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作成日:2026/04/30
【裁判例】求人票に「転勤なし」と書いても勤務地限定合意は成立しない? 〜配転命令を有効と判断した東京地裁判決(2026年)の実務的含意〜
LABOR CASE LAW

労働判例解説

求人票に「転勤なし」と書いても勤務地限定合意は成立しない?

〜配転命令を有効と判断した東京地裁判決(2026年)の実務的含意〜

社会保険労務士法人T&M Nagoya | 労働問題解説シリーズ

求人票には「転勤の可能性なし」と明記されていた――。それにもかかわらず、採用から約3年半後、片道2時間半・往復約5時間の通勤を要する事業所への配転命令が出された場合、その命令は有効でしょうか。2026年、東京地方裁判所は「求人票全体を読めば転勤の可能性がないと理解されるのが通常とはいえない」として、配転命令を有効と判断しました。採用時の書面表現が争われた本件は、中小企業の採用実務・就業規則運用に重要な示唆を与えます。

📌 本判決の要点

POINT 1| 求人票に「転勤の可能性なし」と記載されていても、「特記事項参照」の記載があり、特記事項に転勤の可能性を示す文言があれば、求人票全体としては勤務地限定合意が成立したとは評価されない。
POINT 2| 労働者が履歴書に「マイカー通勤希望」と記載していても、それだけで勤務地を限定する黙示の合意が成立するとは認められない。
POINT 3| 通勤時間が往復約5時間に及ぶ不利益があっても、業務上の必要性(欠員補充)があり、不当な動機・目的が認められない場合、権利濫用には該当しないと判断されうる。

1.事案の概要

本件は、首都圏の貨物軽自動車運送事業者の事業協同組合(以下「Y組合」)で配車業務等に従事していた労働者Xが、神奈川配送センターへの配転命令を不服として、その有効性を争った事案です。東京地方裁判所(安江一平裁判官)は、勤務地限定の合意成立を認めず、配転命令を有効と判断しました。

▎事案の時系列

令和元年11月 Xがハローワーク経由でY組合の求人に申込み。求人票「就業場所」欄には「千葉配送センター、転勤の可能性なし、特記事項参照」、特記事項欄には「※転勤の場合は本人の希望を考慮した上で決定します。(住宅の転居は伴いません。首都圏内です)」と記載。
令和元年12月 採用面接(12日)、採用内定通知(16日)。Xの履歴書には「マイカー通勤の場合約30分」「マイカー通勤を許可いただけますと幸いです」の記載。
令和2年3月2日 雇用契約締結。同日付誓約書に「業務の都合により勤務内容、勤務場所等の変更があっても異議申し立てをいたしません」と記載。東京配送センターでの研修開始。
令和2年〜令和5年 研修受講後、Xは本部・東京配送センターで渉外業務・配車業務に従事。
令和5年10月27日 Y組合がXに対し、11月13日からの神奈川配送センターへの配転を命令。Xの自宅からの通勤時間は往復約5時間
2026年4月 東京地裁がY組合の配転命令を有効と判断。

Y組合は東京・埼玉・千葉・神奈川で事業を展開し、約2,000人の貨物軽自動車運送事業者が加入。職員約50人を雇用し、都内に本部・東京配送センター・多摩配送センター、埼玉・千葉・神奈川にそれぞれ配送センターを有しています。就業規則には「職員は正当な理由なく異動命令を拒めない」との定めがありました。

2.争点の整理

本件では、次の3つの争点が順序立てて審理されました。中小企業の人事実務においては、この「審理の順序」を正確に理解することが極めて重要です。

▎争点@ 契約解釈レベル

勤務地限定合意の成否

求人票・履歴書・特記事項・誓約書等から、使用者Y組合と労働者Xの間に「勤務地を千葉配送センター又は自宅近隣に限定する」との明示または黙示の合意があったと認められるか。

 

▎争点A 就業規則解釈レベル

「異動命令を拒む正当な理由」の有無

就業規則の「職員は正当な理由なく異動命令を拒めない」との規定について、Xには異動命令を拒むに足りる正当な理由があるか。

 

▎争点B 権利濫用レベル

配転命令権の濫用の有無

東亜ペイント事件(最二小判昭和61年7月14日)の判断枠組み――@業務上の必要性、A不当な動機・目的、B通常甘受すべき程度を著しく超える不利益――に照らし、配転命令は権利濫用に当たるか。

