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最新裁判例解説
「事業廃止」だけでは配転命令を正当化できない― 滋賀県社会福祉協議会事件(最高裁令和6年4月26日判決)が示した職種限定合意の重み ― 社会保険労務士法人T&M Nagoya |
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📌 この記事の要点 ・滋賀県社会福祉協議会事件(最判令和6年4月26日)は、雇止めの可否ではなく、職種限定合意がある場合の配転命令権の存否を判断した最高裁判決です。 ・最高裁は、職種・業務内容を限定する合意がある場合、使用者は 労働者の個別同意なしに当該合意に反する配転を命ずる権限をそもそも有しない と判示しました。 ・事業廃止は配転の業務上必要性を基礎づける一事情ではあっても、それだけで職種限定合意を覆して配転命令を正当化することはできません。 ・本判決は配転命令の事案であり、有期労働契約の雇止め事案(労契法19条)とは適用法理が異なります。両者の混同は実務上、重大な判断ミスにつながります。 |
人事労務の実務において、ある事業や部署が経営判断として廃止される場面は、決して珍しくありません。中小企業の経営者の中には、「廃止される事業に従事していた従業員は、別部署へ配転すれば足りる」と素朴に考える方が少なくないでしょう。しかし、その従業員との間に 職種・業務内容を限定する合意(職種限定合意) が成立している場合、この素朴な発想は通用しません。
本日取り上げる 社会福祉法人滋賀県社会福祉協議会事件(最高裁第二小法廷 令和6年4月26日判決・労働判例1308号5頁) は、配置転換命令の権利濫用性を判断した東亜ペイント事件最高裁判決(最判昭和61年7月14日)以来、約38年ぶりに最高裁が配転命令に関する判断を示した、極めて重要な判例です。
当法人は本判決を、配転命令の実務に対する根本的な軌道修正を求めるものと受け止めています。本稿では、判決の射程を正確に押さえたうえで、経営者が今すべき実務対応を整理します。
本判決を論じる前に、まず実務上、最も注意すべき点を指摘します。一部の解説では本判決を「事業廃止を理由とする雇止めの可否を判断した判決」と紹介するものが見受けられますが、これは 明確な誤りです。
本判決の原告は 正規職員(無期雇用契約) であり、訴訟物は 違法な配転命令に対する損害賠償請求(慰謝料100万円・弁護士費用相当額10万円) です。労働契約法19条の雇止め法理が問題となった事案ではありません。最高裁が判断したのは、あくまで 「職種限定合意がある場合に、使用者が労働者の同意を得ずに行った配転命令の適法性」 です。
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⚠️ 実務上の注意 ― 本判決と雇止め事案の混同に注意 本判決は 配転命令の事案 です。事業廃止に伴う 有期労働者の雇止め事案(例:学校法人千葉工業大学事件・東京高判令和7年10月22日)とは、適用される法理(労契法19条 vs 配転命令権の存否)も判断基準も異なります。両判決の射程を混同したまま顧問先に助言を行うと、誤った結論を導く危険があります。 |
被告(被上告人)は、社会福祉法人滋賀県社会福祉協議会です。滋賀県立長寿社会福祉センターの一部である 滋賀県福祉用具センター を指定管理者として運営し、福祉用具の展示・普及、利用者からの相談に基づく改造・製作、技術開発等の業務を行っていました。
原告(上告人)は、平成13年3月、被告の前身である財団法人に 「溶接ができる機械技術者」 として勧誘・採用され、同年4月1日から福祉用具センターにおいて福祉用具の改造・製作、技術開発を担当する技術職として勤務してきました(平成15年4月以降は被告との間で労働契約関係を承継)。
原告は採用後18年間、一貫して同じ業務に従事し、福祉用具センターにおいて溶接ができる唯一の技術者でした。雇用形態は 正規職員(無期雇用) です。
