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作成日:2026/05/21
【裁判例】育休復帰後「部下0人の新設ポストへ配転」は経済的不利益がなくても育介法10条・均等法9条3項違反 ―― アメリカン・エキスプレス・インターナショナル事件(東京高判令5・4・27)
労働裁判例解説 育休復帰
育休復帰後「部下0人の新設ポストへ配転」は経済的不利益がなくても育介法10条・均等法9条3項違反
―― アメリカン・エキスプレス・インターナショナル事件(東京高判令5・4・27)
東京高裁が220万円の賠償を命じた、「キャリア上の不利益」を正面から認めた重要判決

📌 本記事のポイント

● 育休復帰者を「賃金は据え置き・職務等級も同じ」の新設ポストに配置しても、業務の質が著しく低下しキャリア形成に影響を及ぼす場合は違法と判断された。

● 一審(東京地裁)は「同じ職務等級だから不利益なし」と請求を退けたが、控訴審(東京高裁)が逆転し慰謝料等220万円を認容。

● 判決の射程は2025年10月施行の改正育介法(個別の意向聴取・配慮の義務化)と連動し、人事実務に重大な影響を及ぼす。

● 「賃金を下げていないから問題ない」という従来の人事感覚は通用しない時代に入った。

はじめに ―「降格していないから不利益はない」は通用しない

「役職も賃金も下げていない。職務等級も同じ。だから育休からの復帰者を新しいポストに配置しても何の問題もない」――。多くの企業の人事担当者が、無意識のうちにこう考えているのではないでしょうか。

しかし、この常識を真正面から覆したのが、本日取り上げるアメリカン・エキスプレス・インターナショナル事件(東京高等裁判所 令和5年4月27日判決・労働経済判例速報2522号3頁)です。第一審(東京地判令元・11・13・労働判例1224号72頁)が「同じ職務等級であり経済的不利益はない」として労働者の請求を退けたのに対し、控訴審の東京高裁は、基本給や手当に直ちに経済的不利益が伴わない配置変更であっても、業務の内容面において質が著しく低下し将来のキャリア形成に影響を及ぼしかねないものは、育児・介護休業法10条および男女雇用機会均等法9条3項が禁じる「不利益な取扱い」に当たるとの一般論を示し、会社に慰謝料等として220万円の損害賠償を命じました。

2025年4月・10月の改正育児・介護休業法が段階的に施行され、「仕事と育児の両立支援」がいっそう企業の重い責務となった今、この判決は「復帰後にどのポジションに就けるか」という、これまで人事の裁量と考えられてきた領域に法的なメスを入れるものです。本稿では、社会保険労務士の視点から、事案の背景・争点・判決理由を深掘りし、企業が今すぐ取るべき実務対応を解説します。

1. 事案の背景 ― チームリーダーから「部下ゼロのアカウントマネージャー」へ

1-1. 当事者と就任時の地位

原告(控訴人)の女性Xは、クレジットカード発行などを手がける外資系企業Y社(被控訴人)に平成20年8月に契約社員として入社し、その後正社員、セールスプロフェッショナル、セールスエグゼクティブと昇進を重ね、平成26年1月、東京のベニューセールスチームのチームリーダーに就任しました。職務等級は「バンド35」(部長=営業管理職/チームリーダー)に格付けされ、37名の部下を統括する管理的立場にありました。営業の最前線でチームを率いるポジションであり、X自身もキャリアの中核と位置づけていた職責です。

1-2. 産前産後休業・育児休業の取得と組織変更

Xは平成26年12月頃に第2子を妊娠し、平成27年7月の出産にともなう産前産後休業および育児休業を取得しました。ところが、Xが休業している期間中の平成28年1月、Y社は組織変更を実施し、Xがリーダーを務めていたベニューセールスチームそのものを消滅させてしまいます。

1-3. 復職時の配置 ―「アカウントマネージャー」だが部下は0人

平成28年8月1日にXが育児休業等から職場復帰したところ、Y社はXを新設した「アカウントセールス部門」のアカウントマネージャー(バンド35)に配置しました。職務等級は形式上据え置かれましたが、その実態は、

▼ 復帰後ポストの実態

部下は0人(37名を統括していた立場から、統括する部下が一人もいない状態へ)

