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作成日:2026/05/05
【裁判例】事業場外みなし労働時間制の判断枠組みを再点検する ― 協同組合グローブ事件 最高裁令和6年4月16日判決の実務的意義 ―
最高裁判例解説 労働時間管理

事業場外みなし労働時間制の判断枠組みを再点検する
― 協同組合グローブ事件 最高裁令和6年4月16日判決の実務的意義 ―

外勤・直行直帰・テレワーク──労働時間の「見えにくい」働き方が広がるなか、最高裁が改めて示した判断の射程を、中小企業の労務管理に引きつけて解説します。

📌 この記事のポイント

  • 協同組合グローブ事件(最判令和6年4月16日)は、近年否定傾向にあった事業場外みなし労働時間制について、原審を破棄し福岡高裁に差し戻した注目判例です。
  • 最高裁は判断基準そのものを変更したわけではなく、リーディングケースである阪急トラベルサポート事件の枠組みを踏襲しています。
  • 差戻審(福岡高裁)では、外勤日に限ってみなし制の適用が認められましたが、これは制度の適用ハードルが緩和されたことを意味するものではありません。
  • 実務では、「業務の性質」「自律的なスケジュール管理」「労働時間把握の努力」「把握可能部分への割増賃金支払い」が運用の鍵となります。

スマートフォン、クラウド勤怠、チャットツールが普及した現在、「事業場外であっても労働時間は把握できる」として、事業場外みなし労働時間制(労働基準法38条の2第1項)の適用を否定する裁判例が相次いできました。こうした流れを受けて、本制度の活用に消極的な企業が増えていたことも事実です。

そのようななか、令和6年4月16日に最高裁が下した 協同組合グローブ事件判決は、適用を否定した原審を破棄し差戻しを命じたことで、実務に大きなインパクトを与えました。本記事では、当法人が中小企業の経営者・人事担当者の皆様に向けて、本判決の射程と実務上の運用ポイントを整理します。

1. 事業場外みなし労働時間制の基本構造

労働基準法38条の2第1項は、労働者が労働時間の全部または一部を事業場外で従事した場合において、「労働時間を算定し難いとき」には、原則として所定労働時間労働したものとみなす旨を定めています。

使用者には、労働時間を客観的に把握する義務があります(労基法第32条等)。しかし、外回り営業、出張、訪問指導、在宅勤務など、使用者の指揮監督が直接及ばず、業務の遂行方法が労働者の裁量に委ねられている働き方では、実労働時間の把握が現実的に困難なケースが存在します。こうした業務類型に対応するために設けられた例外的な制度が、事業場外みなし労働時間制です。

▼ 行政解釈上、適用が否定される代表的な場面

  • 複数人で事業場外労働を行い、そのなかに労働時間を管理する者が含まれる場合
  • 無線・携帯電話・チャット等で随時、使用者の具体的指示を受けながら業務を行う場合
  • 事業場で訪問先・帰社時刻等の具体的な指示を受けた後、指示どおりに業務を行い事業場へ戻る場合

(昭63.1.1基発1号より)

2. 協同組合グローブ事件の事案概要

本件の使用者は、外国人技能実習制度における監理団体(事業協同組合)です。労働者は技能実習生の指導員として、九州全域を活動範囲に、自家用車を運転して受入企業を訪問し、実習生の通訳・生活相談・受入企業への指導等の業務に従事していました。

▼ 本件業務の特徴

  • 業務内容が多岐にわたる(訪問指導・通訳・送迎・医療機関や役所への同行等)
  • 訪問予約やスケジュール管理は労働者自身に委ねられ、組合からの個別具体的な指示はなかった
  • 直行直帰が常態化しており、所定休憩とは異なる時間に休憩をとることも許容されていた
  • 業務とプライベートの境界が曖昧な側面もあった(個人的な相談対応等)
  • 使用者は業務日報、グループウェア、LINE等を用いて勤怠把握を試みていた

各審級の判断経過

審級 判決 結論
第一審 熊本地判 令和4年5月17日 みなし制の適用を否定(残業代支払命令)
控訴審(原審) 福岡高判 令和4年11月10日 業務日報を根拠に適用を否定
上告審 最判 令和6年4月16日(第三小法廷) 原審の判断を破棄差戻し
差戻審 福岡高裁(差戻審) 外勤日に限りみなし制の適用を肯定(認容額が減額)

3. 最高裁が示した判断の3つの分水嶺

最高裁は、リーディングケースである 阪急トラベルサポート事件(最判平成26年1月24日 第二小法廷)が示した、「業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等」「使用者と労働者との間での業務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施の態様、状況等」を総合考慮するという判断枠組みを維持しつつ、原審の事実認定・評価には不十分さがあるとして、これを破棄しました。

本判決から読み取れる実務上の重要ポイントは、以下の3点に整理できます。

@ 業務日報の存在 = 労働時間を算定可能、ではない

本件では業務日報が作成・提出されていましたが、最高裁は「日報があれば直ちに労働時間が算定できる」とは判断しませんでした。日報の正確性が客観的に担保されているかが問われ、業務の流動性や自律的スケジュール管理という実態を踏まえて、形式的な書面の存在のみで「算定可能」と評価することの誤りを指摘しています。

A 使用者による「労働時間把握の努力の跡」

本件の使用者は、残業代支払いを免れるために管理を放棄していたわけではなく、業務日報・グループウェア・LINE等の複数のツールを用いて勤怠把握を試みていました。それでもなお把握しきれなかったという事実経過は、「労働時間を算定し難い」と評価される素地を形成します。初めから管理を放置していた事案とは、評価の出発点が異なるのです。

