外規定」であり、適用対象が厳しく絞られているのは、その業務の性質上、本当に個々の労働者の裁量が許されるかを重視しているためです。

よくある3つの誤解
誤解@「残業代を払わなくてよい」 … 誤りです。深夜労働・休日労働の割増賃金は別途発生し、みなし労働時間が法定労働時間を超えていればその分の割増賃金も必要です。
誤解A「労働時間の上限を外せる」 … 誤りです。安全衛生法上、健康確保のため実労働時間の把握は引き続き求められます。
誤解B「人件費の定額制(サブスク)になる」 … 誤りです。みなし労働時間数の設定には「相応の処遇」が前提とされており(厚生労働省の施行通達)、効率よく働く労働者に相応の賃金を払うという制度趣旨が抜け落ちると、乱用と評価されやすくなります。

※厚生労働省の2019年裁量労働制実態調査では、みなし労働時間を把握している労働者の平均が約7時間38分であったのに対し、実労働時間は平均9時間と報告されています。また、導入目的を「残業代削減のため」と回答した企業が13%あったことも報告されており、一部に制度趣旨から外れた運用があることがうかがえます。

2. 裁判所が審査する「4つの着眼点」

裁判例を通覧すると、裁判所が裁量労働制の有効性を判断する際の着眼点は、おおむね次の4点に整理できます。いずれか一つでも欠けると、制度全体が無効と評価されるリスクがあります。

着眼点 審査されるポイント
@ 導入手続 過半数代表者の選出手続は適正か。労使協定・労使委員会決議の内容・届出は適法か。
A 対象業務該当性 そもそも法定の対象業務に当たるか。名目上は対象業務でも、実態が別業務であれば対象外。
B 裁量の程度 遂行手段・時間配分が実際に労働者に委ねられているか。具体的な指揮命令・拘束が強ければ否定。
C 処遇・みなし時間 みなし労働時間数や裁量労働手当が実態に照らして妥当か。「相応の処遇」を欠かないか。
3. 司法の厳格な姿勢を示す裁判例

裁量労働制の成立を否定し、未払いの時間外賃金に加え、労働基準法上の制裁である付加金(同114条)や慰謝料の支払いを命じた裁判例が目立ちます。賠償額が高額になりやすい点に、特に注意が必要です。

着眼点@ 導入手続|松山大学事件
松山地裁 令和5年(2023年)12月20日判決
教授3人が、専門業務型裁量労働制の前提となる労使協定は無効だとして未払い残業代等を求めた事案。裁判所は、選出された労働者代表(過半数代表者)に対する支持が選挙権者の約25%にとどまる点を指摘し、「過半数を代表する者とは認められない」として労使協定を無効と判断。制度適用は違法とし、深夜・休日労働の割増賃金等として大学側に計約1800万円の支払いを命じました。
→ 過半数代表者の選出手続という"入口"の瑕疵だけで、制度全体が崩れることを示した点が実務に衝撃を与えました。
着眼点AB 対象業務・裁量|エーディーディー事件
大阪高裁 平成24年(2012年)7月27日判決
情報システム会社のプログラマーが、専門業務型の対象である「情報処理システムの分析又は設計」に当たるかが争われた事案。裁判所は、出先から業務の指示を受けるなど裁量が乏しく、上司の指示で新規案件の営業も行っていたとして要件を満たさないと判断しました。
→ "システム開発の会社=専門業務型OK"ではなく、個々の労働者の実態が審査されます。プログラミング自体は「分析・設計」に含まれないと整理されている点も重要です。
着眼点A 対象業務|インサイド・アウト事件
東京地裁 平成30年(2018年)判決
定型的なバナー広告の作成業務が、専門業務型の対象である「広告等の新たなデザインの考案の業務」に当たるかが争われ、裁判所は対象外と判断してみなし労働時間の適用を否定しました。
→ 既に考案されたデザインに基づく定型作業は、創作性のある「考案業務」とは区別されます。職種名ではなく業務の実質が問われます。
企画業務型の乱用|野村不動産の是正勧告事案
2017年末・労働局による是正勧告(報道による)
社員約1900人のうち、制度対象外の営業業務を含む約600人を企画業務型としていたことが問題化し、同社は違法性を認めて再発防止を表明したと報じられています。営業のような個別業務は、もともと行政の指針上も企画業務型の対象とはされていません。
→ 企画業務型でも、対象外業務を取り込んだ広すぎる運用は是正対象となります。
4. 見落とされがちな「2024年4月改正」への対応

