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作成日:2026/05/09
【裁判例】タイミー事件判決の正確な読み方 ― 副業労働時間通算と「傍論」の射程、 中小企業が取るべき三段構えの実務対応 ―
最新労働裁判例解説
JUDICIAL DECISION ANALYSIS

タイミー事件判決の正確な読み方

― 副業労働時間通算と「傍論」の射程、
中小企業が取るべき三段構えの実務対応 ―

東京地判令和7年3月27日 労経速2593号3頁
2026年5月8日 | 社会保険労務士法人T&M Nagoya

📌 本記事の要点

@ タイミー事件(東京地判令7・3・27)で「他社労働を知らない事業主は割増賃金支払義務を負わない」との判示が示されたが、これは判決の「傍論」であり、本判決の主たる結論は事実認定段階での原告主張の排斥である。
※「傍論」とは、裁判の判決文において、主文(結論)を導くために不可欠な法律的根拠ではない、付随的な意見や考え方。先例としての法的な拘束力は持たず、下級審や将来の裁判を法的に縛るものではないが、裁判官の法的な見解として、将来の判断の参考になる

A 被告は求人企業ではなく株式会社タイミー(プラットフォーム事業者)であり、タイミー社の利用規約に定められた併存的債務引受を根拠とする請求であった。

B 2026年通常国会への労基法改正案の提出は見送られた。研究会報告書(令和7年1月8日)の方向性は維持されているが、施行スケジュールは現時点で未定である。

C 「傍論」のため射程は限定的。当法人は、本判決を過信せず、「自己申告制度の整備+安全配慮義務の徹底+管理モデル活用」の三段構えの実務対応を推奨する。

はじめに ― 報道の見出しに惑わされない判決の理解を

副業・兼業時代における労働基準法第38条第1項(事業場を異にする場合の労働時間通算)の解釈をめぐる初の本格的な司法判断として、タイミー事件(東京地判令和7年3月27日労経速2593号3頁)が注目を集めています。「副業先が他社労働を知らなければ割増賃金義務を負わない」という結論部分のみが切り取られ、「副業推進企業への追い風」と評する解説記事も少なくありません。

しかし、本判決を顧問先企業の労務管理に活かすためには、判決の「主文」「理由構造」「傍論性」を正確に理解することが不可欠です。誤った理解のまま「副業を解禁しても他社労働を確認する義務はない」と運用すれば、後日、安全配慮義務違反による損害賠償リスクや、法改正後の通算義務復活リスクに直面しかねません。

本記事では、判決の正確な構造を解説したうえで、当法人が顧問先企業に推奨する三段構えの実務対応を提示します。

1. 事案の正確な構造 ― 被告は誰か、何が争われたのか

(1)当事者と請求の構造

本件の被告は、求人を掲載した個別企業(A社)ではなく、株式会社タイミー(プラットフォーム事業者)です。原告は、タイミーアプリを通じてA社で就労した労働者であり、タイミー社に対して以下を請求しました。

▼ 原告の請求内容

@ 未払賃金:1,340円(A社時給1,072円 × 1.25時間分の労働対価)

A 割増賃金:335円(同1.25時間分について法定割増率25%相当)

*いずれもタイミー社の利用規約上「タイミー社が事業者の負う賃金債務を併存的に引き受ける」と明記されていたことから、原告はタイミー社に対し、併存的債務引受人としての責任を追及した(民法第470条参照)。

なお、原告はA社に対しても別途、鹿児島簡易裁判所に少額訴訟を提起していましたが、こちらは弁済供託を理由に請求棄却され、判決が確定しています。

(2)原告主張の核心 ― 整骨院での「43時間連続労働」

原告は、A社での勤務(令和5年7月19日11:45〜13:00、1時間15分)の直前に、自宅にて別事業者B整骨院の業務として、7月17日5:00から19日9:00までの約43時間にわたり連続労働していたと主張しました。

通算説(後述)に基づけば、B整骨院での43時間とA社での1.25時間を通算すれば、A社での労働は法定時間外労働となり、タイミー社(併存的債務引受人)は割増賃金の支払義務を負うことになります。

(3)訴訟の経過

時期 出来事
令和5年10月18日 原告がタイミー社に対し、鹿児島簡裁に少額訴訟を提起
令和5年10月31日 タイミー社が東京法務局に1,340円を弁済供託
令和5年12月14日 通常手続への移行申述
令和6年1月29日 鹿児島簡裁が東京地裁へ移送
令和7年3月27日 東京地裁判決言渡し