B 把握可能な時間には割増賃金を支払う運用

使用者は、把握できる範囲については割増賃金を支払い、把握困難な部分にのみみなし制を適用していました。この「払うべきは払う」という真摯な運用姿勢が、制度適用の正当性を補強する事情として評価されています。みなし制は残業代支払いを回避する手段ではなく、把握困難な部分への合理的な算定方法である、という制度本来の趣旨が改めて確認されたといえます。

4. 阪急トラベルサポート事件との比較

両判例の理解を深めるため、判断の分かれ目を比較表で整理します。

比較項目 阪急トラベルサポート事件
(最判平26.1.24 適用否定)
協同組合グローブ事件
(最判令6.4.16 差戻し)
業務類型 海外パッケージツアーの添乗業務 技能実習生の指導員業務(訪問・指導・通訳等)
スケジュール管理 旅行日程表により詳細に確定 労働者自身が裁量で管理
指示・報告 逐次の指示と詳細な報告体制あり 随時の具体的指示・報告はなし
業務の定型性 日程表に沿った定型的業務 業務内容が多岐にわたり流動的
最高裁の結論 勤務状況の具体的把握は困難ではない
みなし制適用否定
把握が容易であったとは直ちに言い難い
破棄差戻し(差戻審で外勤日のみ適用)

▼ 当法人のコメント
両判例の決定的な違いは「労働者が業務スケジュールを自ら管理していたか」「使用者からの随時の具体的指示が及んでいたか」の2点に集約されます。みなし制の適否は、就業規則や労使協定の有無といった形式面ではなく、こうした業務実態によって決まる、という基本姿勢が改めて確認されたといえます。

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5. 差戻審(福岡高裁)の判断

最高裁の差戻しを受けた福岡高裁の差戻審は、最高裁が示した判断枠組みを踏まえ、業務日報の正確性や具体的事情を改めて精査しました。その結果、外勤日に限り「労働時間を算定し難いとき」に該当するとして、事業場外みなし労働時間制の適用を肯定し、第一審判決の認容額を約29万円から約22万円へ減額する判決を下しました。

注意したいのは、差戻審においてもすべての勤務日についてみなし制が肯定されたわけではないという点です。事業場(事務所)に在勤した日は対象外とされており、業務実態に応じて切り分けて適用するという、極めて精密な運用が前提となっています。

6. 当法人の見解 ― 形式整備から実態精査へ

本判決をもって、事業場外みなし労働時間制の適用ハードルが下がったと受け止め、安易に制度導入や拡大解釈を進めるのは危険です。当法人は、本判決の意義を以下のように整理しています。

▼ 本判決の射程に関する3つの整理

▶ 整理@  判断基準そのものに変更はない。最高裁は阪急トラベルサポート事件の総合考慮の枠組みを維持しており、ハードルが下がったわけではありません。

▶ 整理A  形式ではなく実態が決め手。就業規則や労使協定の整備は前提条件にすぎず、業務の性質・自律性・指示報告の実態をいかに証明できるかが要諦です。

▶ 整理B  「努力の跡」と「払うべきは払う」運用が制度を支える。労働時間把握の真摯な試行と、把握可能な部分への割増賃金支払いが、制度の正当性を裏付けます。

7. 実務チェックポイント

事業場外みなし労働時間制を運用している(または導入を検討している)企業は、以下の観点で自社の運用を点検することをお勧めします。

✓ 自社チェックリスト

□  対象業務は本来的に時間管理が困難な性質を有するか(外回り営業、訪問指導、フル裁量の在宅勤務等)

□  労働者がスケジュールを自律的に管理し、使用者からの随時の具体的指示が及んでいないか

□  労働時間把握のためにどのようなツール・運用を試みたか、その記録が残っているか

□  業務日報を提出させている場合、その正確性を担保する仕組み(裏付け資料との突合等)はあるか

□  事業場内業務(事務所勤務日)と事業場外業務を切り分けて、それぞれ適切に労働時間管理しているか

□  把握可能な時間外労働には、適正に割増賃金を支払っているか

□  就業規則・労使協定(みなし時間が法定労働時間を超える場合)の整備は最新の運用実態と整合しているか

これらの点検を通じて、貴社のみなし制運用が「形式」ではなく「実態」として通用するものかどうかを、客観的に評価することが肝要です。テレワークや裁量度の高い働き方が広がる中で、本制度の適切な運用は、適正な労働時間管理と訴訟リスクの回避を両立させる重要な経営課題といえます。

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【根拠法令・参考判例】

・労働基準法 第32条、第38条の2第1項
・労働基準法施行規則 第24条の2
・協同組合グローブ事件:最判令和6年4月16日 第三小法廷判決(熊本地判令4.5.17、福岡高判令4.11.10)
・阪急トラベルサポート事件:最判平成26年1月24日 第二小法廷判決(労判1088号5頁)
・行政通達:昭和63年1月1日基発第1号

【免責事項】

本記事は、執筆時点における法令・判例・行政解釈に基づく一般的な情報提供を目的とするものであり、個別事案への法的助言を構成するものではありません。実際の労務問題への対応にあたっては、必ず専門家にご相談ください。

▼ 執筆者

三重 英則(みえ ひでのり)

社会保険労務士法人T&M Nagoya 代表社員
特定社会保険労務士/経営心理士/経営法曹会議賛助会員

名古屋を拠点に、中小企業経営者・人事担当者・歯科医院経営者・成長企業/IPO準備企業を対象とした労務管理コンサルティングを提供。雇用契約書の設計、就業規則整備、労務トラブル対応、人事研修、給与監査、テレワーク制度設計まで、経営者と共に歩み最善の解を導き出すことをミッションとしています。