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作成日:2026/04/16
【裁判例】求人票の「雇用期間の定めなし」で無期労働契約が成立 ― マンダイディライト事件(大津地裁 令和6年12月20日判決)
裁判例解説 採用・求人票
求人票の「雇用期間の定めなし」で無期労働契約が成立
― マンダイディライト事件(大津地裁 令和6年12月20日判決)
2026年4月15日|社会保険労務士法人T&M Nagoya
採用活動においてハローワークや転職サイトに掲載する求人票。その記載内容が、実際に締結する労働契約書と異なっていた場合、法的にはどちらの内容が優先されるのでしょうか。本日取り上げるのは、「正社員・雇用期間の定めなし」と記載した求人票を見て応募した労働者に対し、実際には有期雇用契約を締結しようとした企業に対して、裁判所が「求人票記載の条件で無期労働契約が成立している」と判断した重要判決です。この問題は、多くの中小企業の採用実務に直結します。
📌 この記事の要点
@ 求人票に「雇用期間の定めなし」と記載し、採用内定通知を出した時点で無期労働契約が成立する
A 内定後に有期雇用契約書への署名を求めても、労働者の「自由な意思」に基づく合意がなければ変更は無効
B 求人票は「募集広告」ではなく法的拘束力を持つ文書として慎重に作成する必要がある
1. 事案の背景
マンダイディライト事件の概要
本件は、マンダイディライト事件(大津地方裁判所 令和6年12月20日判決、労働判例1329号36頁)です。
原告(労働者X)は、ハローワークに掲載されていた被告会社(人材派遣会社)の求人票を発見し、応募しました。その求人票には以下のように記載されていました。
項目 求人票の記載内容
雇用形態 正社員
雇用期間 期間の定めなし
試用期間 あり(期間2か月)
原告は令和5年6月19日に求人票を確認して応募し、翌6月20日にウェブ採用面接を経て採用内定の通知を受けました。内定通知では就業開始日が令和5年7月1日と記載されていました。
ところが、令和5年6月21日、企業側は原告に対して労働契約書の作成を求めました。その契約書の内容は、求人票の記載と大きく乖離していました。
項目 労働契約書の記載内容
雇用期間 令和5年7月1日〜令和5年9月30日(3か月間)
契約更新の有無 更新しない
つまり、「雇用期間の定めなし(無期雇用)」として採用するとしておきながら、実際に締結しようとした契約は「3か月の有期雇用・更新なし」という、最終的に雇用が終了することが確定した内容だったのです。
企業側の意図と労働者の対応
企業側は、まず有期雇用として採用し、その期間中に能力・適性を評価してから正式採用(無期雇用)に移行するつもりだったと思われます。しかし、労働者に対してその趣旨を十分に説明しないまま、一方的に有期雇用契約書への署名を求めた点が問題でした。
原告は、求人票に記載された「雇用期間の定めなし」という条件を信頼して応募・内定を承諾したにもかかわらず、実際には有期雇用契約を提示されたことに強い不満を持ちました。そして、企業が令和5年9月30日(契約期間満了)をもって原告の就労を拒否したため、原告は@労働契約上の地位確認(期間の定めのない労働契約が現在も継続していることの確認)とA未払賃金の支払い(就労を拒否された期間の賃金相当額)を求めて提訴しました。
2. 争点
本件の核心的な争点は以下の2点です。
争点@
労働契約はいつ、どのような内容で成立したか
採用内定通知を受けた時点で「求人票記載の内容(無期雇用)」で労働契約が成立したのか、それとも後日作成された「労働契約書(有期雇用)」の内容で成立したのか。
争点A
求人票と異なる内容への変更は有効か
仮に採用内定時に求人票記載の条件で無期労働契約が成立していたとすれば、その後「雇用期間の定めなし」から「3か月の有期雇用」への変更合意は有効といえるか。
3. 判決の内容
大津地方裁判所は令和6年12月20日、原告の請求を認容し、「原告と被告の間には期間の定めのない労働契約が現在も継続して存在する」と判断しました。
