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作成日:2026/04/17
【裁判例】D事件(東京地裁・2025年9月決定) ― 代表取締役のパワハラで新入社員死亡、 1億5千万円の賠償と社長辞任の衝撃 ―
裁判例解説 パワハラ
代表取締役のパワハラで新入社員が死亡
― 東京地裁「調停に代わる決定」
1億5千万円の支払いと社長辞任 ―
社会保険労務士法人T&M Nagoya
 
📌 この記事の要点
化粧品メーカーの代表取締役が新入社員に対し約50分間にわたり人格を否定する言動を行い、被害者は精神疾患を発症したのち死亡した(報道ベース)
東京地裁が「調停に代わる決定」(民事調停法17条)を行い、会社と元社長が連帯して1億5千万円を支払う内容で確定。社長は辞任
所轄労働基準監督署が業務起因性を認め労災認定済み。民事上も解決金という形で会社側が責任を受け入れた
代表者個人の責任は民法709条、会社の責任は会社法350条・労働契約法5条が主たる根拠となる
「会社のトップ」自らが加害者となる最悪のシナリオ ― 経営層こそがハラスメント対策の最重要対象であることを突きつけた事案
2025年9月、全国的に報道された一つのパワーハラスメント事件が法的に決着しました。ある化粧品メーカーの代表取締役による新入社員へのパワハラが原因で当該社員が死亡し、東京地方裁判所の「調停に代わる決定」により、会社と元社長が連帯して1億5千万円を支払うとともに社長が辞任するという、異例の内容で確定したものです。

本件は、代表取締役・経営者自身が加害者であるという点でも、解決金額の大きさという点でも、企業の労務管理に与えた影響は小さくありません。経営者・人事担当者の皆様にとって決して他人事ではない事案として、本記事で解説します。

※ 本記事は公開報道および法令に基づく解説です。ご遺族・関係者のプライバシーに配慮し、企業名・個人名等は記載していません。事実関係は報道によるものであり、決定書の内容そのものを確認したものではありません。
1. 事案の概要
■ 当事者
加害者とされたのは、化粧品メーカーの代表取締役(以下「B氏」)。被害者は、2021年4月に新卒で同社に入社した当時25歳の女性社員(以下「Cさん」)です。

■ 問題となった言動
2021年12月23日、Cさんは先輩社員との業務上のトラブルをきっかけに、B氏から社長室へ呼び出されました。報道によれば、B氏は先輩社員の言い分を前提として、約50分間にわたり次のような言動を繰り返したとされています。なお、Cさんは取引先への直行について上司の許可を得ていたにもかかわらず、無許可の直行であるとして叱責されたと報じられています。
報じられた発言・言動 パワハラの類型
「大人をなめるな」「会社をなめるな」といった威圧的な叱責 精神的な攻撃(威圧的言動)
動物にたとえて人格を否定する侮辱的な言葉(翌日にも同旨の発言) 精神的な攻撃(人格の否定・侮辱)
「一回帰っていい、自宅待機」といった一方的な就労排除の宣告 精神的な攻撃/地位の不安をあおる言動
これらは、業務上の問題点を指導するという域を超え、相手の人格そのものを否定・侮辱する内容を含むものでした。しかも代表取締役という会社の最高責任者からの言動であり、入社8か月の新入社員が反論・抵抗することは事実上困難であったといえます。
■ 経過(時系列/報道ベース)
時期 出来事
2021年4月 Cさんが新卒入社(当時25歳)
2021年12月23日 代表取締役による約50分間の叱責。翌日にも侮辱的発言
2022年1月 精神疾患と診断され休職開始
2022年7月 会社が休職期間満了を理由に労働契約終了(解雇)を通知
2022年8月15日 会社から健康保険証の返納を求め、不正使用は警察に相談する旨を記載した書面が送付される
2022年8月24日 Cさんが自死を図る(一命はとりとめるも意識は戻らず)
2023年7月 家族側が東京地裁に損害賠償請求訴訟を提起
2023年10月 意識が回復しないまま死亡(当時27歳)
2024年5月 所轄労働基準監督署がパワハラを原因とする労災認定
2025年9月9日 東京地裁が「調停に代わる決定」:1億5千万円の支払い・社長辞任・謝罪・再発防止
2025年9月10日 B氏が退任。双方が異議を申し立てず決定が確定
2. 本件で問題となった論点
論点@:代表取締役の言動はパワハラに該当するか
労働施策総合推進法30条の2第1項および同法に基づく指針(令和2年厚生労働省告示第5号)は、職場におけるパワーハラスメントを、@優越的な関係を背景とした言動であって、A業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、B労働者の就業環境が害されるものという3つの要素をすべて満たすものと整理しています。本件の言動がこれに当たるかが問題となりました。

