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作成日:2026/05/25
【裁判例】制服への着替え時間は労働時間か ――令和7年10月大阪地裁判決が示した判断の射程と実務対応
労働時間・残業代

制服への着替え時間は労働時間か
――令和7年10月大阪地裁判決が示した判断の射程と実務対応

社会保険労務士法人T&M Nagoya

📌 本記事の要点

  • 大阪地裁令和7年10月30日判決(西日本高速道路サービス関西事件)は、料金所スタッフの始業前の更衣時間について労働時間性を否定した。判断を担当したのは大阪地裁の 労働専門部 であり、最高裁・三菱重工業長崎造船所事件(最判平12.3.9)の枠組みを正確に具体化した 妥当かつ説得力のある判断 である。
  • 本判決の論理は、(a) 制服が社会通念上、通勤に支障がない一般的形状であること、(b) 事業所内更衣が明示的にも黙示的にも義務付けられていないこと、に依拠しており、制服運用の制度設計に重要な指針を提供する。
  • 他方、本判決は具体的事実関係に依拠した事例判断であり、自社の運用実態が本件と異なる場合は別の結論が導かれ得る。本判決を自社に適用するには、制服の特性・指示内容・運用実態を本判決の判断要素に整合させる精緻な検証が不可欠である。

1. はじめに ―― 制服の着替えは労働時間か

制服やユニフォームを支給している企業では、始業前後の着替え時間をどう取り扱うかが長年の労務管理上の悩みとなってきました。実務上は、最高裁の三菱重工業長崎造船所事件判決を踏まえ、「事業所内での着替えを義務付けているなら労働時間」というのが基本ラインとなっており、多くの企業がこれに沿った運用を行ってきたところです。

こうしたなか、令和7年10月30日、大阪地方裁判所が、高速道路の料金所スタッフの始業前更衣時間について 労働時間性を否定する 判決を言い渡しました(西日本高速道路サービス関西事件)。本判決は、最高裁判例で示された判断枠組みを丁寧に具体化したものとして、労働時間性を判断するうえで実務上有益な示唆を含むものです。

他方で、SNS等では「着替えは労働時間ではないと最高裁が判断した」といった不正確な情報も散見されます。本判決は最高裁ではなく地裁レベルの判断ですが、判断を担当したのは大阪地裁の 労働専門部 であり、その判断は理論的・実務的に重要な意味を持ちます。

当法人は労務監査・就業規則整備の実務において、制服管理・更衣運用の論点に数多く向き合ってきました。本稿では、本判決の理論的価値と実務上の射程を分析したうえで、企業が取り組むべき実務対応について解説します。

2. 事案の概要

本件は、高速道路の料金ステーションで料金収受業務に従事していた従業員(原告)が、始業前に行っていた制服への着替え時間が労働基準法上の労働時間に該当するとして、未払賃金等の支払いを求めた事案です。

事案の主要事実

裁判所 大阪地方裁判所
判決日 令和7年10月30日
事件名 西日本高速道路サービス関西株式会社事件
業務内容 高速道路の料金収受業務(料金ステーション)
制服 シャツ、ファスナー付きブルゾン、長ズボン
原告の主張 入社時に所長から、料金ステーションの更衣室で着替え、出勤簿に捺印し、8時45分の朝礼に出るよう指示された
会社の主張 更衣室での着替えを義務付けていなかった

3. 最高裁の判断枠組み ―― 三菱重工業長崎造船所事件

本判決を読み解くには、その前提となる最高裁の枠組みを正確に理解する必要があります。労働時間性に関する最も重要な先例は、最高裁平成12年3月9日第一小法廷判決(三菱重工業長崎造船所事件・民集54巻3号801頁)です。

同判決は、労働基準法上の労働時間について、以下の2つの命題を示しました。

最高裁が示した枠組み

【命題1:労働時間の定義】
労働基準法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、これに該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価できるか否かにより 客観的に 定まる。労働契約、就業規則、労働協約等の定めにより決定されるものではない。

【命題2:準備行為と労働時間性】
労働者が、就業を命じられた業務の準備行為等を 事業所内において行うことを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたとき は、当該行為を所定労働時間外において行うものとされている場合であっても、特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができる。