・売上目標等が示されないまま、新規販路の開拓に関する業務に従事

700件の電話リストを与えられ、電話営業を優先するよう指示

・業績連動給は妊娠前の水準から大きく減少

というものでした。Xは、復職後の配置(本件措置1)、その後の人事評価で「リーダーシップ」項目を最低評価「3」とされたこと(本件措置2)、他フロアで執務するよう命じられたこと(本件措置3)などの一連の措置が、産前産後休業・育児休業の取得を理由とする不利益な取扱いであり、男女雇用機会均等法・育児介護休業法に違反し、人事権の濫用にあたるとして、損害賠償等を求めて提訴しました。

2. 争点 ―「経済的不利益がない配置変更」は違法になり得るか

本件の最大の争点は、次の点に集約されます。

賃金・手当・職務等級といった経済的な処遇に直接の不利益がなくても、育休取得を契機とした配置の変更が、均等法9条3項・育介法10条の禁じる「不利益な取扱い」に該当するか。

均等法9条3項は、妊娠・出産・産前産後休業の取得等を「理由として」女性労働者に対し解雇その他不利益な取扱いをすることを禁止しています。育介法10条も同様に、育児休業の申出・取得を「理由として」不利益な取扱いをすることを禁じています。いずれも私法上の効力を持つ強行規定です。

問題は、「不利益な取扱い」をどう捉えるか。賃金減額・降格といったわかりやすい経済的不利益に限るのか、それとも業務内容・職責の実質的低下といった「キャリア上の不利益」まで含むのか。ここが第一審と控訴審で判断が分かれた核心でした。

3. 第一審と控訴審の判断比較 ―「形式」か「実質」か

本件の判断枠組みの違いを明確にするため、第一審と控訴審の判決を対比します。

論点 第一審:東京地判令元・11・13 控訴審:東京高判令5・4・27
着眼点 職務等級・基本給などの形式的処遇 業務の質・キャリア形成への影響などの実質的処遇
不利益性 職務等級は同じバンド35。基本給は減少していない。「役職の変更にすぎない」として不利益性を否定 37名統括→部下0人で電話営業は「業務の質が著しく低下」。業績連動給も大きく減少。キャリア形成への影響を不利益と認定
法的評価 均等法9条3項・育介法10条違反なし 均等法9条3項・育介法10条違反かつ人事権濫用・公序良俗違反(民法90条)
結論 請求棄却(労働者敗訴) 慰謝料等220万円を認容(逆転勝訴)

多くの企業の人事実務も、まさに第一審と同じ発想に立っています。「賃金を下げていないのだから問題ない」という感覚です。しかし、控訴審はこの発想そのものを否定しました。

4. 控訴審(東京高裁)の判断理由を読み解く

4-1. 強行規定であることの確認

東京高裁はまず、均等法9条3項および育介法10条が単なる訓示規定ではなく、私法上の強行規定であることを改めて確認しました。これに反する取扱いは無効となり、不法行為としての損害賠償責任を生じさせ得ます。

4-2. 「不利益な取扱い」の射程を拡張

そのうえで東京高裁は、次のように判示しました(要旨)。

「一般に、基本給や手当等の面において直ちに経済的な不利益を伴わない配置の変更であっても、業務の内容面において質が著しく低下し、将来のキャリア形成に影響を及ぼしかねないものについては、労働者に不利な影響をもたらす処遇に当たるというべき」

つまり、(1)経済的不利益(賃金・手当)がなくても、(2)業務の質が著しく低下し、(3)将来のキャリア形成に影響を及ぼしかねない配置転換は、「不利益な取扱い」に該当し得る、と明確に述べたのです。

4-3. 本件へのあてはめ

37名の部下を統括するチームリーダーから、部下0人で新規販路開拓・電話営業に従事するポジションへの変更は、業務の質の著しい低下に当たると評価されました。判決は具体的に、「復帰後のアカウントマネージャーという仕事は、妊娠前のチームリーダーと比較すると、業務の内容面において質が著しく低下していた」「給与面でも業績連動給が大きく減少」「妊娠前まで実績を積み重ねてきたXのキャリア形成に配慮せず、これを損なうものであった」と判示しています。

