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📌 本記事のポイント
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1. 事案の概要 |
本件は、労働者派遣業を営むY社の元従業員Xが、Y社に対し、時間外労働等に対する賃金および労働基準法114条の付加金等の支払いを求めた事案です。
Xは、Y社に入社後、C社へ派遣労働者として派遣され、同社の事務所において高速道路の緊急点検業務等に従事していました。勤務形態は、日勤(午前8時30分から午後5時、休憩正午から午後1時)と夜勤(午後5時から翌午前9時、休憩午後11時から午後12時および午前5時から午前6時)でした。
Y社では令和2年10月に就業規則を改定し、同年11月1日以降、本件事務所で勤務する従業員に対して1か月単位の変形労働時間制を導入していました(以下「本件改定」)。
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本件の主な争点 @ 休憩時間の労働時間該当性 |
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2. 判決のポイント |
(1)休憩時間の労働時間該当性
裁判所は、労基法32条の労働時間とは「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」をいい、不活動時間であっても労働からの解放が保障されていない場合には労基法上の労働時間に当たると判示しました(大星ビル管理事件・最一小判平成14年2月28日の判断枠組みを踏襲)。
本件では、Xは休憩時間中であっても首都高速道路で事故等が発生した場合には出動を命じられて緊急点検業務に従事しており、休憩時間の前に出動し引き続き休憩時間中も業務に従事したこともありました。裁判所は、Xが休憩時間中も出動命令に対して直ちに緊急点検業務等に就くことが義務付けられていたとして、休憩時間全体について労働からの解放が保障されておらず、労基法上の労働時間に当たると判断しました。
(2)合意または慣行による変形労働時間制の適用
変形労働時間制は労働時間規制の例外として労基法32条の2の要件を満たす場合に限って認められるものであり、改定前の期間については就業規則等の定めがない以上、合意や慣行に基づく変形労働時間制の適用は認められないと判示されました。
(3)就業規則の周知性
変形労働時間制の導入は、使用者が法定労働時間を超えて労働者を労働させることを認めるものであるため、労働条件の不利益変更に当たり、Xに適用されるためには労働契約法10条の周知性が必要となります。
本件では、就業規則は本件事務所の担当者の個人ロッカー内に保管されていたものの、ロッカー内に規則が保管されていることや他の従業員も自由に閲覧できる旨がXに対して告知されていたとは認められませんでした。
さらに、本件規定等が保管されていたロッカーは担当者のみが使用する個人ロッカーであり、X等の他の従業員が無断でロッカー内を確認して規則を閲覧することも通常想定できないとして、実質的な周知がされていたとはいえないと判断されました。その結果、1か月単位の変形労働時間制はXとの関係では適用されないとの結論に至りました。
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3. 就業規則の「周知性」が認められる方法・認められない方法 |
| ○ 周知性が認められる方法 | × 周知性が否定されるおそれがある方法 |
| ・常時各作業場の見やすい場所に掲示 ・労働者全員に書面を交付 ・社内イントラネットへの掲載と全員への周知 ・誰もが自由に閲覧できる共有スペースに備え置き、その旨を従業員に告知 |
・担当者の個人ロッカー内のみで保管(本件) ・施錠された管理職の机内のみで保管 ・保管場所を従業員に告知していない ・閲覧申請を要するが、その手続が周知されていない |
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4. 実務上の留意点 |
(1)休憩時間の確実な付与と立証準備
緊急対応業務など、休憩時間中であっても呼び出しの可能性がある業務に従事させる場合には、休憩時間が労働時間と評価されるリスクがあります。労基法34条1項は「休憩時間を労働時間の途中に与え」ることを定めていますので、使用者としては当該休憩時間に労働からの解放が実質的に保障されていた事実を立証できる体制を整えておく必要があります。具体的には、休憩時間の業務分担表、待機者の指定、休憩記録、緊急時の対応フロー等の整備が考えられます。
(2)就業規則の「実質的な周知」の徹底
就業規則を備え置くだけでは足りず、従業員が知ろうと思えば容易に知ることができる状態に置く必要があります。保管場所が個人ロッカー等の私的領域である場合、たとえ実際にそこに就業規則が存在しても、周知性は否定される可能性が高いといえます。
(3)派遣労働者に係る就業規則の変更手続
常時10人以上の労働者を使用する使用者は、労基法89条により就業規則作成義務があり、その作成・変更にあたっては同法90条により事業場の過半数労働組合等の意見を聴く必要があります。加えて、派遣労働者派遣法30条の6では、派遣労働者に係る事項について就業規則を作成・変更しようとするときは、当該事業所において雇用する派遣労働者の過半数を代表すると認められるものの意見を聴くよう努めるものとされています。派遣労働者に係る就業規則の改定等を行う事業者においては、これらの手続にも十分留意する必要があります。
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✓ 自社で確認したいチェックポイント
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本判決は、就業規則の保管方法という一見些細にも見える事項が、変形労働時間制の有効性、ひいては未払賃金の発生という重大な経営リスクに直結することを示した事例といえます。とりわけ派遣労働者を多数雇用する事業者においては、改定手続・周知方法の双方について、改めて自社の運用を点検することが求められます。当法人では、就業規則の整備・改定支援、変形労働時間制の適切な導入運用、派遣労働者に関する労務管理など、貴社の状況に応じた総合的なサポートを行っております。
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就業規則の整備・労務管理についてのご相談はお気軽に
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【根拠法令・参考判例】 労働基準法32条(労働時間)、32条の2(1か月単位の変形労働時間制)、34条1項(休憩)、89条(就業規則の作成義務)、90条(意見聴取義務)、114条(付加金)/労働契約法10条(就業規則による労働条件の変更)/労働者派遣法30条の6(派遣労働者に係る就業規則の作成・変更時の意見聴取の努力義務)/大星ビル管理事件(最一小判平成14年2月28日)/三和エンジニアリング事件(東京地判令和7年7月3日) 【免責事項】 本記事は判例・法令の解説を目的としたものであり、特定の事案に対する法的助言を行うものではありません。実際の事案への対応にあたっては、個別事情を踏まえた専門的検討が必要となります。最終的な判断にあたっては、社会保険労務士・弁護士等の専門家にご相談されることをお勧めいたします。 |
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【出典】労働新聞社「三和エンジニアリング事件(東京地判令7・7・3) 就業規則を個人ロッカーで保管、変形制有効!? 閲覧想定できず周知性欠く」(筆者:弁護士 岩本充史/令和8年5月4日第3543号14面掲載) |
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