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作成日:2026/04/23
【実務】従業員の給与・預金が差し押さえられた ── 経営者・人事担当者の実務対応マニュアル

COLUMN|人事労務の現場対応

従業員の給与・預金が差し押さえられた

── 経営者・人事担当者の実務対応マニュアル

第2弾|書類が届いた瞬間から完納まで

第1弾では、徳島地裁判決を題材に「差押えはどこまで許されるのか」という法的枠組みを解説しました。本稿では視点を変え、民間企業の経営者・人事労務担当者の皆様が「現場」で直面する実務対応に焦点を当てます。

ある日、総務課長の机に裁判所から物々しい書類が届く。あるいは、税務署・市役所から「差押通知書」と書かれた郵便が届く。開封すると、従業員の名前と「給料債権を差し押さえる」という記載。

「え、うちの会社は借金なんてしていないのに、なぜ?」

差し押さえられているのは会社の財産ではなく、従業員が会社に対して持っている給与債権。会社は「第三債務者」として法的な義務を負う立場に置かれます。

対応を誤れば、会社が二重払いのリスクを負う債権者から損害賠償請求を受ける、さらには刑事罰すら科される可能性があります。一方で、従業員への配慮を欠けば、プライバシー侵害離職・メンタル不調という別のリスクも顕在化します。本稿は、当法人が日常の顧問業務で実際にお受けするご相談をもとに、「書類が届いた瞬間から、完納まで」の一連の流れを実務目線で解説します。

■ 目次

1. 差押えには「3つのルート」がある
2. 書類が届いた瞬間──「まずやってはいけないこと」
3. 7日以内にやるべき初動対応
4. 差押可能額の正確な計算
5. 支払い方法──直接支払・供託の選択
6. よくある実務トラブルQ&A
7. 従業員の生活再建への道筋──会社ができる「伴走」
8. まとめ──「誠・Think more・伴走」で乗り切る

1 差押えには「3つのルート」がある

従業員の給与を差し押さえる手続には、3つのパターンがあります。会社の対応は概ね共通しますが、根拠法令と窓口が異なります。

ルート 主な債権者 根拠法令 送達機関
@ 民事執行 消費者金融/銀行/養育費等 民事執行法 裁判所(債権差押命令)
A 国税滞納処分 所得税/法人税/消費税等 国税徴収法 税務署(差押通知書)
B 地方税・社保等 住民税/国保/年金等 地方税法/健保法/国年法 市町村/年金機構

■ 最大の違い──「自力執行権」の有無

民間債権者は、裁判所で債務名義を取得するまで最低でも数か月〜1年以上かかります。これに対し国・地方公共団体は自力執行権を有しており、裁判所を通さず督促後10日で差押えが可能です。この違いは、会社側が「いつ届くか分からない」という実務上大きな意味を持ちます。

2 書類が届いた瞬間──「まずやってはいけないこと」

差押命令・差押通知書を受け取った時、絶対にやってはいけないことを先に整理しておきます。

@ 従業員に「全額払ってほしい」と言われて応じる
後で債権者から取立てを受けた際、二重払いを強いられます。
A 書類を放置する・担当者の机にしまいこむ
陳述書の提出期限(2週間)を徒過すると、債権者から損害賠償請求(民事執行法147条2項)。
B 「その従業員は退職した」など虚偽の陳述をする
損害賠償に加え、強制執行妨害目的財産損壊等の罪(刑法96条の2)で刑事責任も。
C 他の従業員に事情を知らせる、噂にする
プライバシー侵害、人格権侵害として損害賠償請求のおそれ。
D 差押えを理由に従業員を解雇・懲戒処分する
原則として違法・無効(詳細は第6章Q3)。
3 7日以内にやるべき初動対応

3-1 まずは書類の正体を見極める

確認項目 ポイント
発出機関 裁判所/税務署/市町村/年金機構など
当事者 債権者・債務者(従業員)・第三債務者(会社)
請求債権目録 金額総額の確認
差押債権目録 「給料債権」「賞与債権」「退職金債権」のいずれが対象か
送達日 第三債務者への送達日(この日から差押効力発生)

※差押債権目録に「給料債権」とだけ記載の場合、役員報酬は含まれません。「給与・賞与・退職金債権」と広く記載されている場合はすべての給付が対象。

3-2 当該従業員に事情を伝える

個室で面談することが鉄則です。伝えるべき内容は3点です。

@ 会社に債権差押命令(または差押通知書)が届いたこと

A 今後、給与の一部を天引きし、債権者への支払い・供託を行うこと

B これは会社の法的義務であって、会社の判断で変更できないこと

■ 面談のポイント:叱責の場にしない

多重債務・税金滞納の背景には、メンタル不調、家庭の事情、病気、失業からの再就職等、様々な個別事情があります。当法人の経験上、頭ごなしに叱責することで従業員が退職し、会社と債権者の双方が損をするケースを多数見てきました。「会社として法的にやるべきことをやるしかない。ただ、あなた自身の生活再建については、必要なら相談に乗る」というスタンスが望ましいでしょう。