⚖ 判決の結論
採用内定通知の時点で、求人票記載の条件(無期雇用・試用期間2か月)で始期付労働契約が成立した
その後の労働契約書による有期雇用への変更は無効
原告は現在も被告との間で期間の定めのない労働契約関係にある
4. 判決理由の深掘り
(1)採用内定の法的性質 ― 始期付労働契約の成立
裁判所はまず、採用内定通知の法的性質について判断しました。一般に、採用内定は単なる「採用の約束」ではなく、就業開始日を始期とする労働契約の成立と解されています(最高裁昭和54年7月20日判決・大日本印刷事件など)。
本件では、原告が求人票を見て応募し、採用面接を経て採用内定通知を受けるという一連のプロセスを通じて、裁判所は「就業開始日(令和5年7月1日)を始期とする始期付労働契約が成立した」と判断しました。そして、その労働契約の内容は何かという点については、採用内定の申し込みの誘引となった求人票の記載内容によると判断されました。つまり、求人票に記載された「雇用期間の定めなし・試用期間2か月」が、労働契約の内容となったのです。
(2)求人票記載の内容が優先される理由
裁判所がこのように判断した根拠は、職業安定法および関連法理にあります。職業安定法は、求人票に賃金、労働時間、雇用期間等の重要な労働条件を正確に記載することを義務付けています(職安法5条の3)。この規定の趣旨は、求職者が求人票の記載を信頼して職業選択を行えるようにすることにあります。裁判所は、原告が求人票の「雇用期間の定めなし」という記載を信頼して応募・内定承諾したという事実を重視しました。
(3)有期雇用への変更が無効とされた理由
内定後に、求人票記載の「無期雇用」から「3か月の有期雇用(更新なし)」へ変更するためには、その変更合意が有効でなければなりません。裁判所は、無期雇用から有期雇用(しかも更新なし)への変更は「重要な労働条件についての著しい不利益変更」に該当すると判断しました。
このような重要な不利益変更が有効となるためには、最高裁の判例法理(最高裁平成28年2月19日判決・山梨県民信用組合事件)に基づき、変更について労働者の「自由な意思」に基づく合意があったこと、かつその合意が合理的な理由により客観的に支持されることが必要とされます。しかし本件では、企業側は原告に対して変更の趣旨・理由を十分に説明せず、契約書への署名を求めていました。さらに、提示時点では原告は既に従前の就業先を退職して被告での就労を開始しており、拒否すれば収入が絶たれる立場にありました。このような状況下での署名は「自由な意思に基づく合意」とは認められないと判断されました。
5. 本判決が持つ実務上の意義
求人票は「法的拘束力を持つ文書」
本判決が明確に示したのは、求人票に記載された労働条件は、採用内定の時点で労働契約の内容となるという重要な法理です。企業にとって求人票は単なる「募集広告」ではありません。ハローワーク、転職サイト、自社ホームページ等に掲載した求人票の内容は、応募者との間の労働契約の内容として法的に拘束力を持つことを、本判決は改めて明確にしました。
「とりあえず有期で試してみる」実務の危険性
中小企業を中心に見られる採用実務として、「まず有期雇用(試用期間的な意味合い)で採用し、問題なければ正社員にする」という運用があります。この運用自体が直ちに違法というわけではありません。しかし、求人票には「無期雇用」と記載しておきながら、実際には有期雇用として採用しようとすることは、本判決と同様のリスクを生じさせます。
6. 実務への示唆と企業対応
@ 求人票と実際の雇用条件を一致させる
最も根本的な対応は、求人票に記載する内容と実際に締結する雇用契約の条件を一致させることです。
状況 対応方針
試用期間を設けたい 求人票の雇用期間は「期間の定めなし(試用期間○か月あり)」と記載。試用期間後の本採用拒否は別途厳格な要件あり
まず有期で採用したい 求人票に「有期雇用」「雇用期間○か月」と明記
正社員と有期を使い分けたい それぞれ別の求人として掲載する
A 内定通知書・採用条件確認書の整備
