作成日:2026/04/19
【実務】給与差押えはどこまで許されるのか ── 徳島地裁判決に学ぶ、差押禁止の法的枠組みと 「振込直後の預金差押え」の違法性
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COLUMN|労務×税務の交差点
給与差押えはどこまで許されるのか
── 徳島地裁判決に学ぶ、差押禁止の法的枠組みと 「振込直後の預金差押え」の違法性
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2026年4月16日、読売新聞オンラインが驚くべき事件を報じました。
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住民税を滞納していた徳島市の30歳代男性が、給与支給日に口座を差し押さえられ、残高が0円になった。家賃も光熱費も払えず、友人に生活費を借り、食事は1日1食、水で空腹をしのいだ──
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男性は徴収業務を担う「徳島県市町村総合事務組合」を提訴。令和7年2月、徳島地裁は「差し押さえ可能な範囲を超えている」として、約7万6000円の返還を命じました(両当事者控訴、高松高裁係属中)。
「納税は義務」──これは動かぬ真実です。しかし、差押えが受給者の生命や生活そのものを脅かすことが許されるのか。本稿では、20年以上の紛争解決実績をもつ当法人の視点から、差押えの法的枠組みを条文と判例に即して徹底解説します。
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■ 目次
1. 差押えに関する2つの法体系 2. 給与差押えの範囲──原則「4分の3は差押禁止」 3. 核心論点──「給与振込直後の預金」は差押可能か 4. 重要判例の系譜──「実質的差押え」理論の確立 5. 国税庁通達の大転換──令和2年1月31日付指示 6. 徳島地裁判決の意義 7. まとめ──差押えの「許される範囲」の整理 8. 経営者・実務家の皆様へ
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差押えには大きく分けて2つのルートがあります。
| @ 民間債権者による強制執行 |
例:銀行・消費者金融の貸金回収 民事執行法が適用 |
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| A 国・地方公共団体による滞納処分 |
例:税金・社会保険料の滞納徴収 国税徴収法が適用(地方税も国税徴収法の例による) |
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徳島の事件はAのルート、すなわち住民税滞納に基づく滞納処分です。両者で差押禁止の範囲や手続に細かな差異があるため、まずそれぞれの基本ルールを整理します。
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給与差押えの範囲──原則「4分の3は差押禁止」 |
2-1 民事執行法における差押禁止(民事執行法152条)
民事執行法152条1項は、給料・賃金・俸給・退職年金・賞与等の債権について、「支払期に受けるべき給付」の4分の3に相当する部分を差押禁止としています。ただし、民事執行法施行令2条により、手取り月額が44万円を超える場合は、33万円を超える部分は全額差押え可能です。
| 手取り月額 |
差押可能額 |
債務者に残る額 |
| 24万円 |
6万円(4分の1) |
18万円 |
| 50万円 |
17万円(50万−33万) |
33万円 |
※養育費・婚姻費用等が請求債権の場合は、債権者保護の要請が強いため、差押禁止部分が2分の1に縮減されます(民事執行法152条3項)。
2-2 国税徴収法における差押禁止(国税徴収法76条)
滞納処分による差押えの場合、国税徴収法76条1項が適用されます。民事執行法とは計算式が異なり、以下の合計額が差押禁止となります。
| 号 |
差押禁止額の内訳 |
| 1号 |
源泉徴収される所得税相当額 |
| 2号 |
特別徴収される住民税相当額 |
| 3号 |
給料から控除される社会保険料相当額 |
| 4号 |
生活扶助の基準となる金額(1月10万円+親族1人4万5000円加算) |
| 5号 |
上記1〜4号を控除した残額の20%相当額(4号の2倍が上限) |
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■ 本件男性のケース(単身・月収15万円)の概算
4号:10万円(単身)/5号:(15万円−各種控除−10万円)×20%(小額) ⇒ 差押禁止額は概ね10万円強、差押可能額は4〜5万円程度 にもかかわらず、本件では13万円全額が差し押さえられました。 単純な給与差押えとしては明らかに「過剰差押え」──ここに「給与」と「預金」の線引き問題があります。