ここで実務上見落とされやすいのは、命題2が 「義務付け又は余儀なくされる」場合の判断を示したもの であって、これに該当しなければ自動的に労働時間性が否定されるという 裏返しの命題ではない という点です。最高裁判例解説(民事篇平成12年度上巻204頁)も、命題2は「使用者の指揮命令下に置かれたものと評価できる一つの場合を一般論の形で説示したにすぎず、本判決の示す場合に当たらない限り労働時間に該当しないものとする趣旨を含むものではない」と明確に解説しています。

つまり、「事業所内での着替えが義務付けられていない=労働時間ではない」と機械的に結論づけることは、最高裁判決の射程を超えた誤った理解です。本件大阪地裁判決を読む際には、この点を常に念頭に置く必要があります。

4. 大阪地裁の判断ロジック

大阪地裁は、上記最高裁の枠組みに従い、本件原告の更衣時間が「被告(会社)の指揮命令下にあったと評価できるか」を検討しました。判決は次の3つの論点について判断しています。

(1) 制服の社会通念上の通勤適合性

料金ステーションのスタッフが着用する制服は、上衣がシャツとファスナー付きブルゾン、下衣が長ズボンというものでした。裁判所は、これらは 社会通念上、着用して出勤することに特段の支障がない と判断しました。奇抜なデザインや、明らかに作業用とわかる特殊な仕様ではないこと、自宅から着用したまま通勤しても周囲から不自然に見られない範囲のものであったことが、この判断の前提となっています。

(2) 明示的な義務付けの不存在

原告は「入社時に所長から、料金ステーション内の更衣室で着替えるよう指示された」と供述しましたが、裁判所は次の理由でこれを採用しませんでした。

  • 約10年前の出来事であり、所長の発言内容について記憶の正確性を慎重に評価する必要があること
  • 原告の供述を裏付ける客観的証拠が存在しないこと
  • 原告自身、「所長から制服で出勤するなとは言われていない」とも供述していること

さらに、仮に更衣室を案内されていたとしても、それは便宜供与の趣旨にとどまり、「制服通勤を許容しない趣旨で更衣室での着替えを明示的に指示した」とまでは認められない としました。

(3) 黙示的な義務付けの不存在

原告側は、会社が「制服通勤を許容する旨を積極的に周知していなかった」事実をもって黙示の義務付けがあると主張しましたが、裁判所はこれを退けました。制服通勤許容を積極的に周知していなかったというだけでは、更衣室での着替えを義務付けたとは評価できない という判断です。

以上の判断を総合し、裁判所は、本件における始業前更衣時間は、原告が「使用者の指揮命令下に置かれていた」と評価することはできず、労働時間に当たらないと結論づけました。

5. 本判決の意義と射程

本判決は最高裁の三菱重工業長崎造船所事件の枠組みを誠実に具体化した、 妥当かつ説得力のある判断 であると評価できます。

(1) 最高裁枠組みとの整合性 ―― 本判決の理論的価値

本判決の理論的価値は、最高裁の枠組みを正確に理解した上で、それを丁寧に適用した点にあります。前述のとおり、三菱重工事件で最高裁が示した「事業所内での義務付け→特段の事情なき限り指揮命令下」という命題は、労働時間性を肯定する一場合を一般論の形で示したにすぎず、これに該当しなければ労働時間性が否定されるという 裏返しの命題ではありません

本判決は、この最高裁の論理構造を正しく踏まえ、「労働者の行為が客観的に指揮命令下に置かれていたと評価できるか」という労働時間性判断の出発点に立ち返り、(a) 制服の社会通念上の通勤適合性、(b) 明示的義務付けの不存在、(c) 黙示的義務付けの不存在という三段階の検討を行いました。これは、最高裁が確立した「客観的判断」原則を 具体的事実に即して精密に適用した模範的な判断手法 といえます。

巷間「最高裁判例と矛盾するのではないか」との見方も見受けられますが、三菱重工事件の事案は 「装着を所定の更衣所等において行うものとされていた」 という義務付けが存在したケースであり、本件はこの義務付け自体が認められなかったケースです。両者は適用される事実関係を異にするため、本判決と最高裁判例の間に矛盾はなく、むしろ整合的に理解できます。