報道によれば、会社側は訴訟の過程で「Cさんに度重なる問題行動があったため適切な業務指導を行ったものであり、パワハラではない」と主張していたとされます。

論点A:言動と死亡との間に相当因果関係が認められるか
叱責を受けて精神疾患を発症し、その後自死に至ったという経過について、損害賠償責任を基礎づける「相当因果関係」が認められるかどうかが、金額を大きく左右する論点でした。
3. 東京地裁の「調停に代わる決定」
2025年9月9日、東京地方裁判所は本件について「調停に代わる決定」(民事調停法17条、いわゆる17条決定)を行いました。報道によれば、その内容は次のとおりです。
📋 決定の主な内容(報道ベース)
会社と元代表取締役が連帯して遺族に1億5千万円を支払う
元代表取締役の辞任(決定翌日付で退任)
社長のパワハラが自死につながったことを会社として認める
遺族への謝罪および再発防止の実施
■「調停に代わる決定」(17条決定)とは
調停において当事者間の合意成立の見込みがない場合等に、裁判所が職権で、一切の事情を考慮して事件の解決に必要な決定をする制度です(民事調停法17条)。訴訟が係属している事件についても、裁判所が事件を調停に付したうえで(同法20条)用いられることがあります。

当事者が決定の告知を受けた日から2週間以内に異議を申し立てれば決定は効力を失い(同法18条1項・4項)、異議がなければ裁判上の和解と同一の効力を有します(同法18条5項)。

ここは誤解されやすい点ですが、17条決定は判決ではなく、裁判所が理由を付して法的判断を示すものでもありません。したがって本件について「裁判所がパワハラと死亡の因果関係を認定した」と断定することはできません。もっとも、裁判所が1億5千万円という水準の解決案を提示し、双方が異議を述べずに確定させたという事実は、訴訟を継続した場合の見通しについて、双方が一定の共通認識に至ったことを推測させます。

また、決定の内容に代表取締役の辞任が盛り込まれること自体が極めて異例であり、事案の重大性がうかがえます。
4. 法的根拠と実務的な深掘り解説
(1)代表取締役が加害者である場合の責任構造

本件で最も重要な点は、加害者が代表取締役であったことです。一般の従業員から見れば、代表取締役の言葉には事実上絶対的な力があり、反論・拒否することは実質的に困難です。

そして法的にも、加害者が一般の上司である場合と責任の構成が異なります。実務上しばしば混同されますが、代表取締役の職務執行に伴う加害行為について会社が負う責任の根拠は、原則として民法715条(使用者責任)ではなく会社法350条です。
責任の種類 根拠 概要
代表取締役個人の不法行為責任 民法709条 故意・過失による権利侵害として、加害者本人が被害者に直接責任を負う。会社が支払っても、個人の責任が消えるわけではない
会社の責任(代表者の行為) 会社法350条 代表取締役がその職務を行うについて第三者に加えた損害を、会社が賠償する責任。免責事由が定められていない点で民法715条より会社に厳しい
会社の安全配慮義務違反 労働契約法5条 労働者の生命・身体等の安全を確保する契約上の義務。代表者自身が加害者である場合、その違反は極めて重い
他の役員の対第三者責任 会社法429条1項 職務執行につき悪意・重過失があった役員の責任。代表者の言動を知りながら放置した他の取締役・監査役にも波及しうる
措置義務違反 労働施策総合推進法30条の2 相談体制の整備等の措置義務。代表者が当事者では体制が機能せず、行政指導・企業名公表のリスクも生じる
(2)労災認定と民事責任の関係