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核心論点──「給与振込直後の預金」は差押可能か |
3-1 最判平成10年2月10日──組合が根拠とした判決
組合側が根拠としたのは、最高裁平成10年2月10日第三小法廷判決(金法1535号64頁)です。
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労災保険金等の差押禁止債権について、その給付金が受給者の金融機関における預金口座に振り込まれると、それは預金者の当該金融機関に対する預金債権に転化し、受給者の一般財産になる
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要するに、「給与は振込まれた瞬間に『預金』に化けるから、差押禁止属性は失われる」という論理です。
3-2 「狙い撃ち差押え」の違法性を認める潮流
しかし、現在の給与支払いは口座振込が圧倒的多数です。国税徴収法76条2項は、制定当時(昭和34年)の給与手渡しを前提とした規定であり、口座振込が普遍化した現代では、差押禁止の趣旨が形骸化してしまいます。そこで、下級審レベルで「給与振込日を狙い撃ちした預金差押えは、実質的に給与自体を差し押さえるのと同じ」という判断が積み重ねられてきました。
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| 判決年月日 |
裁判所 |
判決のポイント |
| H25.11.27 |
広島高裁松江支部 |
鳥取県児童手当差押事件。振込9分後の差押えは「実質的に児童手当を受ける権利自体を差し押さえたのと変わりがない」 |
| H30.1.31 |
前橋地裁 |
年金を原資とする預金差押えに同様のロジックを適用 |
| H30.12.19 |
東京高裁 |
最低限の生活費に相当する金額を差押え禁止とした法の趣旨を尊重 |
| R1.9.26 |
大阪高裁 |
「決定打」となった判決。実質的に差押禁止債権を差し押さえたと同視できる場合は違法、との判断枠組みを明確化 |
| R4.10.26 |
東京高裁 |
「給与に係る債権の差押えと実質的に同視できるか」という判断枠組みをより洗練 |
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| 5 |
国税庁通達の大転換──令和2年1月31日付指示 |
このような判例の積み重ねを受け、国税庁は令和2年1月31日、歴史的な通達を発出しました。
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「差押禁止債権が振り込まれた預貯金口座に係る預貯金債権の差押えについて(指示)」 (令和2年1月31日付/国税庁徴収部長)
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通達の5つのポイント
| 1 |
実質的に差押禁止債権等を差し押さえたものと同視できる場合には、差押可能部分以外の部分については、差押えを行わない |
| 2 |
差押えに先立ち、預貯金債権の入出金状況を調査・把握する |
| 3 |
入金が差押禁止債権等の振込みのみ、または実質的にこれと同視される場合には、差押可能部分を超える差押えを行わない |
| 4 |
差押可能金額は、国税徴収法76条1項各号の合計(差押禁止額)を控除して算出する |
| 5 |
差し押さえた預貯金の取立ては、原則として差し押さえた日から10日間程度の間隔を置いた上で行う(納税者が換価猶予・滞納処分停止の申立て等を行う時間的余裕の確保) |
これはまさに「当たり前の結論」に20年かかって到達したと評されるべき重要な通達です。
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徳島地裁令和7年2月判決は、以上の判例・通達の流れに沿って、住民税徴収事案において「差押え可能な範囲を超えている」と判断し、超過分約7万6000円の返還を命じました。報道によれば、同判決は次の事実を重視したと考えられます。
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● 組合側と男性の会話が「勤務先から給与があるとの認識を前提としていた」こと(=振込日・金額を認識)
● 口座残高約13万円がほぼ全額、給与振込みによって形成された金額だったこと
● 残高0円により生活が現実に破綻したこと
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一方、慰謝料約70万円は認められませんでした。組合側が令和2年1月31日通達後にもかかわらず旧来の最判平成10年を機械的に適用した点は重大ですが、国賠法上の「違法性」(故意・過失)を認定するハードルが別途存在するためと推察されます。
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7-1 給与そのものの差押え(第三債務者=勤務先)
| 区分 |
差押禁止部分 |
差押可能部分 |
| 民事執行(原則) |