(2) 本判決の実務上の意義

本判決は、制服を支給する企業に対して、以下の重要な実務的指針を示したものとして意義があります。

  • 「制服支給=着替え時間は労働時間」という単純な等式は成り立たない。労働時間性は客観的判断に依拠し、事業所内更衣の義務付けの有無が決定的要素となる。
  • 制服が 社会通念上、通勤に支障のない一般的な形状 である場合、自宅等での着替えが実質的に可能であり、事業所内更衣を義務付けない限り、更衣時間の労働時間性は否定され得る。
  • 更衣室の 「案内」「提供」 は便宜供与の趣旨であり、それ自体が事業所内更衣の義務付けに直結するものではない。
  • 制服通勤許容を積極的に周知していなかったとしても、それだけで 黙示の義務付け があったとは評価されない。

これらの判示は、従来「制服がある以上、更衣時間は労働時間として支払うしかない」と漠然と考えていた企業に対し、合理的な制度設計の余地があることを明確にした点で、実務的価値が高いといえます。

(3) 適用範囲 ―― 事実関係の精査が前提

他方、本判決は、料金ステーションスタッフがシャツ・ブルゾン・長ズボンという一般的な制服を着用していた具体的事実関係の下での判断です。本判決の論理を自社に適用しようとする場合は、自社の (a) 制服の特性、(b) 着替えに関する社内の指示内容、(c) 運用実態が本件と類似しているかを慎重に検証する必要があります。

過去の他の裁判例には、制服通勤を禁止する記載が研修教材にあったり、実態として多くの従業員が更衣室で着替えている場合に、労働時間性を肯定したものもあります。これらは本判決と矛盾するものではなく、それぞれの事実関係の違いから別の結論に至ったにすぎません。同じ最高裁の枠組みの下でも、事実関係次第で結論は分かれる という、ごく当然の帰結です。

したがって本判決の射程は、 本件と類似する事実関係を備えた企業 に及ぶのであり、自社の運用実態がこれと異なるにもかかわらず本判決を根拠に更衣時間を労働時間から一律除外すれば、別の裁判で真逆の判断を受けるリスクがあります。本判決を活かすには、その理論を正確に理解した上で、自社の制度設計と運用実態を本判決の判断要素に整合させる地道な作業が不可欠です。

6. 実務対応 ―― 当法人の視点

本判決を受けて、企業の実務対応は大きく二つの方向に整理できます。どちらが「正解」というわけではなく、自社の業種・業務特性・制服の性質・運用実態を踏まえて、合理的かつ法的に整合的な制度設計を選択することが重要です。

(1) 更衣時間を労働時間として管理するアプローチ

事業所内更衣を従業員に求める運用を維持する場合は、更衣時間を労働時間として明確に管理するアプローチが合理的です。以下の特徴を持つ業種・業務では、このアプローチが自然な選択肢となります。

  • 衛生・接客・防犯上の理由から制服通勤が望ましくない業種:食品製造・医療・介護・接客等で、制服の清潔性確保や顧客への印象管理が業務の本質に関わる場合
  • 制服の特性が一般的な通勤着とは異なる場合:特殊な作業着・防護具・専用ユニフォーム等を含む場合は、事業所内更衣が事実上不可避となる
  • 過大な負担を懸念する必要はない:最高裁が示すとおり、労働時間となる範囲は「社会通念上必要と認められる時間」に限られ、着替えに要する数分程度の処理にとどまる
  • 労使信頼関係への配慮:従業員のモチベーション維持の観点から、明確に賃金支払対象として位置付けるほうが組織運営上有益な場合も多い

(2) 更衣時間を労働時間から除外するアプローチ

本判決を踏まえ、制服通勤を許容したうえで更衣時間を労働時間から除外する制度設計を選ぶことは、合理的な経営判断としてあり得ます。ただし、本判決が労働時間性を否定した論理は、複数の判断要素の積み重ねの上に成り立っていますので、これを自社に適用するためには、本判決が示した判断要素を すべて 満たすよう運用設計する必要があります。要素の一部のみを満たすにとどまる場合は、別の裁判で労働時間性が肯定されるリスクが残ります。

✓ 制度設計上のチェックポイント

制服が 社会通念上の通勤に支障のない 一般的形状であること(特殊な作業着・防護具・専用ユニフォーム等は不可)
就業規則・社内規程で 「制服通勤可」「更衣場所自由」 を明文化していること
更衣室の提供を 「便宜供与(福利厚生)」 と位置付け、使用を強制していないこと
入社時オリエンテーション・研修等で「事業所内で着替えなければならない」旨の指示を行っていないこと
朝礼や出勤確認を 制服着用を前提 としていないこと(黙示の事業所内更衣強制となる)
運用実態として、実際に 制服通勤者が一定数存在 していること
人事評価・懲戒等で、事業所内更衣をしないことを 不利益に取り扱っていない こと
衛生・防犯・接客上、制服通勤を許容することによる業務上の支障がないか別途検証していること

