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作成日:2026/05/24
【実務・参考】85歳まで現場で働ける時代へ ― ニチイ「4項目更新基準」が示す、シニア雇用制度設計の最前線
CATEGORY / 高年齢者雇用
85歳まで現場で働ける時代へ
― ニチイ「4項目更新基準」が示す、シニア雇用制度設計の最前線
公開日:2026年5月24日 / カテゴリ:高年齢者雇用・人事制度設計
執筆:社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員 三重 英則

📌 この記事のポイント

・ニチイホールディングスが2026年4月、現場職の再雇用上限を70歳から85歳へ引き上げ
・契約更新は「業務遂行能力」「コンプライアンス」「協調性」「勤怠管理」の4項目評価で判定
・1項目でも「×」があれば更新しない――労働契約法第19条(雇止め法理)との緊張関係に注意
・60歳再雇用時の一律10%減額を廃止。長澤運輸事件・名古屋自動車学校事件で示された「賃金項目ごとの性質・支給目的の検討」を踏まえた処遇設計
・「画期的」と評価される前に、企業が学ぶべき制度設計上の論点を整理

1. 何が起きたのか――ニチイの制度改定の全体像

2026年5月、労働新聞が報じたニチイホールディングス(中川創太代表取締役社長、東京都千代田区)の制度改定は、シニア雇用の議論に新しい一石を投じるものでした。同社の全従業員約8万人のうち65歳以上が約1万7,000人と、すでに2割を超えるシニアが現場を支えています。介護部門では実に67%が65歳以上という驚くべき構成です。

新制度の柱は、定年年齢の引き上げ、再雇用期間の大幅延長、そして契約更新判定基準の明文化の3点です。下の比較表で、改正前後の変化を確認します。


項目 改定前 改定後(2026年4月〜)
定年年齢 60歳 65歳(事務系含む全職種)
定年後再雇用の上限 70歳 85歳(現場職のみ)
新規採用上限 70歳 75歳(現場職のみ)
再雇用時の給与 一律10%減額 一律減額を廃止
能力等級の昇格 60歳または65歳で打切 年齢上限を撤廃
定期昇給 65歳で打切(昇格昇給は継続)
月給制/時給制の切替 医療65歳・介護保育70歳で自動切替 契約更新ごとに本人選択
契約更新判定基準 現場判断(上限超え更新は例外運用) 4項目評価制度を新設

※出典:労働新聞2026年5月21日付ニュース、株式会社ニチイ学館プレスリリース(2026年4月14日)に基づき当法人作成。


2. なぜ「85歳」より「4項目基準」に注目すべきか

報道では「上限85歳」というインパクトのある数字が前面に出ています。しかし、人事労務の専門家として制度設計を読み解くと、本件で本当に注目すべきは「契約更新4項目」の新設です。

これまで同社は、現場の判断で70歳を超える契約更新を認めてきた結果、70歳以上の社員が約3,700人に達していました。つまり、すでに85歳近くまで働く現実は存在していたわけです。今回の改定で踏み込んだのは、「誰を、どの基準で、どこまで雇用継続するか」を明文化したことに本質があります。


▼ ニチイの「契約更新4項目」評価制度

@ 業務遂行能力 求められる業務水準を満たしているか
A コンプライアンス 法令・社内ルールを遵守しているか
B 協調性 チームの一員として円滑に協働できるか
C 勤怠管理 遅刻・欠勤せず、勤怠を正確に報告できるか

評価は「◯・△・×」の3段階1項目でも「×」があれば次年度の更新を行わない
判定プロセスは、毎年6月の現場管理者による1次評価(仮判定)→ 支店課長による2次評価 → 支店長による3次評価 → 10月最終判定、と3段階で重ねられます。

3. 法的視点――労働契約法第19条との緊張関係

ここからが、当法人として顧問先に必ずお伝えしたい論点です。「1項目でも×なら更新しない」という分かりやすい運用は、労働契約法第19条(雇止め法理)と必ず接点を持ちます。

有期労働契約が反復更新されてきた場合、契約期間満了による不更新(雇止め)は、「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」を備えなければ認められません(労契法第19条)。過去には日立メディコ事件(最一小判昭和61年12月4日)、東芝柳町工場事件(最一小判昭和49年7月22日)といった判例が、その判断枠組みを形成してきました。


⚖ 4項目評価制度を導入する際の法的留意点

@ 評価基準の客観性・具体性
 「協調性」のような抽象度の高い項目は、何をもって「×」とするのか具体的な指標がなければ、雇止めの合理性判断で揺らぎやすくなります。望ましいのは、行動事実ベースの評価指標です。