3-3 陳述書を返送する(民事執行ルートの場合)

民事執行ルートでは、債権差押命令と一緒に陳述書が届きます。送達から2週間以内に返送する義務があります(民事執行法147条)。

記載項目

● 差押対象債権の存在の有無

● 債権の種類・金額(月額、支払日)

● 弁済意思の有無

● 他の差押え・仮差押えの有無

● 第三債務者として主張する事由(相殺の予約、社内貸付との相殺予定など)

※所得税・住民税・社会保険料は法定控除ですが、住宅ローン、団体生命保険料、組合費、財形貯蓄等の私的控除は原則として法定控除に含まれません。ここを誤ると過少な差押額を報告することになり、債権者から不足分の支払いを求められる原因となります。

4 差押可能額の正確な計算

4-1 民事執行ルート(民事執行法152条)

ステップ1:手取り額(支払期に受けるべき給付)を算出

手取り額 = 給与総額 −(所得税+住民税+社会保険料+通勤手当)
通勤手当は実費弁償的性格のため、差押可能額計算の基礎からも除外するのが実務的取扱い

ステップ2:差押可能額を計算

● 手取り額が44万円以下:差押可能額 = 手取り額 × 1/4
● 手取り額が44万円超:差押可能額 = 手取り額 − 33万円
● 養育費等が原因:差押可能額 = 手取り額 × 1/2

ケース 差押可能額 従業員に残る額
手取り28万円(借金) 7万円 21万円
手取り50万円(借金) 17万円 33万円
手取り30万円(養育費) 15万円 15万円

4-2 滞納処分ルート(国税徴収法76条)

■ 計算例:月収25万円・配偶者+子1人(滞納処分)

源泉所得税・住民税・社会保険料控除後の額を仮に21万円とする
● 4号:10万円+4.5万円×2人 = 19万円
● 5号:(21万円−19万円)×20% = 4000円
● 差押禁止額合計:19万4000円
差押可能額:21万円−19万4000円 = 1万6000円

滞納処分ルートの方が扶養家族がいる場合は差押禁止範囲が広くなる傾向があります(単身低所得者の場合は民事執行ルートより狭くなる場合もあります)。

4-3 賞与・退職金の扱い

区分 民事執行ルート 滞納処分ルート
賞与 手取り4分の3(33万円超は超過部分全額) 給料と合算して差押禁止額を計算(76条3項)
退職金 4分の3が差押禁止(152条2項) 必要経費控除後の4分の3が差押禁止(76条4項)
5 支払い方法──直接支払・供託の選択
ステップ 内容
送達日 債権差押命令が会社に到達 → 差押え効力発生
2週間以内 陳述書を裁判所・債権者に返送
送達+1週間 債権者の取立権発生(民事執行法155条)※ここまでは従業員にも債権者にも支払わない
以後 毎月、直接支払いまたは供託を継続
差押え1件のみ → 権利供託(任意)
@ 直接支払い:債権者指定口座に振込(手数料債権者負担)
A 権利供託:法務局に供託して債務免除
多くの会社は@を選択
差押え競合 → 義務供託(必須)
複数の差押えが重複した場合は必ず供託(民事執行法156条2項)
供託後、事情届を執行裁判所に提出
以後、裁判所が配当手続

■ 注意:税金滞納処分と民事執行の競合は要注意

滞納処分と民間債権者の強制執行が重なった場合は、滞納処分と強制執行との手続の調整に関する法律(滞調法)が適用され、通常の差押え競合と処理が異なります。必ず顧問弁護士・社労士にご相談ください。

6 よくある実務トラブルQ&A
Q1 従業員から「自分で払うから全額支給してほしい」と懇願された
絶対に応じてはなりません。差押命令が届いた時点で、差押え部分の給与は従業員に支払うことが禁止されます(民事執行法145条1項)。従業員に全額支払うと、後に債権者から取立てを受け二重払いを強いられます。
Q2 「自主的に消費者金融に払う」と言って退職を申し出てきた
退職そのものを止める法的権限は会社にありません。ただし、退職後であっても退職金は差押えの対象となりますし、退職後の生活再建(失業給付、生活保護、債務整理等)について情報提供することは、人事担当者としての思いやりのある対応です。
Q3 差押え命令が届いたことを理由に、懲戒解雇や減給処分にできるか
原則として違法・無効です。懲戒処分は就業規則上の懲戒事由に該当し、客観的合理性と社会通念上の相当性を備えなければなりません(労契法15条)。私的な借金や税滞納は、会社の業務に直接的な損害を与えるものではなく、懲戒事由としては極めて弱いと解されます。「差押えを受けた=懲戒処分」という単純な処理は、不当解雇訴訟で敗訴するリスクが極めて高いことをご承知おきください。
Q4 社内貸付と相殺できるか
会社が従業員に対して自ら貸付を行っており、差押え時に期限の利益喪失約款が発動して弁済期が到来した場合は、差押えに優先して相殺できます(最判平成2年11月26日参照)。条件は、@会社自身の貸付、A期限の利益喪失特約の明記、B差押え前の相殺権予約完結権の保有。陳述書に「社内貸付の返済金と相殺するため債権者に支払う意思はない」旨を明記します。
Q5 差押えのある従業員の業務・配置への影響は
原則として通常どおりの扱いが適切です。差押えを理由に配置転換や降格を行うと、不利益取扱いとして争われる可能性があります。ただし、経理・金銭出納・顧客資産を扱う業務等については、業務上必要な配置として整理することは検討に値します。
Q6 社会保険・労災・助成金手続への影響は
差押えがあっても、社会保険・労働保険の資格・手続には直接の影響はありません。標準報酬月額の算定も変わりません。助成金申請や一般的な人事手続も通常どおり進行します。
Q7 差押えは、いつまで続くのか
請求債権(元本+遅延損害金+執行費用)が完済されるまで継続します。民事執行ルートでは、給与・賞与が継続して支払われる限り、毎月・毎賞与に差押えの効力が及びます。途中で債権者が取下げたり、従業員が債務整理(破産・個人再生等)を行った場合は終了します。
7 従業員の生活再建への道筋──会社ができる「伴走」

