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裁判例解説
高校非常勤講師の5年目雇止め、東京高裁も「適法」と判断― ただし「契約更新への合理的期待」は初認定。採用時の説明と日常の記録管理が、雇止めの適法性を左右する 学校法人青山学院事件 / 東京高等裁判所 2026年4月22日判決 |
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📌 本記事の要点
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労働契約法18条に基づくいわゆる「無期転換ルール」が施行されてから13年が経過し、通算契約期間が5年を超える有期雇用労働者の取扱いをめぐる紛争が、いま司法判断の主要論点となっています。
そのなかで、2026年4月22日に東京高等裁判所が言い渡したのが、学校法人青山学院の非常勤講師雇止めに関する判決です。原告(高校非常勤講師)の請求は棄却され、結論としては学校法人側勝訴となりました。一方で、本判決は 高校非常勤講師について「契約更新に対する合理的期待」を高裁レベルで明確に認めた点 で、実務に大きな示唆を与えるものとなっています。
本稿では、事案の経緯と裁判所の判断を整理したうえで、当法人の経営者支援の立場から、人事労務管理上の急所を分析します。
原告は、2019年4月1日に学校法人青山学院に高校(青山学院高等部)の非常勤講師として採用された男性教員です。1年単位の有期労働契約を毎年締結し、自身の専門教科を年間6コマ担当して、計4回(2020年度、2021年度、2022年度、2023年度)の契約更新を経て、通算契約期間は5年に達していました。
本件で大きな意味を持ったのが、採用時およびその後の更新過程における専任教員からの説明内容です。報道および判決報道によれば、以下のような事情が認定されています。
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◆認定された主な事情
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学校法人は、2023年12月、原告に対して2024年3月末をもって契約を更新しない旨を通告しました。理由として、翌年度(2024年度)の担当コマ数が確保できないこと等が挙げられたとされます。原告は雇止め撤回を求めて2024年に東京地裁に提訴し、第一審は2025年7月31日に請求棄却(学校法人勝訴)。原告が控訴し、本件高裁判決に至りました。
本件における争点は、労働契約法19条の典型的な二段階構造に従って整理されました。
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◆雇止め紛争の二段階審査 第一段階(争点@):労働者に「契約更新に対する合理的期待」が認められるか(労働契約法19条2号該当性) 第二段階(争点A):合理的期待が認められた場合、雇止めに「客観的合理的理由」と「社会通念上の相当性」があるか 第一段階を満たさなければ第二段階の審査に進まず、雇止めは原則として有効と判断されます。 |
第一審は、原告の「契約更新に対する期待は、その合理性の程度が高いとはいえないものの、一定程度の合理性がある」と判示し、合理的期待を認定しました。そのうえで、合理的期待の程度が高くないことを踏まえれば、本件雇止めには客観的合理的理由があり社会通念上相当であるとして、請求を棄却しました。
控訴審は、原告の控訴を棄却し、第一審判決を維持しました。判断の要旨は以下のとおりです。
争点@(合理的期待)について
高裁も、第一審と同様に原告の合理的期待を認定したと報じられています。具体的には、(@)4回の更新と通算5年の勤続実績、(A)専任教員による「長期勤務可能」との説明、(B)同一授業の継続担当、(C)同教科における長期継続講師の存在、(D)5年上限運用の撤廃という事情を総合的に考慮したものとされます。
争点A(雇止めの合理性・相当性)について
他方で、雇止めの客観的合理性と社会通念上の相当性は認められると判断されました。判断の根拠として報じられているのは、次の事情です。
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✓ 雇止めの合理性を支えた事情
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| 判断項目 | 東京地裁 (2025年7月31日判決) |
東京高裁 (2026年4月22日判決) |
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| 合理的期待 (労契法19条2号) |
「程度は高くないものの一定程度の合理性あり」として肯定 | 第一審の判断を維持し、合理的期待を肯定 |
| 雇止めの合理性・相当性 | 客観的合理的理由・社会通念上の相当性ありとして雇止め有効 | 第一審の判断を維持し、雇止め有効 |
| 主な判断材料 | 期待肯定:採用時説明、更新実績、同一授業継続 期待否定:コマ数の年度変動性、更新手続の実態 |
一審判断の枠組みを踏襲。コマ数削減・他講師との勤続差・トラブル発生を雇止め合理性の根拠として強調 |
| 結論 | 請求棄却(学校法人勝訴) | 控訴棄却(学校法人勝訴) |
※ 本表は報道および解説記事に基づき、当法人が整理したものです。最終的な判断内容は判決原文によりご確認ください。
中学・高校の非常勤講師の雇止めをめぐっては、従来、加茂暁星学園事件(東京高裁2012年2月22日判決)が、契約更新の合理的期待を厳格に判断する傾向の指標として参照されることが多いと指摘されてきました。これに対して、大学非常勤講師については、業務の特殊性を踏まえ、合理的期待を肯定する裁判例も複数報告されています。
本判決は、高校非常勤講師の事案について、高裁レベルで合理的期待を肯定した事例として位置づけられ得るものとして、各種報道・解説で注目を集めています。今後、同種事案における判断要素の一つの参照点となる可能性が指摘されています。
本判決のもう一つの重要な含意は、合理的期待が肯定されても、それだけでは雇止めが無効になるわけではないという点が、改めて確認されたことです。
特に、合理的期待の「程度」が高くないと評価される事案では、雇止めの合理性・相当性審査が、正規労働者の解雇の場合と比較して緩和的に運用されることが、本判決でも追認されたといえます。これは、企業の人事労務管理上、極めて重要な含意を持ちます。