2024年5月、所轄労働基準監督署がCさんの死亡について業務上の精神障害による自殺として労災認定したと報じられています。

労災認定は、厚生労働省の「心理的負荷による精神障害の認定基準」に沿った行政上の判断であり、民事上の損害賠償責任を直接基礎づけるものではありません。しかし、業務と精神障害・自死との因果関係を公的機関が肯定した事実は、民事の場でも有力な間接事実として機能します。

なお、労災保険給付は原則として慰謝料を対象とせず、遺族補償給付等が支給されても、それを超える損害については別途民事責任が残ります(支給額は損益相殺の対象となりうるにとどまります)。「労災が下りたから会社の負担は終わり」ではない点にご注意ください。
(3)人格否定発言の法的評価

厚生労働省のパワハラ防止指針(令和2年厚生労働省告示第5号)は、「人格を否定するような言動」を精神的な攻撃型パワハラの典型例として明示しています。

重要なのは、回数ではなく内容の悪質性で判断されうるという点です。裁判例上も、人格を否定する侮辱的表現については、反復継続がなくても違法性が認められる場合があります。本件では、そのような言動が約50分間にわたって続き、翌日にも繰り返されたとされており、悪質性が高いと評価されたものと考えられます。
(4)解決金1億5千万円という水準

1億5千万円は、ハラスメント事案としては非常に高額な部類に入ります。ただし本件は17条決定による解決であり、内訳は公表されていません。

一般に、過労自死等の損害賠償では「逸失利益」「死亡慰謝料」「葬儀費用」「弁護士費用」等が算定要素となり、被害者が若年であるほど就労可能年数が長く、逸失利益が大きくなる傾向があります。加えて本件では、休職中の対応や解雇後の書面送付など会社側の事後対応の悪質性も金額に影響した可能性がありますが、これはあくまで公表情報からの推測です。

いずれにせよこの水準は、経営者にとってハラスメントが「経営リスク」そのものであることを端的に示しています。
5. 本件が示す実務上の示唆
示唆@ 「トップ自らが加害者」という最悪のシナリオ
多くの企業では「ハラスメント対策=管理職教育」と考えられています。しかし本件は代表取締役自身が加害者であり、措置義務の前提となる社内体制が構造的に機能しないケースです。相談窓口が人事部に置かれていても、社長を相手取った申告は事実上できません。

外部相談窓口(第三者機関)の設置 ― 経営層に関する申告の受け皿を社外に確保する
取締役会・監査役によるガバナンス ― 代表者の言動をチェックし、必要なら是正できる体制
経営層自身への研修 ― 代表取締役・役員を研修対象から外さない
示唆A 「一度きり」でも違法になりうる
人格を否定する言葉は、反復継続していなくとも深刻な心理的ダメージを与えます。

「少しきつく言っただけ」「厳しく指導しただけ」という認識
「相手に非があったのだから正当な指導だ」という抗弁 ― 指導の必要性があっても、手段としての人格攻撃は正当化されません
密室での長時間の叱責 ― 時間・場所・同席者の設定自体が「相当性」の判断要素になります
示唆B 休職者の契約終了は「原因」の確認が先
本件では、休職開始から約半年後に休職期間満了を理由とする契約終了が通知され、さらに保険証の返納と警察への相談を示唆する書面が送付されたと報じられています。

私傷病休職制度は「業務外」の傷病を前提とする制度です。休職の原因が業務上の事由(パワハラ・長時間労働等)であれば、そもそも私傷病休職の枠組みで処理すべき事案ではなく、療養のため休業する期間およびその後30日間は解雇が制限されます(労働基準法19条1項)。

