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作成日:2026/04/18
【裁判例】5カ月間の「見て見ぬふり」が懲戒処分を無効にした 注意指導を経ない懲戒は裁量権の逸脱 ─ 大阪地裁令和8年3月30日判決に学ぶ
判例解説
5カ月間の「見て見ぬふり」が懲戒処分を無効にした
注意指導を経ない懲戒は裁量権の逸脱 ─ 大阪地裁令和8年3月30日判決に学ぶ
社会保険労務士法人T&M Nagoya|経営者・人事担当者向け実務解説
📌 本記事の要点
・大阪地裁が、注意指導を経ずに行った懲戒処分を「裁量権の逸脱・濫用」として取消
・違反行為を認識しながら5カ月以上にわたり記録のみを続けた市の対応が信義則に反すると認定
・「記録開始」と「指導開始」は一体で行わなければならない
・民間企業の懲戒実務にも直結する、極めて実務的意義の高い判決

従業員の問題行動を認識しながら、すぐには注意せず、証拠を積み上げてから一気に重い処分を下す──。一見、使用者として「万全を期した」対応にも見えるこの手法が、裁判所から真っ向から否定された判決が出ました。

令和8年3月30日、大阪地方裁判所(中島崇裁判長)は、門真市が元職員2名に対して行った減給処分・戒告処分を取消す判決を下しました。本判決は地方公務員の組合活動事案ですが、その射程は民間企業の懲戒実務全般に及びます。

本記事では、経営者・人事担当者の視点から、この判決が使用者に突きつけた実務的教訓を解説します。

1. 事案の概要

本件は、大阪府門真市の元職員2名(門真市職員労働組合の執行委員長・副執行委員長を務めていた60代男性)が、勤務時間中の組合活動を理由に受けた減給処分(給与10%×1カ月)・戒告処分の取消を求めた事案です。

■ 時系列で見る本件の経緯
平成21年3月 市と労組がガイドライン策定。勤務時間中に従事可能な組合活動を5類型に明確化
平成31年4月 市民から「幹部が勤務時間中に長時間組合活動をしている」との問合せメール受領。人事課が離席時間の記録を開始
令和元年5月10日 【裁判所が指摘】遅くともこの時点で注意指導を行うべきだった
令和元年10月31日 記録終了。この間、注意指導は行われなかった
令和2年10月14日 市が執行委員長に減給10%×1カ月、副執行委員長に戒告処分
令和8年3月30日 大阪地裁、処分取消を命じる判決

記録された離席時間は以下のとおりです。

減給処分を受けた執行委員長:1日平均76分程度の組合活動
戒告処分を受けた副執行委員長:月3〜5回・1回につき10〜20分程度
・人事課記録:1日の離席時間平均 午前35分・午後41分

なお、職員らは組合活動の際、ホワイトボードに「組合」と記載したマグネットを貼り、戻りの時刻を記入して上司の承諾を得る運用をとっていました。しかし上司はガイドラインの内容を把握しておらず、「誤解されることのないように」と一般的な注意喚起をしただけで、離席自体を止めませんでした。

2. 大阪地裁の判断

裁判所は、処分を裁量権の逸脱・濫用にあたり違法として取消を命じました。判決の核心は次の点にあります。

■ 判決の骨子
(1) 職務専念義務違反の懲戒事由自体は認定
ガイドラインで認められていない組合活動のための離席は、職務専念義務違反の懲戒事由にあたると認定。

(2) 黙認状態の認定
長年にわたり上司が注意・指導をしてこなかったため、職員らが「勤務時間中の組合活動は黙認されている」と受け止めることがあり得る状況だったと認定。

(3) 注意指導義務の認定
遅くとも令和元年5月10日以降、注意指導を行うべきだったにもかかわらず、5カ月以上離席を止めずに記録を続けた。

(4) 裁量権の逸脱・濫用
「誤った認識を是正する機会を与えず、非違行為を重ねるのを待って懲戒処分に及んでおり、信義則に反する」として、裁量権を逸脱・濫用したものと判断。

つまり裁判所は、職員の行為が職務専念義務違反に該当すること自体は認めつつも、処分に至るプロセスに重大な瑕疵があったと判断したのです。市側は判決後「判決内容を精査して適切に対応する」とコメントしており、控訴の可能性もあります。