その後、福祉用具のセミオーダー化が進んだことにより、既存の福祉用具を改造する需要は年間数件にまで減少し、平成29年度には改造・製作業務に従事する技術職は原告1名のみとなりました。平成30年4月には、福祉用具センターの課長が原告の面前で「改造・製作業務をやめる」趣旨の発言を行ったこともありましたが、原告に対する事前の協議や打診はなされていません。
平成31年3月25日、被告は人事異動の内示を発表し、原告に対し、 同年4月1日付で総務課施設管理担当への配置転換 を命じました(以下「本件配転命令」)。事前の打診や同意取得はなされていません。
原告は、本件配転命令が原告と被告との間の 職種限定合意に反する違法な命令 であるとして、債務不履行または不法行為に基づき、慰謝料100万円および弁護士費用相当額10万円の損害賠償を求めて提訴しました。
| 審級 | 判決 | 結論 |
| 第一審 | 京都地裁 令和4年4月27日判決 |
黙示の職種限定合意の存在は認定。しかし、改造・製作業務廃止に伴う解雇回避のため配転には業務上の必要性があり、原告に甘受すべき程度を超える不利益をもたらすものではないとして、配転命令を有効と判断(原告敗訴)。 |
| 控訴審 | 大阪高裁 令和4年11月24日判決 (労判1308号16頁) |
第一審とほぼ同様の判断。配転命令は権利濫用に当たらず違法ではないと判示(原告敗訴)。 |
| 上告審 | 最高裁第二小法廷 令和6年4月26日判決 (労判1308号5頁) |
原判決破棄・差戻し。職種限定合意がある以上、被告は同意なしに合意に反する配転を命ずる権限をそもそも有していなかったと判断。 |
最高裁第二小法廷は、原判決を破棄して大阪高裁に差し戻しました。判旨の核心部分は、概ね次の趣旨です(労判1308号5頁)。
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【判旨の要旨】 労働者と使用者との間に当該労働者の職種や業務内容を特定のものに限定する旨の合意がある場合には、使用者は、当該労働者に対し、その個別的同意なしに当該合意に反する配置転換を命ずる権限を有しないと解される。 本件においては、上告人(原告)と被上告人(被告)との間に、上告人の職種および業務内容を福祉用具の改造・製作業務等に係る技術職に限定する旨の合意があったというのであるから、被上告人は、上告人に対し、その同意を得ることなく総務課施設管理担当への配置転換を命ずる権限をそもそも有していなかった。 |
本判決の最大の特徴は、配転命令の適法性を 「権利濫用に当たるか否か」 の段階ではなく、より手前の 「配転命令権がそもそも存在するか否か」 の段階で遮断した点にあります。
配転命令の適法性は、伝統的に次の2段階で判断されてきました。
| 判断段階 | 内容 |
| 第1段階 配転命令権の存否 |
就業規則上の根拠の有無、労働契約上の職種・勤務地限定合意の有無を検討。限定合意がある場合は、同意なき配転を命ずる権限が存在しない。 |
| 第2段階 権利濫用の判断 |
配転命令権が存在する場合に、東亜ペイント事件(最判昭61.7.14)の判断基準(@業務上の必要性の欠如、A不当な動機・目的、B通常甘受すべき程度を著しく超える不利益)に照らして、権利濫用に当たるか否かを判断。 |
第一審・控訴審は、職種限定合意の存在を認定しながらも、結論において第2段階の権利濫用論に進み、「業務廃止に伴う解雇回避のためには配転に業務上の必要性がある」として配転命令を有効としました。これは法的に錯綜した判断であり、職種限定合意の意義を実質的に空洞化させる構造でした。
最高裁はこの錯綜状態を整理し、 職種限定合意がある場合は、そもそも第1段階で配転命令権が存在しない と明確に判示しました。権利濫用論の出る幕はない、という構造です。
本判決を読むうえで、経営者の実感として最も腑に落ちないのは、「事業を廃止したのに、なぜ配転すらできないのか」という点かもしれません。この点を整理します。
事業廃止という事情は、本来、配転命令の 業務上の必要性(東亜ペイント基準の@)を基礎づける有力な事実です。事業がなくなった以上、当該事業の担当者を他部署に配置する必要性は確かに生じます。本件においても、第一審・控訴審は、まさにこの必要性を中心に据えて配転命令を有効としました。