採用内定を出す際には、内定通知書または採用条件確認書を書面(または電磁的方法)で交付し、就業開始予定日、雇用形態(無期・有期の別)、雇用期間(有期の場合)、試用期間(設ける場合)、賃金、勤務時間、勤務場所を明示することが重要です。これにより、「採用内定の時点でどのような内容の労働契約が成立したか」を書面で明確にすることができます。
B 求人票記載の内容を変更する場合の手続き
仮に求人票の記載内容から変更が必要な事情が生じた場合は、以下の手順を踏んでください。
✅ 条件変更の必須プロセス
STEP 1 変更内容の具体的な説明 ― 変更する理由・必要性を丁寧に口頭または書面で説明
STEP 2 労働者が検討する時間の付与 ― 即座の回答を求めない
STEP 3 変更同意書の取得 ― 変更内容を明記した同意書への署名・捺印
STEP 4 書面による変更後の労働条件通知 ― 変更後の労働条件を改めて書面で交付
※ 本件で問題となったのは、これらのプロセスがほぼ踏まれていなかった点です。
C 採用内定取消・変更に関するリスク管理
採用内定の法的性質(始期付労働契約)から、内定を取り消すことは「解雇」に準じた法的評価を受けます。また、内定条件を不利益に変更することは、「労働条件の不利益変更」として厳格な要件が課されます。採用活動における企業のリスク管理として、以下を徹底してください。
📋 採用リスク管理チェックリスト
☐ 求人票の内容を掲載前に法的な観点から確認する
☐ 「雇用期間の定めなし(無期)」と記載する場合、本当に無期雇用を前提としているか確認する
☐ 内定通知は必ず書面(または電磁的方法)で交付する
☐ 内定後に条件変更が必要な場合は、弁護士・社会保険労務士に相談する
☐ 採用関係書類(求人票、内定通知書、雇用契約書)を採用から5年間保存する
D 令和6年4月の職業安定法施行規則改正との関係
令和6年4月施行の職業安定法施行規則の改正により、「従事する業務の変更の範囲」「就業の場所の変更の範囲」「有期労働契約を更新する場合の基準」等の明示義務が強化されました。求人票や労働条件通知書の記載事項が増加しているため、自社の様式が最新の法令に対応しているか、改めて確認することをお勧めします。
7. まとめ
マンダイディライト事件は、採用実務において「求人票の記載内容が法的に重大な意味を持つ」ことを改めて示した判決です。特に以下の点は、すべての使用者が肝に銘じるべき教訓です。
📖 本判決の3つの教訓
求人票の記載は労働契約の内容になる ― 「採用の広告」ではなく「法的文書」として慎重に作成すること
内定通知と同時に、書面で労働条件を明示すること ― 「何となく了解した」では不十分
採用後の条件変更には「自由な意思に基づく合意」が必要 ― 一方的な変更通知は許されない
採用難の時代、企業は多様な採用手法を活用していますが、採用活動の入口である求人票の適切な管理が、後の労働トラブルを未然に防ぐ最大の予防策です。自社の求人票の記載内容と実際の雇用条件が一致しているか、この機会に必ず確認してください。
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根拠法令・判例
・職業安定法5条の3(労働条件の明示義務)
・職業安定法施行規則4条の2(令和6年4月改正)
・最高裁昭和54年7月20日判決(大日本印刷事件)― 採用内定の法的性質
・最高裁平成28年2月19日判決(山梨県民信用組合事件)― 労働条件の不利益変更と「自由な意思に基づく合意」
・大津地裁令和6年12月20日判決(マンダイディライト事件)― 労働判例1329号36頁
※本記事は公開情報に基づき社会保険労務士の実務的な観点から解説したものです。本判決の詳細については、裁判所の判決全文または労働判例1329号をご確認ください。個別事案の判断については社会保険労務士または弁護士にご相談ください。本記事の内容は情報提供を目的としたものであり、特定の法的助言を構成するものではありません。
執筆者
三重 英則(みえひでのり)
社会保険労務士法人T&M Nagoya 代表社員
特定社会保険労務士・経営心理士・経営法曹会議賛助会員