A 改善機会の保障
 ニチイの仕組みは「△や×がある場合は改善を促す」とされている点が秀逸です。いきなり×で雇止めにせず、改善指導の機会を挟む運用は、合理性確保の観点で意義があります。

B 3段階評価プロセスの意義
 現場管理者→課長→支店長と3段階で評価を重ねる仕組みは、恣意的判断を排除する手続的公正の確保に寄与します。1人の感情で雇止めが決まらない構造です。

C 評価記録の保存
 仮に紛争に発展した場合、評価の根拠資料(評価シート・改善指導記録・面談記録)が決定的な証拠となります。記録の保存を制度に組み込むことが重要です。

4. 「一律10%減額の廃止」が意味するもの

もう一つ、当法人として注目したい改定が「60歳再雇用時の一律10%減額の廃止」です。ただし、ここは判例の読み方に注意が必要なため、丁寧に解説します。

定年後再雇用者の処遇については、長澤運輸事件(最二小判平成30年6月1日)で、職務内容・配置変更範囲・その他事情を考慮して不合理性を判断する枠組みが示されました。賃金項目ごとに性質と支給目的を具体的に検討するという考え方です。

そして名古屋自動車学校事件(最一小判令和5年7月20日)で、最高裁は「基本給」「賞与」についても、その性質や支給目的を踏まえて諸事情を考慮し、不合理性を判断すべきとの枠組みを示しました。ここは正確に押さえる必要があります。最高裁は「定年前の60%を下回れば不合理」という基準を示したわけではありません。むしろ、下級審(名古屋地裁・名古屋高裁)が示した「60%基準」は最高裁で破棄され、原審には基本給・賞与の性質や支給目的の検討が不十分との指摘がなされて名古屋高裁に差し戻されました

その後、差戻し控訴審(名古屋高裁令和8年2月26日判決)では、業務内容に変更がないのに若い正職員と基本給に大きな相違があることなどを踏まえて、改めて不合理性が認められ、約336万円の賠償命令が下されたと報じられています。結論として再雇用者の処遇格差に厳しい目が向けられる流れは残っていますが、判断枠組みは「機械的な数値基準」ではなく「賃金項目ごとの性質・目的の具体的検討」であることが重要です。

ニチイが「働き方が変わらない場合は給与水準を維持」と明示したことは、パートタイム・有期雇用労働法第8条(不合理な待遇差の禁止)の趣旨に沿った、賢明な制度設計と評価できます。「年齢」を理由とした一律減額は、職務内容や責任に変化がない限り、上記の判断枠組みのもとで合理的な説明が困難になりつつあります。

もっとも、誤解のないように付言します。一律減額が即「違法」となるわけではありません。定年後再雇用において減額を行う場合でも、職務内容・責任範囲・配置変更範囲の変化、職務給/勤続給/職能給などの基本給の性質、支給目的、労使交渉の経緯といった事情を踏まえて、減額の合理性を具体的に説明できる設計であれば、適法と判断される余地は十分にあります。重要なのは「説明できる賃金設計」です。


5. 「車両運転基準」に見る、安全配慮義務への先回り

85歳まで現場で働ける制度を構築する上で、避けて通れないのが事故リスクと安全配慮義務です。ここでもニチイの設計は示唆に富みます。

具体的には、介護サービス利用者の送迎業務を75歳までと制限することに加え、通勤・業務移動で車両を運転する場合の基準を新設するとしています。65歳以上に対しては運転者適性診断を3年に1回受診させてきましたが、これまでは改善指導目的で合否判定までは行っていなかったと報じられています。今後は一定の基準を満たした者のみに運転を認める仕組みを検討中とのことです。

これは、労働契約法第5条(安全配慮義務)の観点から見ると、極めて重要な制度設計です。高齢ドライバーによる業務上事故が発生した場合、企業は使用者責任(民法第715条)や安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を問われる可能性があります。「年齢で一律に運転を禁止する」のではなく「客観的基準で個別に判定する」という発想は、年齢差別を回避しつつ、安全を担保する優れたアプローチです。