2. 判決の二段階構造 ― なぜ「傍論」と評価されるのか

本判決を正確に理解する上で最重要なのは、裁判所が二段階の判断を行っているという点です。

第一段階:事実認定での原告主張の排斥(主たる判断)

裁判所は、原告が主張する「B整骨院での43時間連続労働」の事実そのものを認めませんでした。理由は次のとおりです。

▼ 裁判所が事実認定を否定した3つの理由

@ 不自然性:「連日、十分な休憩時間や休息時間を確保しないまま、早朝から深夜にかけての43時間もの長時間労働」は、業務内容(整骨院業務)に照らし不自然

A 主張の変遷:就業場所に関する主張が裁判の過程で変遷していた

B 証拠不足:労働契約書等の客観的証拠が提出されなかった

本来、この事実認定の段階で原告主張が排斥された以上、裁判所は労働時間通算論に踏み込む必要はありませんでした。請求は事実認定で棄却されるからです。

第二段階:「傍論」として示された通算説かつ主観説

しかし裁判所は、「あえて傍論において」、副業時代の重要論点について以下のとおり判示しました。

[判決理由(傍論部分)の要旨]

複数の事業主の下で労働に従事し、通算すると労基法32条の労働時間を超える場合には、後に労働契約を締結した事業主は労基法38条1項により割増賃金支払義務を負う。ただし、当該事業主が、他事業主の下での労働の存在および通算による法定労働時間超過を知らなかったときは、割増賃金支払義務を負わない

本件では、A社が原告の他社労働を「知っていた」と認められないため、タイミー社(併存的債務引受人)も割増賃金支払義務を負わない。事業主に「自ら確認すべき義務」もない。

「傍論」であることの実務的意味

判決理由のうち、結論を導くために必要不可欠な判断(判決理由)と、必要的ではない付加的判断(傍論)とでは、先例的価値に大きな差があります。傍論は後の裁判所を強く拘束しません。とりわけ本件は地方裁判所の判断であり、上級審で異なる判断が示される可能性も残されています。

新日本法規WEBサイトの大川恒星弁護士による論考、複数の労働法学者による評価、CiNii Research収載の労働判例解説(労働基準広報2229号)等、いずれも本判決の通算説かつ主観説部分について「傍論」であることを明示しています。「副業時代の通算問題に終止符」といった評価は、本判決の射程を過大に捉えたものといわざるを得ません。

3. 労基法38条1項をめぐる行政通達と学説の整理

(1)行政通達 ― 通算説の採用

労基法38条1項は「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」と規定しています。「事業場を異にする場合」について、行政通達(昭和23年5月14日基発769号)は、同一事業主下の異なる事業場のみならず、事業主を異にする場合も含むと解しています(通算説)。

この通算説を前提に、厚生労働省は「副業・兼業の場合における労働時間管理に係る労働基準法第38条第1項の解釈等について」(令和2年9月1日付基発0901第3号)および「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(平成30年1月策定、令和2年9月および令和4年7月改定)を発出し、労働者からの自己申告をベースに労働時間を把握することを推奨するとともに、煩雑さを避けるための「管理モデル」(本業先と副業先で労働時間の上限を予め合意する仕組み)を提唱しています。

(2)学説の対立構造

学説は大きく分けて以下のように対立しています。

学説 立場 主な論者
通算説かつ客観説 事業主の認識にかかわらず、客観的に通算する 川口美貴ほか
(信義則違反による調整あり)
通算説かつ主観説
(本判決傍論)
事業主が他社労働を認識していた場合に限り、割増賃金支払義務を負う 桑村裕美子ほか
非通算説 事業主を異にする場合の通算は否定。事業主の労働時間管理の限界を理由とする 菅野和夫=山川隆一、土田道夫ほか

本判決は、傍論ながら、桑村説に近い「通算説かつ主観説」を採用したと評価されています。なお、副業を知らなかった場合の事業主の労基法違反の刑事責任については、構成要件的故意を欠くとして否定されるのが通説的見解です。

4. 法改正動向 ― 2026年通常国会への提出は「見送り」

労基法38条1項の改正論議は、厚生労働省「労働基準関係法制研究会報告書」(令和7年1月8日公表)を端緒として進められてきました。報告書は、副業・兼業時代の労働時間通算ルールについて、以下の方向性を示しています。