本判決は学校法人側勝訴で終わりましたが、その結論を「有期雇用は5年経過直前でも自由に雇止めできる」と読むのは危険です。むしろ、本判決が示しているのは、採用時から雇止めまでの全プロセスを通じた労務管理の質が、紛争時の結末を決定するという事実です。当法人として、特に強調したいポイントは以下のとおりです。
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✓ ポイント@ 採用時・更新時の「説明」が将来の合理的期待を生む 本件で合理的期待の認定要素として大きく機能したのは、専任教員(人事決定権者ではないが、現場の意思決定に関与する立場の者)からの「長期的に働ける環境にある」旨の説明でした。 「採用時に契約書を整備していたか」だけではなく、採用面接・入職時・更新時の口頭説明が、後日の合理的期待の根拠となり得るという点を、現場管理職・先任者を含めた組織全体で共有する必要があります。 |
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✓ ポイントA 雇止めの理由は「日常記録」の蓄積によってしか立証できない 本件で雇止めの合理性を支えたのは、コマ数削減という客観的データと、在職中のトラブルという具体的事実でした。これらは雇止め時点で初めて整理されたものではなく、日常の業務管理のなかで記録されてきたものと推察されます。 「雇止めが起きてから理由を整理する」のではなく、業務量・業務評価・面談記録を日常的に蓄積する仕組みこそが、紛争時に企業を守ります。事後的に作成された記録は「言い訳」と評価され、逆効果になり得ます。 |
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✓ ポイントB 5年経過直前の雇止めは「無期転換回避」の疑いを招きやすい 厚生労働省は、無期転換申込権が発生する直前の雇止めについて「望ましいものではない」との見解を示しています(雇止めに関する基準)。本件では無期転換回避の意図が雇止め有効性判断の核心とはされませんでしたが、無期転換逃れの意図が明示または黙示に認められれば、雇止めは権利濫用として無効と判断される余地があります。 5年経過時点での処遇方針(無期転換するのか、雇止めとするのか、有期のまま継続するのか)を 採用時から明確にしておくことが、リスク管理の出発点となります。 |
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✓ ポイントC 「現場での口頭発言」の管理が組織的に必要 本件で合理的期待を生んだ「長期的に働ける」との発言は、人事担当者ではなく現場の専任教員によるものでした。組織として契約上限を明示していても、現場の発言がそれと矛盾すれば、合理的期待は容易に発生し得ます。 管理職・現場リーダー層への周知教育と、契約条件の文書化による補強が、組織的なリスクヘッジとなります。「正社員登用の可能性がある」「長期的に活躍してほしい」といった表現も、状況によって合理的期待の認定根拠となり得る点に留意が必要です。 |
本判決の判断枠組みは、教育機関に特有のものではありません。同じく「契約更新の合理的期待」が論点となり得る業種・職種は、現代の労働市場に広く存在します。当法人の関与経験を踏まえても、以下のような業種では特に注意が必要と考えられます。
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◆ 有期雇用の合理的期待が問題となりやすい業種・場面
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いずれの業種でも、共通する論点は同じです。採用時・更新時にどのような説明をしたか、業務の継続性・基幹性をどう評価するか、同種労働者の長期継続実績をどう位置づけるか ― この三つの要素は、業種を問わず合理的期待の認定に影響します。
本判決が経営者に示しているのは、決して「雇止めをしてよい」というメッセージではなく、日常の労務管理の質が、紛争時の結末を決めるというメッセージです。雇止めが起きてから事後対応するのではなく、採用時から雇止めまでの全プロセスを見通した労務設計こそが、企業の経営リスクを最小化します。
当法人では、以下のような視点で顧問先企業を支援しています。
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経営理念に「経営者と共に歩き、最善の解を導き出す」を掲げる当法人として、有期雇用契約の運用についても、経営者と現場の橋渡しをしながら、紛争予防と経営判断の両立を支えていきます。
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有期雇用契約・雇止めに関する個別のご相談を承ります 採用時の契約整備から無期転換ルール対応、雇止め紛争への対応まで
関連サービス:労働紛争解決 / 就業規則作成・改訂 / 高難度業務対応型顧問 |
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◆ 判決 ・学校法人青山学院事件 / 東京地方裁判所 2025年7月31日判決 ◆ 関連法令 ・労働契約法 第18条(有期労働契約の期間の定めのない労働契約への転換) ◆ 関連判例 ・東芝柳町工場事件 / 最高裁昭和49年7月22日第一小法廷判決(労契法19条1号の根拠判例) ◆ 報道資料 ・「『裁判所による非正規差別』青山学院“雇い止め”訴訟、二審敗訴も… 高校非常勤講師の『合理的期待』高裁で初認定」(弁護士JPニュース 2026年4月23日) |
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◆ 免責事項 本記事は、執筆時点で公開されている情報に基づき、一般的な解説を目的として作成したものです。個別具体的な事案への対応は、関連する事実関係・契約内容・就業規則等により結論が異なります。本判決の判断内容は、当法人が報道および解説記事に基づき要約・整理したものであり、最終的な判決内容は判決原文によりご確認ください。実際の労務管理判断にあたっては、必ず社会保険労務士・弁護士等の専門家にご相談ください。 |
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WRITTEN BY 三重 英則 / MIE Hidenori 社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員 特定社会保険労務士/経営心理士/経営法曹会議 賛助会員 「誠実」「Think more」「伴走」を価値観の柱に、経営者と共に歩き、最善の解を導き出すことを使命としています。 |