さらに東京高裁は、復職後の業務内容についてY社とXとの間で十分な話し合いがなされていなかった点も問題視しました。あわせて、復職後最初の人事評価で「リーダーシップ」項目を最低評価「3」としたこと(本件措置2)についても、「Xに復帰後の仕事への取組みが芳しくないとか、リーダーシップに難点があったとは認められない」とし、部下を一人もつけずに新規販路開拓と電話業務に従事させた結果にすぎないと評価して、これも不利益取扱いに該当すると判断しました。

結論として、東京高裁は本件の一連の措置を、育休取得等を理由とする不利益取扱いであり、人事権の濫用かつ公序良俗(民法90条)にも反する違法なものと判断し、慰謝料200万円および弁護士費用20万円相当を含む合計220万円の支払いを命じました。

5. 判決の理論的位置づけ ― 広島中央保健生協事件の延長線上にある

本判決の論理を理解するうえで欠かせないのが、マタニティ・ハラスメントに関するリーディングケースである広島中央保健生協事件(最判平成26年10月23日・労働判例1100号5頁)です。

最高裁はこの事件で、妊娠中の軽易業務への転換を「契機として」なされた降格措置は、原則として均等法9条3項に違反し違法・無効であるとし、例外的に適法となるのは、

▼ 広島中央保健生協事件が示した例外要件

@ 労働者が自由な意思に基づいて当該取扱いを承諾したと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき

A 業務上の必要性等から当該取扱いをせざるを得ず、それが法の趣旨・目的に実質的に反しないと認められる特段の事情が存在するとき

に限られる、という厳格な枠組みを示しました。

アメックス事件の東京高裁は、この枠組みを前提に、「不利益取扱い」概念を経済的不利益だけでなくキャリア上の不利益にまで及ぼした点に大きな意義があります。組織変更という「業務上の必要性」があったとしても、復帰者本人との十分な協議を欠き、職責を著しく低下させる配置は、上記Aの例外には該当せず違法と評価されたのです。

ここから読み取るべきメッセージは明快です。「組織変更があったから」「賃金は下げていないから」という説明だけでは、育休復帰者の処遇変更を正当化できないのです。

6. 2025年改正育介法との連動 ― 法改正タイムライン

本判決の射程を理解するうえで、2025年に2段階で施行された改正育児・介護休業法のポイントを整理しておきます。本判決が問題視した「復職時の十分な協議」は、改正法によって明示的な義務として制度化されたといえます。

施行日 改正項目 改正前 → 改正後
2025年
4月1日
子の看護等休暇の見直し 対象:小学校就学前 → 小学校3年生修了まで。取得事由に学級閉鎖・入園式・卒園式等を追加
2025年
4月1日
所定外労働の制限(残業免除)拡大 対象:3歳未満の子を養育する労働者 → 小学校就学前の子を養育する労働者
2025年
4月1日
育児休業取得状況の公表義務拡大 対象:常時雇用1,000人超 → 常時雇用300人超の事業主
2025年
10月1日
柔軟な働き方を実現するための措置(義務化) 3歳以上小学校就学前の子を養育する労働者に対し、5つの選択肢(始業時刻変更等/テレワーク等/保育施設の設置運営等/養育両立支援休暇/短時間勤務)から2つ以上の措置を講じることが義務化
2025年
10月1日
個別の意向聴取・配慮(義務化) 妊娠・出産等の申出時、および子が3歳になる前の適切な時期に、就業条件等について個別に意向を聴取し配慮することが事業主の義務に

本判決が問題視した「十分な話し合いの欠如」は、2025年10月1日施行の「個別の意向聴取・配慮の義務化」によって、もはや裁量ではなく法的義務となりました。本判決の射程は、この改正によってさらに広がったといえます。

7. 実務への示唆 ― 社労士が経営者に伝えるべき5つのポイント

✓ チェックポイント1:「経済的不利益の有無」だけで判断しない

人事評価・配置の場面で、「賃金を下げていないからセーフ」という発想は危険です。業務の質・職責・将来のキャリアへの影響という観点から、復帰後の配置が実質的に従前を下回っていないかを点検する必要があります。