3.裁判所の判断

(1) 勤務地限定合意は認められない

東京地裁は、求人票に「転勤なし」と明記されていた点について、その直後に「特記事項参照」との記載があり、特記事項には「転勤は本人の希望を考慮した上で決定する」旨が記載されていたことを強調しました。その上で、「求人票を全体としてみれば、転居を伴わない転勤の可能性がないと理解されるのが通常であるとはいえない」と判断し、勤務地限定の合意成立を否定しました。

また、労働者Xが履歴書に「マイカー通勤希望」を記載していた点についても、採用の経緯にこうした事情があったとしても、直ちに勤務地限定合意の成立を基礎づけるものではないと評価しています。

(2) 異動命令を拒む「正当な理由」もない

Xは、入職の経緯から、就業規則が定める異動を拒む「正当な理由」があると主張しましたが、東京地裁は求人票や履歴書における本人希望などの事情があったとしても、異動命令を拒む正当な理由があるとはいえないと評価しました。

通勤に往復約5時間を要するという不利益については「小さくないものの、なお通常甘受すべき程度を著しく超えるとまではいえない」として、拒否の正当理由にはあたらないと判断しています。

(3) 権利濫用にも当たらない

権利濫用の有無については、神奈川配送センターの欠員を異動により補充する業務上の必要性があったことを認定。Y組合における勤務場所の変更を伴う異動運用が、役職者の異動や職員の希望・利便のために限られていたとしても、ただちに不当な動機・目的があったとはいえないと指摘し、権利濫用にも当たらないと結論付けました。

4.判例法理との関係

配転命令の有効性判断については、最高裁が東亜ペイント事件(最二小判昭和61年7月14日・労判477号6頁)において示した判断枠組みが、今日に至るまで実務の基本ルールとして機能しています。本判決も、この枠組みに忠実に従った判断といえます。

✓ 勤務地限定合意の「明示・黙示」の判断要素

裁判実務では、勤務地限定合意の成立を認定するに当たり、次のような要素が総合的に考慮されます。本件は、これらの要素を求人票・履歴書・誓約書等の書面から丁寧に検討した事例といえます。

@ 求人票・雇用契約書等の書面に勤務地を限定する明確な文言があるか
A 書面全体として読んだ場合の通常の理解
B 採用時の面接・説明における使用者の発言内容
C 就業規則の転勤条項の有無とその運用実態
D 過去の配転の実績(現地採用者に転勤実績があるか等)
E 労働者の年齢・家庭事情・職種の特殊性

5.勤務地限定合意の認定 〜裁判例の傾向〜

当法人がこれまで経営者の皆様からご相談を受けてきた実務経験を踏まえると、勤務地限定合意が「認められるケース」と「認められないケース」には、一定のパターンがあります。本判決が「認められないケース」に分類された理由を理解するうえで、その対比を整理しておきます。

判断要素 合意が認められやすいケース 合意が認められにくいケース(本件)
契約書の文言 「勤務地は○○支店に限定する」等の明示文言がある 求人票には「転勤なし」とあるが、直後に「特記事項参照」との表記があり、特記事項に転勤の可能性を示す記載がある
採用経緯    
就業規則    
採用時の書面    
職種の特殊性    

※参考裁判例:新日本製鐵事件(福岡地小倉支決昭45・10・26)、ジャパンレンタカー事件(津地判平成31・4・12労判1202号58頁)、エフピコ事件(東京高判平12・5・24労判785号22頁)等

6.中小企業経営者が押さえるべき実務ポイント

本判決は使用者側にとって望ましい結論となりましたが、「求人票に『転勤なし』と書いてしまった段階でかなり危うい橋を渡っていた」というのが当法人の率直な評価です。同種事案の多くは、もう少し事情が異なれば逆の結論になった可能性があり、企業側は本判決に安心することなく、採用実務・就業規則・異動運用の各局面で再点検を行うべきです。

(1) ハローワーク求人票の記載は慎重に

実務では、ハローワーク求人票の「転勤の可能性なし」にチェックを入れて、面接時の説明や特記事項で補足する運用が散見されます。本件では、「特記事項参照」の記載があったことが勝敗を分けたといっても過言ではありません。しかし、特記事項への誘導がなかった場合、または特記事項の文言が不明確だった場合には、勤務地限定合意が肯定される可能性が十分にあります。転勤の可能性がある求人は、素直に「転勤の可能性あり」と記載すべきです。