6. 自社で同様の制度を検討する際の論点

ニチイの制度設計は介護・医療・保育という業種特性を強く反映していますが、シニア雇用の制度設計を検討する企業にとって、共通して参考になる論点があります。


No. 検討論点 考慮すべきポイント
@ 職種別の上限設定 事務系と現場職で必要な能力・負荷が異なる場合、職種別に異なる上限を設けることは合理的。ただし職種転換を強制する場合は本人の同意が必要
A 更新判定基準の客観性 基準は具体的かつ事前明示が必須。「協調性」のような抽象指標は、行動事実ベースで運用ルールを策定。
B 改善機会の保障 基準未達の場合、即雇止めではなく改善指導期間を設定する設計が雇止め法理上の合理性を高める。
C 処遇の合理性 最高裁は基本給・賞与の不合理性判断について「性質・支給目的の具体的検討」を要請(名古屋自動車学校事件)。年齢を理由とする一律減額は、職務に変更がない場合に合理的説明が困難となる傾向。「説明できる賃金設計」が鍵。
D 安全配慮への配置設計 運転・夜勤・高所作業など身体的負荷の大きい業務については、年齢別ではなく能力別の従事制限基準が望ましい。
E 勤務形態の柔軟化 月給制/時給制を本人が選べる仕組みは、シニアの体調や家庭事情に応じた働き方を可能にし、定着率向上に直結
F 評価記録の保存 評価シート・改善指導記録・面談記録の保存は、紛争時の決定的な防衛資料。制度に保存ルールを組み込む。

7. 当法人からの実務的視点

ニチイの取り組みを「介護業界だから」と他人事として捉えると、本質を見誤ります。2025年4月の高年齢者雇用安定法経過措置の終了2026年3月の新たな「高年齢者等職業安定対策基本方針」策定と続く政策の流れは、70歳就業確保措置の義務化を視野に入れていると読むのが自然です。

今、シニア雇用制度の設計に着手するかどうかが、3〜5年後の競争力を左右します。当法人のMISSIONは「経営者と共に歩き、最善の解を導き出す」こと。シニア雇用は、単なる労務コストの問題ではなく、人材戦略そのものです。

特に労働力不足が深刻な業種・地域では、ニチイの「明確な評価基準と公正な手続で、長く活躍してもらう」モデルは、就業規則の根本的な再設計を促す転換点となるでしょう。


シニア雇用制度の設計、就業規則の見直し
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高年齢者雇用安定法対応/再雇用規程の整備/4項目評価制度の設計/
処遇制度の見直し/IPO労務監査における高齢者雇用論点の整理 ―
社会保険労務士法人T&M Nagoyaは、貴社の制度設計に伴走します。


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▼ 関連する当法人のサービス

就業規則作成・改訂サービス 再雇用規程・評価基準の整備
高難度業務対応型顧問サービス 雇止め紛争予防・制度設計の伴走
IPO労務監査 高齢者雇用論点の事前整理
労働紛争解決サービス 雇止め・処遇格差トラブル対応

【本記事の情報源】
・労働新聞社「定年後再雇用 現場職のみで上限85歳 更新判定の基準新設 ニチイ」(2026年5月21日付ニュース、令和8年5月25日第3546号3面掲載)
 https://www.rodo.co.jp/news/219025/
・株式会社ニチイ学館プレスリリース「定年制度・定年後再雇用制度の改定により、最長85歳まで活躍可能に」(2026年4月14日)
 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000133.000080749.html
・厚生労働省「新たな『高年齢者等職業安定対策基本方針』を策定しました」(令和8年3月31日公表)

【根拠法令・参考判例】
・高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(高年齢者雇用安定法)第9条(高年齢者雇用確保措置)、第10条の2(高年齢者就業確保措置)
・労働契約法第5条(安全配慮義務)、第18条(無期転換ルール)、第19条(雇止め法理)
・短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(パートタイム・有期雇用労働法)第8条、第9条
・東芝柳町工場事件(最一小判昭和49年7月22日)
・日立メディコ事件(最一小判昭和61年12月4日)
・長澤運輸事件(最二小判平成30年6月1日)
・名古屋自動車学校事件(最一小判令和5年7月20日/原審を破棄し名古屋高裁に差戻し)
・名古屋自動車学校事件 差戻し控訴審(名古屋高裁令和8年2月26日判決)

【免責事項】
本記事は2026年5月21日時点で公表されている情報に基づく一般的な解説であり、個別の法的助言を構成するものではありません。具体的な制度設計・規程改定・紛争対応については、社会保険労務士・弁護士等の専門家にご相談ください。

この記事を書いた人
三重 英則(みえ ひでのり)
社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員
特定社会保険労務士/経営心理士/経営法曹会議賛助会員

法律事務所での実務経験を通じて、使用者側・労働者側双方の労働紛争に向き合ってきた経歴を持つ。「経営者と共に歩き、最善の解を導き出す」をMISSIONに掲げる当法人にて、就業規則設計・労務監査・労働紛争対応・IPO労務支援などの高難度業務を担当している。

VALUES:誠・Think more・伴走