✓ チェックポイント2:「契機性」に注意 ― 時間的近接は強く推認される

妊娠・出産・育休と不利益取扱いとの間に時間的な近接があると、「契機として」なされたものと推認されやすくなります。育休復帰の前後で職責を大きく変える人事には、客観的・合理的な理由の説明責任が会社側に重くのしかかります。

✓ チェックポイント3:復帰前の「面談・協議」を制度化する

本判決が重視したのは、復職後の業務について十分な話し合いがなかったことです。育休復帰前面談を制度として就業規則・育児介護休業規程に位置づけ、本人の希望・キャリアプランを確認し、記録に残すことが、紛争予防の最大の防御線になります。

✓ チェックポイント4:組織変更時こそ「原職復帰の原則」を意識する

育児・介護休業法に関する指針(平成21年厚生労働省告示第509号)は、休業後は原則として原職または原職相当職に復帰させることを求めています。組織変更でポストが消滅した場合でも、職責・業務の質において相当する職位を用意できているかを慎重に検討すべきです。

✓ チェックポイント5:人事評価ルールの再点検

本件で問題になった人事評価の最低評価について、東京高裁は「Xに復帰後の仕事への取組みが芳しくないとか、リーダーシップに難点があったとは認められない」と判断しました。配置上の制約(部下不在等)に起因する評価低下は、それ自体が不利益取扱いと評価されうる点に留意が必要です。

8. 企業が今すぐ取り組むべき対応事項

対応領域 具体的なアクション
規程整備 育児介護休業規程に「復職前面談」「原職復帰の原則」「配置変更時の協議手続」を明文化する
運用フロー 育休取得者ごとに、休業前の職責・休業中の組織変更・復職後の配置を一覧化し、職責の連続性を可視化する
面談記録 復職前面談の記録(本人の希望・会社の説明・合意内容)を必ず書面で残す
管理職教育 「賃金を下げなければよい」という誤解を解き、キャリア上の不利益という概念を管理職に周知する
評価制度 育休取得期間および復帰直後の配置上の制約を不利に扱わない評価ルールを明確化する

おわりに

アメリカン・エキスプレス・インターナショナル事件は、「不利益取扱い」という概念を、賃金という目に見える数字から、キャリアという目に見えにくい価値へと広げた重要判決です。少子化対策・両立支援が国家的課題となるなか、企業に求められるのは、形式的なつじつま合わせではなく、休業者が安心してキャリアを継続できる実質的な環境整備にほかなりません。

「育休復帰者をどこに配置するか」は、もはや人事の自由裁量ではなく、法的リスクと表裏一体の経営判断です。自社の育児介護休業規程と運用が本判決の水準に耐えうるか、ぜひ一度、専門家とともに点検されることをお勧めします。

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根拠法令・参考裁判例

● 男女雇用機会均等法(雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律)9条3項

● 育児・介護休業法(育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律)10条

● 民法90条(公序良俗)

● 子の養育又は家族の介護を行い、又は行うこととなる労働者の職業生活と家庭生活との両立が図られるようにするために事業主が講ずべき措置等に関する指針(平成21年厚生労働省告示第509号)

● アメリカン・エキスプレス・インターナショナル事件(東京高判令和5年4月27日・労働経済判例速報2522号3頁)

● 同事件第一審(東京地判令和元年11月13日・労働判例1224号72頁)

● 広島中央保健生協(C生協病院)事件(最判平成26年10月23日・労働判例1100号5頁)

※本記事は公表されている判決の概要・解説等をもとに、社会保険労務士の実務的視点から作成した一般的な解説であり、特定の事案に対する法的助言を構成するものではありません。個別の事案への適用にあたっては、判決原文をご確認のうえ、当法人または弁護士等の専門家にご相談ください。

執筆者

三重 英則(みえ ひでのり)

社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員

特定社会保険労務士・経営心理士・経営法曹会議賛助会員

名古屋を拠点に、中小企業の経営者・人事責任者と伴走し、IPO労務監査・M&Aデューデリジェンス・休職/復職制度設計・労働紛争解決を専門としています。「経営者と共に歩き、最善の解を導き出す」を使命に、誠実・Think more・伴走の価値観で、両立支援と紛争予防の体制づくりをご支援します。