7. 見落とされがちな視点 ―― 経営判断としての更衣運用

当法人がクライアント企業の労務監査を実施する際にしばしば直面するのは、「労働時間として認めるかどうか」を法律論だけで決めようとして、結果的に大きな経営判断を見落としてしまうケースです。

制服を支給する目的は、職務上の安全衛生、顧客に対する識別性と信頼感、企業ブランドの統一性など、多岐にわたります。これらの目的を達成するためには、勤務開始時点で「適切に着用された状態」であることが本来の要請です。制服通勤を許容するということは、通勤途上で制服が汚損したり、ボタンが外れたり、髪型・身だしなみが乱れたりした状態のまま業務に入る可能性を許容することを意味します。

また、女性従業員を中心に、制服姿での通勤がストーカー被害や痴漢被害のリスクを高めることも実務上指摘されてきました。労働時間化を回避するために制服通勤を解禁した結果、ハラスメント被害や安全配慮義務違反の問題に直面することは本末転倒です。

本判決を機に「更衣時間を労働時間から外せるか」と検討される経営者の方には、当法人としては、 本判決の論理を自社の制服運用全体の見直しの起点 として活用していただくことを推奨しています。すなわち、(a) 制服支給の本来目的は何か、(b) 制服通勤を許容しても本来目的が損なわれないか、(c) 従業員の安全・利便と企業ブランドのバランスをどう取るか、という経営上の問いを正面から考えることです。これらの問いに対する答え次第で、更衣時間を労働時間とするか除外するかという制度設計の方向性は自ずと定まります。

8. おわりに

大阪地裁令和7年10月30日判決は、大阪地裁労働専門部が、最高裁の三菱重工業長崎造船所事件で示された判断枠組みを正確に具体化し、制服支給企業の更衣時間に関する判断要素を明確にした重要な裁判例です。本判決の理論構成は、最高裁判例と整合的かつ説得力があり、実務的にも有益な指針を提供しています。

他方、本判決は具体的事実関係に基づく事例判断ですので、これをもって「着替え=労働時間ではない」と一般化することはできません。自社の制服運用が本判決の判断要素と整合しているかを精緻に検証し、整合していない場合は労働時間として管理するか、または運用実態を整えていく必要があります。

経営者の皆様には、本判決を単なる「企業に有利な判決」として受け取るのではなく、自社の制服運用・就業規則・労働時間管理を総点検する 契機 としていただきたいと考えています。当法人では、就業規則の精査、労働時間管理の運用実態のチェック、未払賃金リスクの定量評価まで、一連の労務監査をワンストップでご支援しております。

「経営者と共に歩き、最善の解を導き出す」を法人ミッションとして、貴社の労務リスクの低減と健全な労使関係の構築を伴走いたします。

根拠法令・判例

  • 労働基準法第32条(労働時間)
  • 最高裁判所平成12年3月9日第一小法廷判決(三菱重工業長崎造船所事件・民集54巻3号801頁)
  • 大阪地方裁判所令和7年10月30日判決(西日本高速道路サービス関西株式会社事件)
  • 厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29年1月20日策定)

【免責事項】本記事は、執筆時点で公開されている情報に基づき、一般的な解説を目的として作成したものです。個別具体的な事案への適用については、必ず社会保険労務士・弁護士等の専門家にご相談ください。本記事の内容に基づく一切の行為について、当法人は責任を負いかねます。なお、本記事で取り上げた大阪地裁判決の事案について、本記事執筆時点で当法人が確定判決か否かを確認しておりませんので、今後の上訴審の動向についても適宜ご確認をお願いいたします。

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執筆者

三重 英則(みえ ひでのり)

社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員

特定社会保険労務士/経営心理士/経営法曹会議賛助会員
「経営者と共に歩き、最善の解を導き出す」を法人ミッションとし、誠実・Think more・伴走の価値観をもって、中小企業からIPO準備企業まで幅広く労務戦略支援を提供している。