トップ
事務所案内
お問合せ
労務コンテンツ一覧
サービス案内
人事労務ニュース
リーフレット
リンク先
IPO労務監査・改善
M&A労務監査
給与監査顧問
人材採用・確保支援
就業規則作成・改定
高難度業務対応
労働問題解決
過去の実例紹介
裁判例紹介・ブログ
作成日:2026/04/09
【医療業界】「スクラブに着替える5分」で年間100万円超の請求も!?−歯科院長が知らないと怖い−着替え時間と残業代の新常識
歯科クリニック × 労務管理
「スクラブに着替える5分」で年間100万円超の請求も!?
歯科院長が知らないと怖い−着替え時間と残業代の新常識
── 最新裁判例から読み解く、個人クリニックの労働時間トラブル予防策
「始業前にスクラブに着替えるのは、社会人として当然でしょ?」──そう考えている歯科院長先生は少なくないのではないでしょうか。

ところが、この「たった5分の着替え」が未払い残業代として数百万円の請求に発展するケースが、医療・歯科業界でも増えています。

一方で、2023年には東京地裁で「制服への着替え時間は労働時間に当たらない」と判断された裁判例も出ています。この判決が示す"境界線"は、歯科クリニックの労務管理に極めて重要な示唆を与えてくれます。

本記事では、着替え時間をめぐる最新の裁判動向を踏まえ、個人経営・小規模歯科クリニックの院長先生が「今日から」取れる具体的な対策を、社会保険労務士の視点から解説します。
📌 この記事の要点
・着替え時間が「労働時間」になるかは「指揮命令下にあるか」で決まる
・東京地裁R5.4.14判決は、着替え義務が曖昧なら労働時間に当たらないと判断
・歯科クリニックの白衣・スクラブは衛生上の義務付けが認定されやすいため要注意
・「1日10分 × 250日 × スタッフ5人 × 3年」で請求額は100万円超になり得る
・就業規則の整備と「一律加算方式」の導入で、リスクは大幅に軽減できる
1|「たった5分」が年間100万円超の請求になるカラクリ
まず、金額感をイメージしてみましょう。

歯科衛生士や歯科助手がスクラブに着替える時間を「出勤時5分+退勤時5分=1日10分」とします。
💰 未払い残業代の試算例
【前提条件】
・時給換算:1,500円(月給24万円・月160時間として)
・着替え時間:1日10分(出退勤各5分)
・年間勤務日数:250日
・スタッフ数:5人
・未払い賃金の時効:3年

【計算】
10分 ÷ 60 × 1,500円 × 1.25(割増率)× 250日 = 年間約78,125円/人
× 5人 × 3年 = 約117万円

※ 上記は着替え時間が法定労働時間(8時間/日)を超える部分に該当する前提で、割増率1.25倍を適用しています。所定労働時間の設定によっては法定内に収まり割増率1.0倍となる場合もありますが、未払い賃金が発生すること自体は変わりません。
※ さらに遅延損害金(退職後は年14.6%/賃確法6条1項)や付加金(最大同額/労基法114条)が加算される可能性があります。
「たった5分」と侮った結果、退職したスタッフから突然内容証明郵便が届く──これは歯科クリニックで実際に起きているトラブルです。

では、そもそも着替え時間は「労働時間」なのでしょうか? 最新の裁判例を見ていきましょう。
2|着替え=労働時間? 裁判所の判断基準を理解する
着替え時間が労働時間に当たるかどうかの大原則は、最高裁判例(三菱重工長崎造船所事件・最一小判平12.3.9)で示されています。