手取り4分の3(44万円超なら33万円) |
手取り4分の1 |
| 民事執行(養育費等) |
手取り2分の1 |
手取り2分の1 |
| 滞納処分 |
税・社保控除後+生活扶助相当額+残額の20% |
それ以外 |
7-2 預金の差押え
| 状況 |
差押えの可否 |
| 通常の預金 |
全額差押え可能(最判H10.2.10) |
| 差押禁止債権振込直後で、振込日・金額を認識して狙い撃ちしたもの |
違法の可能性が高い |
| 生活の維持を困難にする差押え |
差押え猶予・解除の対象(令和2年通達) |
7-3 滞納者側の救済手段
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● 換価の猶予申請(国税徴収法151条)
● 滞納処分の停止申請(国税徴収法153条)
● 差押禁止債権の範囲変更の申立て(民事執行法153条1項)
● 審査請求(差押えを知った日の翌日から3か月以内)
● 取消訴訟・国家賠償請求訴訟
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当法人が扱う労働問題の現場では、従業員の給与差押えに関する相談は決して珍しいものではありません。
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@ 勤務先として第三債務者となる場合
会社は民事執行法155条の取立てに応じる義務を負い、労働基準法24条(賃金直接払いの原則)違反の問題は生じません(東京高決昭和33年4月24日)。ただし、差押禁止範囲の計算を誤ると、従業員から過払い分の返還請求を受けるおそれがあります。
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A 従業員が滞納処分を受け、生活が破綻の危機にある場合
使用者として「差押えの範囲が法的に正しいか」を確認するよう助言することは、安全配慮義務(労契法5条)の観点からも意義があります。生活の破綻はメンタル不調・休職・離職の引き金になりかねません。
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■ T&M Nagoyaのスタンス
当法人の経営理念は「顧客のために」、ミッションは「経営者と共に歩き、最善の解を導き出す」です。 企業の皆様には、単に法的ルールを守るだけでなく、従業員の生活を守る視点をお持ちいただきたい。それが結果として、組織の信頼と持続可能性につながると確信しています。
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おわりに
徳島の事件で地裁は「差押え可能な範囲を超えている」と判断しましたが、両当事者は控訴しており、現在高松高裁で係属中です。高裁・最高裁の判断次第では、全国の自治体の徴収実務に大きな影響を及ぼす可能性があります。
「納税は義務である」──それは正しい。しかし、徴収のあり方が受給者の生命と生活を脅かすことがあってはならない。これは、判例・通達の潮流が一貫して示してきた方向性です。労働問題・税務問題は、しばしば「法律の文言と、人の生活との間」で揺れ動きます。当法人は、法令遵守を前提としつつ、経営者・従業員双方の視点から、最善の解を共に導き出す伴走者でありたいと考えています。
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【免責事項・相談のご案内】
本稿は現時点で公表されている裁判例・行政通達等に基づく当職の分析であり、個別事案の結論を保証するものではありません。実際の差押処分・滞納処分への対応については、弁護士・税理士・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。
社会保険労務士法人T&M Nagoya
名古屋市中区丸の内2-14-4 エグゼ丸の内206号
代表社員:特定社会保険労務士 三重 英則
年間相談件数350件以上/紛争解決実績20年以上
VALUES 誠・Think more・伴走
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■ 参考法令・判例
国税徴収法76条/77条/151条/152条/153条/国税徴収法施行令34条/民事執行法152条/153条/155条/民事執行法施行令2条/児童手当法15条/最判平成10年2月10日(金法1535号64頁)/広島高裁松江支部判決平成25年11月27日(金判1432号8頁)/前橋地裁判決平成30年1月31日/東京高裁判決平成30年12月19日/大阪高裁判決令和元年9月26日/東京高裁判決令和4年10月26日/神戸地裁尼崎支部判決令和3年8月2日/国税庁「差押禁止債権等に関する留意事項(連絡)」(平成31年4月23日)/国税庁「差押禁止債権が振り込まれた預貯金口座に係る預貯金債権の差押えについて(指示)」(令和2年1月31日)/徳島地裁判決令和7年2月
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