しかし最高裁は、 業務上の必要性がいかに高くとも、職種限定合意がある以上、合意に反する配転を命ずる「権限」は使用者の側に存在しない という構造を示しました。事業廃止は「必要性」を基礎づけるにとどまり、合意で限定された範囲を超える配転を一方的に命じる根拠にはならない、ということです。
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💡 整理 事業廃止は「配転を命じる必要性」を基礎づけ得る一事情です。しかし、職種限定合意がある場合、それだけでは 配転命令を一方的に正当化することはできません。合意の枠を超える業務への配転には、改めて労働者の同意が必要となります。 |
本判決の実務的なインパクトをさらに重くしているのは、 職種限定合意は明示の書面によらず、「黙示の合意」としても成立しうる という点です。本件においても、雇用契約書には職種を技術者に限るとの明示の合意はありませんでした。それでも、第一審・控訴審・最高裁を通じて、黙示の職種限定合意の存在が認定されています。
黙示の合意の認定にあたって考慮された主な事実は、次のとおりです。
| 考慮要素 | 本件における具体的事実 |
| 採用経緯 | 技術系の資格を多数保有し、特に溶接ができることを見込まれて勧誘を受け、機械技術者の募集に応じて採用された |
| 勤務実態 | 18年間にわたり、福祉用具の改造・製作、技術開発を行う技術者として勤務 |
| 業務の特殊性 | 福祉用具センターにおいて溶接のできる唯一の技術者であった |
| 外部委託の不存在 | 福祉用具の改造・製作業務を外部委託化することは想定されていなかった |
中小企業の現場では、専門性の高い職種で長期間勤務する従業員について、こうした事実関係は決して特殊なものではありません。雇用契約書に明示の限定文言がなくとも、 採用経緯と勤務実態の積み重ねによって、職種限定合意が黙示に成立していると評価される 可能性は十分にあります。
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✅ 経営者・人事担当者が今すぐ点検すべきポイント @ 採用時の募集要項・面接記録の確認 A 雇用契約書・労働条件通知書の見直し B 就業規則の配転条項の確認 C 長期間同一職種に従事する従業員の棚卸し D 過去の人事異動の運用実態 |
職種限定合意が認められた場合、使用者は配転命令を一方的に行うことができません。では、当該業務を廃止せざるを得ない経営判断に直面したとき、使用者は何ができるのでしょうか。実務上の選択肢を整理します。
職種限定合意があっても、労働者の同意があれば配転は可能です。したがって、廃止対象事業に従事する従業員に対し、他業務への配転を「命令」ではなく「提案」として丁寧に説明し、合意形成を目指すことが第一の選択肢となります。労働条件の変更を伴うため、賃金水準・職位・キャリアパスへの配慮もあわせて協議すべきです。
合意による配転が成立しない場合、最終的に検討対象となるのは整理解雇です。整理解雇は、いわゆる「整理解雇4要素」(@人員削減の必要性、A解雇回避努力義務、B人選の合理性、C手続の相当性)を総合考慮して有効性が判断されます。
ここで論点となるのが、Aの 解雇回避努力義務 です。一般論として、解雇回避努力義務には配転による解雇回避の検討が含まれます。しかし、職種限定合意がある場合、使用者には合意の枠を超える配転を命ずる権限が存在しないため、配転を「命じる」義務までは認められないと整理されます。もっとも、配転の 「提案」 を行うことは依然として解雇回避努力の一環として求められると考えるのが穏当でしょう。
整理解雇に至る前段階として、希望退職募集や退職金の上乗せ等の代替的措置を検討することも重要です。これらの措置は、整理解雇の有効性判断におけるC手続の相当性およびA解雇回避努力義務の評価において、有利な事実として作用します。