しかも業務起因性の判断は、労災認定を待たずとも会社側で一定の見極めが可能です。本件でも、パワハラ申告があった時点で調査を行っていれば、その後の対応は大きく変わり得ました。「認定されていないから業務外として処理してよい」という発想は、後の紛争で最も厳しく問われます。
■ 精神疾患による休職者の取扱い チェックリスト
☐ 休職の原因に業務起因性(ハラスメント・長時間労働等)がないか確認したか
☐ ハラスメントの申告・示唆があった場合、事実調査を実施し記録を残したか
☐ 主治医・産業医の意見を踏まえた復職判断のプロセスを踏んでいるか
☐ 復職支援(リハビリ出勤・リワーク等)の検討を行ったか
☐ 就業規則上、休職期間満了時の効果が「自然退職」か「解雇」か明確か
☐ 通知の時期・文面が威圧的になっていないか(第三者が読んで妥当か)
☐ 労基法19条(療養のための休業期間中等の解雇制限)に抵触しないか
示唆C 役員へのハラスメント研修は法の要請でもある
労働施策総合推進法30条の3は、国・事業主・労働者の責務を定めています。このうち第2項は、事業主に対し、雇用する労働者の関心と理解を深めるための研修の実施等を求めています。

さらに第3項は、「事業主(その者が法人である場合にあっては、その役員)は、自らも」優越的言動問題に対する関心と理解を深め、労働者に対する言動に必要な注意を払うよう努めなければならないと定めています。つまり、役員自身が名宛人となる規定が法律上明記されているのです(努力義務)。

多くの企業の研修が管理職以下を対象としていますが、最も大きな権限を持つ経営層こそ、その言葉の影響力を自覚する機会が必要です。
6. まとめ ― 本件から学ぶべき3つの教訓
本件は、新卒で入社した社員が、社会人としての一歩を踏み出した直後に職場で追い詰められた事案です。当法人として、経営者・人事担当者の皆様に強くお伝えしたいのは次の3点です。
権限が大きいほど、言葉の重みは増す
代表取締役の一言は、新入社員にとって逃げ場のない宣告になりうる。同じ言葉でも、誰が言うかで違法性の評価は変わる
指導の必要性は、人格攻撃を正当化しない
「相手に非があった」という主張は、手段の相当性を欠けば通らない。何を言うかだけでなく、どこで・どれだけの時間・誰の前で言うかも問われる
事後対応こそが被害と責任を拡大させる
最初の言動より、その後の調査の不在・休職者への対応・威圧的な通知が、事態を決定的に悪化させる。トップを牽制できる仕組みと、冷静な事後対応の型を平時に用意しておく
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📖 根拠法令・参考資料
・労働施策総合推進法(昭和41年法律第132号)第30条の2、第30条の3
・事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)
・労働契約法(平成19年法律第128号)第5条
・民法第709条
・会社法(平成17年法律第86号)第350条、第429条第1項
・民事調停法(昭和26年法律第222号)第17条、第18条、第20条
・労働基準法(昭和22年法律第49号)第19条
・心理的負荷による精神障害の認定基準(令和5年9月1日付基発0901第2号)
・2025年9月の各紙報道(事案の経過・決定内容について)
※ 本記事は公開報道および法令情報に基づき、経営者・人事担当者の皆様への情報提供を目的として作成しています。ご遺族・関係者のプライバシーに配慮し、企業名・個人名等は記載していません。事案の経過は報道によるものであり、決定書の内容を直接確認したものではありません。個別の法的判断や具体的なハラスメント対応については、社会保険労務士または弁護士にご相談ください。本記事の内容は執筆時点の情報であり、今後の法改正等により変更される可能性があります。
執筆者
三重 英則(みえ ひでのり)
社会保険労務士法人T&M Nagoya 社員(特定社会保険労務士)
経営心理士 / 経営法曹会議賛助会員