差押えが始まると、従業員の生活は一気に厳しくなります。手取りが25%減少(民事執行)、あるいは数万円しか残らない(滞納処分で単身者)状況で、家賃・光熱費・食費を賄うのは極めて困難です。会社として情報提供をするだけで、従業員の生活再建を大きく後押しできます。

7-1 債務整理(民間借金が原因の場合)
任意整理:弁護士・司法書士が消費者金融等と和解交渉
個人再生:住宅を残したまま債務を大幅減額(給与差押えは原則停止)
自己破産:債務を全額免除(給与差押えも停止)
法テラス:収入要件を満たせば無料相談・費用立替
7-2 税金・社会保険料の猶予制度(滞納処分が原因の場合)
換価の猶予(国税徴収法151条、地方税法15条の5):1年以内(延長で最大2年)の分納
徴収の猶予(国税通則法46条、地方税法15条):災害・病気・事業廃止等
滞納処分の停止(国税徴収法153条):生活困窮が著しい場合、執行停止。3年継続で納税義務消滅
7-3 生活困窮者自立支援制度
● 市町村の自立相談支援機関での家計改善相談
住居確保給付金:離職等で家賃支払困難な場合の給付
生活福祉資金貸付:緊急小口資金(最大10万円)、総合支援資金等
8 まとめ──「誠・Think more・伴走」で乗り切る

差押え対応は、一見すると事務的・機械的な処理に見えますが、その裏には従業員の人生があります。

■ 経営者・人事労務担当者の皆様への5つのお願い

1 迅速な初動対応で二重払い・損害賠償のリスクを回避する
2 正確な計算で、従業員にも債権者にも法的義務を果たす
3 プライバシーに配慮し、面談は個室で、情報共有は担当者限定で
4 安易な懲戒・解雇は避ける。法的リスクが高く、訴訟で敗訴するケースが多い
5 生活再建の情報提供を。会社の「伴走」が従業員の立ち直りと長期的な組織への貢献につながる

■ T&M Nagoyaの想い

当法人の経営理念は「顧客のために」、VALUESは「誠・Think more・伴走」です。
「顧客のために」とは、経営者のためだけを意味しません。経営者が雇用する従業員の生活と未来もまた、私たちが誠実に向き合うべき対象です。法令遵守は最低限のラインに過ぎず、そこから一歩踏み込んだ対応こそが、企業の信頼と持続可能性を創り出します。

おわりに──「あの人に相談すれば何とかなる」と思える存在に

差押えへの対応は、経営者・総務担当者にとって突発的で、しかし極めて専門性が高い業務です。間違えば会社のリスク、従業員の生活、両方を損ないます。

当法人は、年間350件以上の相談・20年以上の紛争解決実績のなかで、こうした差押え対応のご相談も数多くお受けしてきました。顧問契約を結んでいただいている企業様であれば、書類が届いた当日のご相談にも対応可能です。「あの人に相談すれば何とかなる」──そう思っていただける存在でありたい。それが当法人の変わらぬ想いです。

【免責事項・相談のご案内】

本稿は一般的な実務解説であり、個別事案の法的助言を目的とするものではありません。実際の差押え対応にあたっては、顧問弁護士・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。

社会保険労務士法人T&M Nagoya

名古屋市中区丸の内2-14-4 エグゼ丸の内206号

代表社員:特定社会保険労務士 三重 英則

年間相談件数350件以上/紛争解決実績20年以上

VALUES 誠・Think more・伴走

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■ 参考法令

民事執行法143条〜167条/民事執行法施行令2条/国税徴収法47条・62条〜67条・76条・77条・151条・153条/国税徴収法施行令34条/滞納処分と強制執行との手続の調整に関する法律/地方税法331条・728条/健康保険法180条/国民年金法96条/労働契約法5条・15条・16条/労働基準法24条/民法481条・510条/刑法96条の2