3. 本判決が民間企業に与える示唆

本件は地方公務員の事案ですが、判決の論理は労働契約法第15条(懲戒権濫用)の判断枠組みと同一であり、民間企業の懲戒実務にも直接適用される考え方です。

特に以下の場面で、同様のリスクが顕在化します。

■ 本判決のロジックが及び得る場面
・従業員の勤務態度不良を長期間黙認した後の懲戒
・私的メール・SNS利用を黙認しながら突然の処分
・遅刻常習を放置した後の懲戒解雇
・副業禁止違反の黙認後の処分
・残業申請なしの残業を黙認した後の処分
・服装規程違反を見過ごしていた後の懲戒

いずれのケースも、「見て見ぬふり」をしてきた事実が、後の処分の有効性を奪う要因となり得ます。

4. 実務上の3つの教訓
教訓1:「記録開始」と「指導開始」は一体で行う

本件で市が犯した最大の誤りは、市民通報を受けて記録を始めたが、並行して注意指導をしなかったことです。

問題行動を認知した時点が、懲戒処分の起点ではなく指導の起点であるという発想が不可欠です。証拠を固めてから一気に処分する手法は、「非違行為を重ねるのを待っていた」と評価され、使用者の信義則違反・裁量権濫用となります。

教訓2:管理職のルール把握を徹底する

本件では、上司がガイドラインを把握していなかったことが、職員の「黙認されている」という認識を生む決定的要因となりました。

就業規則・社内ルール・ガイドラインの内容を管理職が理解していなければ、現場で違反を是正することはできません。就業規則を改定したら管理職研修をセットで実施する、定期的に管理職向けのルール確認機会を設けるなど、管理職へのルール浸透は使用者の重要な責務です。

教訓3:段階的指導を制度化する

懲戒処分は「最終手段」であり、その前に段階的な指導プロセスが必要です。

■ 段階的指導のモデルフロー
@ 口頭注意(その場で。日時・内容をメモ)

A 文書注意(注意書・指導書の交付。写しを人事保管)

B 改善指示書・警告書(改善期限を設定)

C それでも改善されない場合に懲戒処分を検討

このプロセスを踏むことで、「改善の機会を与えたが改善されなかった」という処分の正当性が確保されます。

5. 今すぐ取り組むべき実務アクション

本判決を踏まえ、使用者が早急に点検すべきポイントを整理します。

✓ チェックポイント5項目
□ 1. 就業規則・社内ルールを管理職全員が正確に把握しているか
□ 2. 違反行為を認知したときの初動マニュアルが整備されているか
□ 3. 口頭注意・文書注意の記録フォーマットが用意されているか
□ 4. 「長年黙認してきた慣行」が社内に存在しないか
□ 5. 懲戒処分前に段階的指導を経ているかの確認ルートがあるか

特に4点目は盲点になりがちです。「長年そうしてきた」こと自体が、将来の処分の障害になるという意識を経営層・管理職が共有する必要があります。

過去に黙認してきた慣行がある場合、いきなり処分するのではなく、まず「今後は厳格に運用する」旨を全社に明示的に通知し、そのうえで違反があった場合に段階的指導を経て処分に至る、という手順が不可欠です。

6. まとめ

本判決が経営者・人事担当者に突きつけているメッセージは、シンプルかつ本質的です。

処分の前に、指導あり。
懲戒は、従業員を断罪する道具ではなく、
組織規律を維持し従業員を育成するプロセスの一部である。

違反を認知した瞬間に適切な指導を行うことは、一見すると「面倒」で「角が立つ」対応に見えるかもしれません。しかし、それこそが従業員との信頼関係を守りながら組織規律を維持する唯一の道であり、将来の処分の有効性を担保する基盤でもあります。

本判決を機に、自社の指導・懲戒プロセスを一度点検されることを強くお勧めします。

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■ 根拠法令・参考判例
・労働契約法第15条(懲戒)
・民法第1条第2項(信義誠実の原則)
・地方公務員法第29条(懲戒)、第35条(職務専念義務)、第55条の2(職員団体との交渉)
・大阪地裁令和8年3月30日判決(門真市職員組合活動事件)
■ 免責事項
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別事案への法的助言を行うものではありません。実際の懲戒処分の実施や就業規則の改定にあたっては、事実関係の詳細を踏まえた専門家による個別判断が不可欠です。必ず社会保険労務士・弁護士等の専門家にご相談ください。なお、本判決は令和8年4月時点で確定しておらず、控訴により判断が変わる可能性があります。
■ 執筆者
三重 英則(みえ ひでのり)
社会保険労務士法人T&M Nagoya 代表社員
特定社会保険労務士 / 経営心理士 / 経営法曹会議賛助会員

経営者と共に歩き、最善の解を導き出すことを使命とし、
労働法・社会保険分野の最新情報を経営実務の視点から発信しています。