裁判例のリスクと並んで確認しておきたいのが、2024年4月1日に施行された裁量労働制の改正です。既に制度を導入している企業も、施行日前日(2024年3月31日)までに新ルールに沿った労使協定の締結・届出と本人同意の取得が必要とされていました。対応漏れがないか、いま一度ご確認ください。

項目 改正前 改正後(2024年4月1日施行)
専門業務型の対象業務数 19業務 20業務(M&Aアドバイザリー業務を追加)
本人同意(専門業務型) 必須ではなかった 本人同意が必須に(書面で取得)
同意の撤回 規定なし 撤回手続を労使協定・決議に定め、撤回を可能に
記録の保存 同意・撤回の記録保存義務なし 同意・撤回に関する記録の作成・保存義務を新設
健康・福祉確保措置 従来の措置 措置の強化(長時間労働者への対応の充実等)

※企画業務型では、労使委員会の運営規程・決議事項の追加(同意撤回手続、賃金・評価制度の説明、記録保存等)や健康・福祉確保措置の強化、定期報告の起算日・頻度の変更が行われています。

5. 「対象拡大」議論の現在地 ―― それでも乱用への厳格姿勢は変わらない

裁量労働制の対象拡大の是非は、現在、内閣官房の日本成長戦略会議(労働市場改革分科会)と厚生労働省の労働政策審議会で議論されています。高市早苗首相は2026年2月の施政方針演説で制度の見直しに言及し、検討の加速を指示しました。経団連は2026年5月19日に政策提言を公表し、企画業務型を念頭に対象業務の追加を求める一方で、過度な長時間労働者を適用から外す、適用前の平均残業代を基準に予算化した手当を支払うといった乱用防止策にも踏み込んでいる点が目新しいといえます。連合は安易な拡大に反対しており、労使の議論は平行線が続き、結論は年末に持ち越される見通しと報じられています。

重要なのは、対象が拡大されるか否かにかかわらず、裁量労働制が労働基準法の例外規定である限り、乱用に対する司法の厳格な姿勢は変わりようがないという点です。むしろ拡大議論の中でも乱用防止が共通課題とされており、今後はより厳格な運用が求められると想定されます。

✅ いま経営者・人事が点検すべきチェックポイント
□ 入口:過半数代表者は、管理監督者でない者から、民主的な手続(投票・挙手等)で適正に選出されているか。形骸化していないか。
□ 対象業務:適用している社員の業務は、本当に法定の対象業務に該当するか。営業・定型作業などが混在していないか。
□ 裁量の実態:遂行手段・時間配分を本人に委ねているか。納期・出社時刻・進め方を細かく指示していないか。
□ 処遇:みなし労働時間と裁量労働手当は、実態に見合った「相応の処遇」になっているか。
□ 2024年改正:本人同意(書面)・同意撤回手続・記録保存・健康福祉確保措置は整備済みか。労使協定は最新様式で届出済みか。

当法人では、裁量労働制の適否診断、労使協定・規程の整備、IPO準備やM&Aに伴う労務監査の中での運用チェックまで、貴社の実態に即した伴走支援を行っています。「自社の運用がグレーかもしれない」と感じた段階での早めのご相談が、紛争・是正勧告の予防につながります。

関連サービス
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社会保険労務士法人T&M Nagoya(名古屋・丸の内)
根拠法令・参考
労働基準法38条の3(専門業務型裁量労働制)・38条の4(企画業務型裁量労働制)・37条(割増賃金)・114条(付加金)、労働基準法施行規則24条の2の2 等/厚生労働省「裁量労働制の解説」「2024年4月施行 裁量労働制の改正」関係資料、同2019年裁量労働制実態調査/松山地裁令和5年12月20日判決、大阪高裁平成24年7月27日判決(エーディーディー事件)、東京地裁平成30年判決(インサイド・アウト事件)。
免責事項:本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。記載内容は作成時点の情報に基づきます。判決の詳細・最新の法令や審議状況は、必ず一次情報および専門家の確認のうえご判断ください。実際のご対応にあたっては、当法人または弁護士等の専門家にご相談ください。
執筆者
三重 英則
社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員
特定社会保険労務士/経営心理士/経営法曹会議賛助会員