研究会報告書が示した改正の方向性

項目 現行ルール 改正研究会報告書の方向性
健康確保のための通算 通算する(労基法38条1項) 維持(長時間労働の抑制のため)
割増賃金支払のための通算 通算し、後発事業主が支払義務を負う 通算不要(自社労働時間のみで計算)
適用範囲 事業主を異にする場合も含む 事業主を異にする場合の通算を廃止
(同一事業主の異なる事業場間は維持)

改正法案の提出は「見送り」となった現状

⚠ 重要:法改正スケジュールの最新状況

当初、改正法案は2026年通常国会への提出、2027年4月施行が見込まれていましたが、2025年12月、改正法案の通常国会への提出が見送られたことが報じられました。

背景には、2025年10月、高市早苗首相が厚生労働大臣に「労働時間規制の緩和」の検討を指示し、議論が継続することとなった事情があります。

現時点(2026年5月)で具体的な施行スケジュールは未定であり、企業としては「いつ改正されるか分からない」前提で実務対応を検討する必要があります。

5. 見落としてはならない関連判例 ― 安全配慮義務は独立して残る

タイミー事件判決を「副業推進企業への追い風」として過信することの最大のリスクは、安全配慮義務(労働契約法5条)の独立性を見落とすことです。

タイミー事件は労基法38条1項に基づく割増賃金請求事件であり、安全配慮義務違反による損害賠償請求事件ではありません。タイミー事件の傍論で「他社労働の確認義務はない」と判示されたとしても、安全配慮義務の文脈で同じ結論になるとは限らないのです。

大器キャリアキャスティングほか1社事件(大阪高判令和4年10月14日)

本判決は、本業先の使用者が副業先での就労状況も比較的容易に把握できた事案において、本業先に業務軽減措置をとるべき安全配慮義務違反を認めた重要判例です(労判1283号44頁)。

▼ 二つの判例の対比

タイミー事件(労基法38条1項):事業主が知らなければ、割増賃金支払義務は負わない(傍論)

大器事件(労契法5条):事業主が把握できる状況であれば、安全配慮義務違反を問われ得る

副業中の労働者が過労により健康被害(脳・心臓疾患、精神疾患等)を被った場合、本業先の事業主は、労基法上の割増賃金義務は免れたとしても、民事上の損害賠償責任は別途負い得るということです。「知らなかった」というだけでは、この民事責任は免れません。

6. 当法人が推奨する三段構えの実務対応

以上の判決分析を踏まえ、当法人では、副業・兼業を解禁する企業(およびスポットワーク活用企業)に対して、以下の三段構えの実務対応を推奨しています。

第1段:自己申告制度の整備(労基法38条1項対応)

✓ 就業規則および誓約書による副業申告ルールの確立

・副業の事前許可制または届出制の導入

・副業先の企業名、業務内容、所定労働時間、勤務日の毎月申告義務

・申告内容変更時の速やかな通知義務

虚偽申告・申告漏れがあった場合の自己責任の明記

タイミー事件の傍論を実務に活かす最重要ポイントは、「労働者からの申告がなかった」事実を明確に立証できる仕組みを整備しておくことです。これがあれば、仮に同様の請求があった場合に、本判決の傍論を援用しやすくなります。

第2段:安全配慮義務の徹底(労契法5条対応)

✓ 健康管理体制の構築

・副業者向けの定期的な健康ヒアリング(1on1での疲労状態確認等)

・長時間労働時の医師面接指導の確実な実施

・本業に支障が出ている場合の副業制限規定の整備

「労働時間の数字」ではなく「本人の健康状態」にフォーカスしたマネジメント

大器キャリアキャスティング事件が示すとおり、安全配慮義務は労基法上の通算義務とは独立して存在します。割増賃金リスクが軽減されたからといって、健康配慮義務まで軽減されたわけではない点に留意が必要です。

第3段:管理モデルの活用(厚労省ガイドライン対応)

✓ 副業開始時の上限時間設定による予防的管理

・本業と副業の所定外労働時間の上限を、開始前に労使合意

・労基法上の上限規制(月100時間、複数月平均80時間)を超えない範囲で設定

・労働者を介して副業先にも上限時間を伝達

管理モデルを活用することで、毎月の他社労働時間を逐一把握しなくとも、双方の企業が法令違反となるリスクを回避できます。法改正の方向性が「割増賃金通算は不要」とされている現状でも、健康確保観点での通算は維持される予定であるため、管理モデルは今後も実務上の意義を持ち続けます。