そのポイントは、「使用者の指揮命令下に置かれているかどうか」を客観的に判断するというものです。就業規則や労働契約の定めに関係なく、実態として義務付けられていたかが問われます。
労働時間になるケース 労働時間にならないケース
✅ 就業規則等で制服着用を明確に義務付け
✅ 着替え場所を社内更衣室に限定
✅ 制服を着ないと懲戒・人事評価に影響
✅ 衛生上・安全上、着用が不可欠
✅ 通勤時の制服着用を禁止している
❌ 従業員の自主的な判断で着替えている
❌ 自宅で着替えて通勤してもOK
❌ エプロンを羽織る程度の簡易な制服
❌ 会社から着替えの明確な指示がない
❌ 慣習としてスーツで通勤し、自ら着替えている
🔥 最新裁判例:西日本高速道路サービス関西且膜潤i大阪地判 令和7年10月30日)
高速道路の料金ステーションで勤務するスタッフが、始業前に更衣室で制服に着替える時間の残業代を請求した事案です。大阪地裁は、始業前の更衣時間は労働時間に当たらないと判断しました。

判断の決め手は2つ:

@ 制服の特性(制服通勤が可能)
裁判所は、当該制服(シャツ・ファスナー付きブルゾン・長ズボン)について、社会通念上そのまま着用して出勤することに特段の支障はないと判断しました。

A 更衣室での着替え義務がなかった
労働者は「上司から更衣室で着替えるよう指示された」と主張しましたが、客観的証拠がなく採用されませんでした。会社が制服通勤の許容を積極的に周知していなかったとしても、それだけで更衣室での着替えが義務付けられていたとは評価できない、と判示されています。

→ 「制服で通勤できる+更衣室での着替え義務がない」場合、着替え時間は労働時間に当たらない余地がある

※ 本判決は下級審(大阪地裁)の判断であり、事案の事実関係(制服の性質・指示の内容等)に基づく個別判断です。最高裁判例のような先例的拘束力はなく、事案によって結論は異なり得ます。
⚖️ 参考裁判例:東京地裁 令和5年4月14日判決
ビルの設備員が始業前にスーツから制服に着替える時間の残業代を請求した事案です。裁判所は、会社が始業前に職場で制服に着替えることを義務付けていたとは認められないとして、着替え時間は労働時間に当たらないと判断しました。

ポイント:通勤時の服装について会社の明確な指示がなく、設備員が慣習としてスーツで通勤し自主的に着替えていた──この事実関係が決め手になりました。

→ つまり、「義務付け」が曖昧であれば、着替え時間は労働時間に当たらない余地があるということです。

※ 本判決は下級審(東京地裁)の判断であり、最高裁判例のような先例的拘束力はありません。事案の具体的事実関係によって結論は異なり得ますので、ご留意ください。
3|歯科クリニックが"特に危ない"3つの理由
先ほどの東京地裁判決は使用者側に有利な内容でしたが、歯科クリニックにそのまま当てはめるのは危険です。その理由を解説します。
⚠️ 理由@ 衛生上の義務付けが認められやすい
歯科クリニックでは、感染予防の観点からスクラブ・白衣の着用が業務上不可欠です。医療機関は「安全面・衛生面から着替えを必要とする職種」に分類され、裁判所が黙示の義務付けを認定しやすい業態です。先ほどの設備員のケースとは根本的に事情が異なります。
⚠️ 理由A 更衣室での着替えが事実上の「場所拘束」になる
歯科クリニックのスクラブを着て電車やバスで通勤するスタッフはほとんどいません。院内の更衣室で着替えるのが通常であり、これは裁判上「場所の拘束」と評価される可能性が高いです。場所の拘束がある=使用者の指揮命令下にある、と判断されやすくなります。
⚠️ 理由B 院長の「口頭指示」が命取りになる
「始業10分前には着替えを済ませておくように」──院長がこの一言を発すれば、それだけで明示の業務命令と認定されます。東京地裁判決で使用者側が勝てたのは、まさに「明確な指示がなかった」からです。
歯科クリニックでは院長が直接スタッフに指示を出す場面が多く、この点は特にリスクが高いと言えます。
🦷 うちのクリニック、大丈夫?『歯科クリニック特設ページ』へ
4|今日から実践! 着替え時間トラブルを防ぐ4つの対策
リスクが分かったところで、具体的な対策を見ていきましょう。いずれも小規模クリニックで即実行できるものです。
✅ 対策@ 「一律加算方式」で着替え時間を労働時間に含める
最もシンプルかつ効果的な対策です。出勤時・退勤時それぞれ5分、1日合計10分を着替え時間として所定労働時間に加算します。イケア・ジャパンや大手飲食チェーンも採用している方式で、管理の煩雑さを避けつつ法的リスクを大幅に軽減できます。