(2) 就業規則の異動条項は包括的に

本件では、就業規則に「職員は正当な理由なく異動命令を拒めない」との規定があったことが、配転命令権の契約上の根拠となりました。就業規則にこの種の条項がないと、個別同意なき配転命令そのものが困難になります。中小企業の就業規則でも「業務上の都合により配置転換、転勤、出向を命じることがある」との条項を必ず設けておく必要があります。

(3) 採用時の誓約書を活用する

Y組合が雇用契約締結と同日付で「業務の都合により勤務内容、勤務場所等の変更があっても異議申し立てをいたしません」との誓約書をXから徴取していたことも、配転命令権を基礎づける重要な事実として扱われています。採用時誓約書に配転・職務変更への包括同意条項を入れることは、後日の紛争予防に大きく寄与します。

(4) 権利濫用の判断は「相関関係」

東亜ペイント事件の判断枠組みは、近時の裁判例では「業務上の必要性の程度」と「労働者の不利益の程度」を相関的に評価する運用が定着しつつあります。業務上の必要性が低い配転は、労働者の不利益が小さくても権利濫用と評価されうる、ということです。本件では、神奈川配送センターの欠員補充という具体的な業務上の必要性が認定されたからこそ、往復5時間という重い通勤負担が「甘受すべき範囲」に収まりました。

✓ 配転命令発令前のセルフチェックリスト

就業規則に配転・転勤条項があり、かつ実質的に周知されているか
採用時の求人票・雇用契約書・誓約書に勤務地限定の文言がないか
採用面接の記録上、労働者から勤務地限定の申出と使用者の了承がないか
配転の業務上の必要性(欠員補充、組織再編、人材育成等)を具体的に説明できるか
不当な動機・目的(退職勧奨の代替、報復、差別等)の疑いを持たれない客観的事情があるか
労働者の家族状況(育児・介護等)に著しい支障を与えないか確認したか
通勤負担・転居の要否等の不利益を軽減する代替措置(手当・住宅補助等)を検討したか
労働者に対し事前に丁寧な説明を行い、面談記録を残したか

7.当法人からのメッセージ

配転命令をめぐる紛争は、「経営上の必要性」と「労働者の生活利益」という、いずれも軽視できない2つの価値が衝突する場面です。本判決のように使用者側の勝訴に終わる事例もあれば、通勤時間の長さや家族の介護事情等から権利濫用と判断され無効とされる事例もあります。

当法人は「顧客のために」を経営理念に掲げ、「経営者と共に歩き、最善の解を導き出す」ことを使命としています。配転命令をめぐる相談では、単に「その命令は有効か無効か」を判定するだけでなく、労働者の納得を得ながら組織運営の目的を達成する伴走型のサポートを大切にしています。採用時の求人票・契約書・誓約書の整備から、配転発令時の社内手続、紛争発生後の対応まで、各局面で最適な選択肢をご提案いたします。

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▎根拠法令・参考判例

【法令】 労働契約法第3条第5項(権利濫用の禁止)、労働契約法第7条(就業規則による労働条件の決定)
【中心判例】 東亜ペイント事件・最二小判昭和61年7月14日・労判477号6頁
【関連判例】 新日本製鐵事件(福岡地小倉支決昭45・10・26判時618号88頁)、ジャパンレンタカー事件(津地判平成31・4・12労判1202号58頁)、エフピコ事件(東京高判平12・5・24労判785号22頁)、明治図書出版事件(東京地決平14・12・27労判861号69頁)、滋賀県社会福祉協議会事件(最二小判令6・4・26)
【本判決】 東京地裁(安江一平裁判官)2026年4月公表判決(事件名非公表)

AUTHOR

三重 英則(みえひでのり)

社会保険労務士法人T&M Nagoya 代表社員

特定社会保険労務士 / 経営心理士 / 経営法曹会議賛助会員

▎出典

労働新聞社「勤務地限定合意を認めず 配転命令有効と判断 東京地裁」(2026年4月23日配信/令和8年5月4日第3543号2面掲載)
https://www.rodo.co.jp/news/218049/

【免責事項】本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する法的助言を構成するものではありません。実際の労務管理・人事判断に当たっては、個別事情を踏まえた専門家への相談を推奨いたします。また、本記事の内容は執筆時点の法令・判例に基づいており、その後の法改正・判例変更等により内容が変わる可能性があります。