事業廃止に関連する近時の重要判例として、 学校法人千葉工業大学事件(東京高裁令和7年10月22日判決) があります。同事件は、研究センター廃止を理由とする 有期雇用研究員の雇止め の有効性が争われ、控訴審は、研究センター廃止について理事会決議を経ていない手続的瑕疵を指摘するなどして、雇止めを無効と判断しました(一審の地位確認・賃金支払請求認容判決を支持)。
この千葉工業大学事件は、適用法理が労働契約法19条の 雇止め法理 であり、本稿で取り上げた滋賀県社協事件の射程である 職種限定合意と配転命令権 とは法理の系統が異なります。両事件はいずれも「事業廃止に伴う労働者保護」というテーマで論じられがちですが、 適用法理を取り違えると実務判断を誤ります。
| 比較項目 | 滋賀県社協事件 (最判令6.4.26) |
千葉工業大学事件 (東京高判令7.10.22) |
| 雇用形態 | 正規職員(無期) | 有期契約職員 |
| 争点 | 配転命令の違法性 | 雇止めの有効性 |
| 適用法理 | 職種限定合意と配転命令権の存否(東亜ペイント事件枠組み) | 労契法19条(雇止め法理) |
| 請求 | 損害賠償(慰謝料等) | 地位確認・賃金支払 |
両事件に共通するのは、 事業廃止という経営判断の合理性・手続的相当性が司法によって正面から審査される という点です。しかし、その審査の枠組みは、配転命令か雇止めかによって異なります。顧問先への助言においては、まず争点が「配転命令か雇止めか」を明確に整理することが出発点となります。
本判決は、事業廃止という経営判断それ自体の自由を否定するものではありません。経営者には引き続き、事業ポートフォリオを見直し、収益性の低い事業から撤退する経営判断の自由があります。問題は、その経営判断を 「人事処分(配転・解雇)」に翻訳する局面 において、労働契約上の合意とどう向き合うかにあります。
当法人は、本判決を、経営者と労働者の関係を律する基本原理 ― すなわち「合意」 ― の重みを最高裁が改めて確認したものと受け止めています。長年にわたり一つの専門業務に従事してきた従業員は、その業務に対する自負と人生設計をその合意に託しています。事業廃止という経営側の事情を、合意の枠を一方的に超える形で実現することは、もはや司法上認められません。
事業再編・部門廃止を検討される経営者の皆様には、 早期の段階から、対象従業員との対話、配転の提案、整理解雇に至るプロセス設計を一体として準備すること を強くお勧めします。準備期間が短いほど、選択肢は狭まり、紛争リスクは高まります。
社会保険労務士法人T&M Nagoyaは、経営者と共に歩み、最善の解を導き出します。 |
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【根拠法令・参考判例】 ・労働契約法1条・3条1項・6条・7条但書・8条 ・社会福祉法人滋賀県社会福祉協議会事件(最高裁第二小法廷令和6年4月26日判決・労働判例1308号5頁) ・大阪高裁令和4年11月24日判決(労働判例1308号16頁・上記事件の原審) ・京都地裁令和4年4月27日判決(上記事件の第一審) ・東亜ペイント事件(最高裁第二小法廷昭和61年7月14日判決) ・学校法人千葉工業大学事件(東京高裁令和7年10月22日判決) 【免責事項】 本稿は2026年5月20日時点で公表された判決・解説等を基に、一般的な情報提供を目的として執筆したものです。個別具体的な事案への適用については、必ず社会保険労務士・弁護士等の専門家にご相談ください。本稿の内容に基づく判断・行動の結果について、当法人は責任を負いかねます。 |
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執筆者 三重 英則(みえ ひでのり) 社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員 特定社会保険労務士/経営心理士/経営法曹会議賛助会員 中小企業の経営者・人事担当者を支える社労士として、労務監査、就業規則整備、労働紛争予防・解決を中心に活動。「経営者と共に歩き、最善の解を導き出す」を信条とする。 |