7. スポットワーク活用企業への個別アドバイス

タイミーをはじめとするスポットワークマッチングサービスを活用する企業(飲食、物流倉庫、小売、宿泊等)には、以下の確認プロセスを推奨いたします。

✓ スポットワーカー受入時の確認事項(記録に残す)

@ 「本日、他事業主の下で勤務していますか?」

A 「同じ週に他事業主の下で何時間勤務していますか?」

B 「直近24時間の睡眠・休息は十分にとれていますか?」(健康確保観点)

C 確認内容を書面または電子記録として残す

タイミー事件の傍論は「自ら確認する義務はない」と述べていますが、これは「確認しないことが直ちに違法になるわけではない」という意味にとどまります。トラブル予防の観点からは、上記の確認プロセスを設けることが望ましいといえます。なお、タイミー社自身も、利用規約上「満1週間のうち、合計39時間未満までお申し込み可能」とのワーカー側の利用制限を設けており、通算問題への一定の配慮を示しています。

8. まとめ ― 「副業時代」を読み解く労務管理の本質

タイミー事件判決は、副業・兼業時代の労働時間通算という重要論点について、傍論ながら一定の指針を示した判決として、確かに実務上の意義を持ちます。しかし、その射程を正確に理解しないまま「副業推進の追い風」として過信することは、以下の3つのリスクを招きかねません。

⚠ 過信から生じる3つのリスク

@ 上級審・他事案でのリスク:傍論であるため、上級審で異なる判断が示される可能性、また、事案の異なる事件で同じ判断が示されるとは限らない

A 安全配慮義務違反のリスク:労契法5条に基づく民事責任は、労基法38条1項とは独立して存在

B 法改正後のリスク:法改正は提出見送り中。改正の方向性は通算不要だが、現時点では現行制度が適用される

当法人が推奨する「自己申告制度の整備+安全配慮義務の徹底+管理モデルの活用」の三段構えは、判例・通達・学説・改正動向のいずれにも対応できる、堅実な実務対応です。一見、判例で軽減されたはずの管理コストを、なぜ整備するのかと疑問に思われる経営者もいらっしゃるかもしれません。しかし、労務管理の本質は「リスクの見積もりと予防」にあり、判決の射程を正確に見極めたうえで、自社が直面し得る複層的なリスクを未然に防ぐ仕組みづくりこそが、経営者にとって真に価値ある投資となります。

副業・兼業の許容判断、就業規則の見直し、自己申告制度の設計、健康管理体制の構築、管理モデル導入の支援、いずれも個別企業の実態に応じて検討すべき事項です。当法人では、経営者の皆様の状況をお伺いしたうえで、貴社にとって最善の解をご提案いたします。

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就業規則作成・改定支援:副業・兼業条項の整備、自己申告制度の設計、健康管理規定の整備

給与監査https://www.mh5.jp/kyuyo-kansa/):割増賃金計算の適正性チェック、未払賃金リスクの早期発見

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【根拠法令・参考資料】

・労働基準法第32条、第38条第1項、第37条

・労働契約法第5条(安全配慮義務)

・民法第470条(併存的債務引受)、第494条第1項第2号(弁済供託)

・行政通達:昭和23年5月14日基発769号

・厚生労働省「副業・兼業の場合における労働時間管理に係る労働基準法第38条第1項の解釈等について」(令和2年9月1日付基発0901第3号)

・厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(平成30年1月策定、令和2年9月および令和4年7月改定)

・厚生労働省「労働基準関係法制研究会報告書」(令和7年1月8日公表)

・タイミー事件(東京地判令和7年3月27日労経速2593号3頁)

・大器キャリアキャスティングほか1社事件(大阪高判令和4年10月14日労判1283号44頁)

【免責事項】本記事は、執筆時点(2026年5月8日)の情報に基づいて作成しております。法令改正、判例の変動、行政解釈の変更等により、記載内容と異なる取扱いとなる場合があります。また、個別の事案については、事実関係や契約内容により判断が異なります。具体的な対応にあたっては、必ず専門家にご相談ください。本記事の内容に基づく一切の損害について、当法人は責任を負いかねます。

AUTHOR / 執筆者

三重 英則

MIE Hidenori

社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員

特定社会保険労務士/経営心理士

経営法曹会議賛助会員

名古屋を拠点に、中小企業経営者・人事担当者の皆様と共に歩み、労務管理の最善解を導き出す社労士法人です。「経営者と共に歩き、最善の解を導き出す」をミッションに、誠実・Think more・伴走の3つのバリューで顧問先企業をサポートしております。