【運用のポイント】
・実際の着替え時間を数日間計測し、妥当な時間を設定する
・就業規則に「着替え時間として1日●分を労働時間に算入する」と明記する
・スタッフに制度の趣旨を説明し、同意を得る
✅ 対策A 就業規則に「始業・終業時刻」の定義を明記する
「始業時刻とは、身支度を整え、就業場所にて勤務を開始する時刻をいう」──このように明文化することで、着替えと業務の境界線が明確になります。曖昧な運用は労務トラブルの温床です。

【就業規則の記載例】
「始業時刻とは、所定のユニフォームに着替えたうえで就業場所にて勤務を開始する時刻をいう。なお、着替え時間として出退勤時各5分(合計10分)を労働時間に算入する。」
✅ 対策B タイムカードの打刻タイミングを明確化する
「着替え後に打刻」と「着替え前に打刻」では、法的リスクが大きく異なります。一律加算方式を採用する場合は、着替え後に打刻する運用とし、打刻前の時間は加算分でカバーするのが合理的です。

勤怠管理システムの導入も有効です。1分単位での労働時間管理が法律上の原則であり、15分・30分単位の端数切り捨ては違法とされる点にも注意が必要です。
✅ 対策C 「10分前に来なさい」を絶対に言わない
院長の口頭指示は、そのまま「業務命令」と認定される危険性があります。始業前の準備を促す場合は、「社会人としての基本行動」として教育する形にとどめ、具体的な出勤時刻を命令してはいけません。

朝礼がある場合は朝礼の開始時刻を始業時刻とするか、朝礼前の着替え時間も含めて労働時間に算入する仕組みにしておく必要があります。
5|着替え時間だけじゃない! 歯科クリニックで見落としがちな「隠れ労働時間」
着替え時間の問題をきっかけに、ぜひクリニック全体の労働時間管理を見直してください。以下のような時間も、実態によっては労働時間と判断される可能性があります。
見落としがちな時間 判断のポイント
診療後の片付け・滅菌作業 院長の指示で行うなら労働時間。「自主的にやっている」は通用しにくい
朝礼・終礼 参加が義務付けられていれば労働時間
レセプト業務 診療時間後に行う場合は時間外労働として管理が必要
院内勉強会・研修 参加が業務上義務付けられていれば労働時間
昼休み中の電話対応・受付 即時対応が求められるなら休憩時間ではなく「手待ち時間」=労働時間
6|院長先生へのメッセージ── 「守りの労務」が最強の「攻めの経営」になる
「着替え時間まで管理するなんて、面倒だ」──そう感じる院長先生もいるかもしれません。

しかし、着替え時間を適切に管理し、スタッフに「あなたの働く時間はきちんと評価しています」と示すことは、人材定着・採用力の強化に直結します。

歯科衛生士の有効求人倍率は依然として高い水準にあり、「働きやすさ」は給与額以上に就職先選びの決め手になっています。労務管理がずさんなクリニックからは人が離れ、しっかり整備されたクリニックに人が集まる──これが今の採用マーケットの現実です。

「たった5分の着替え時間」への向き合い方が、クリニックの未来を左右する。大げさではなく、そう言い切れる時代になりました。
📋 給与計算・勤怠管理の見直しをご検討の方へ
当法人では、歯科クリニックの労働時間管理・給与計算の適正化をサポートしています。「着替え時間の取り扱い」「変形労働時間制の導入」「就業規則の整備」など、クリニック特有の課題に精通した社会保険労務士がご対応します。

▶ 給与監査顧問サービスの詳細はこちら | ▶ 給与計算代行サービスの詳細はこちら
着替え時間の労務リスク、まずは無料相談で確認しませんか?

📞 T&M Nagoya に相談する(初回無料)

名古屋・愛知エリアの歯科クリニック様を中心にご支援しています
根拠法令・参考判例
・労働基準法 第32条(労働時間)、第37条(割増賃金)、第24条(賃金全額払いの原則)、第89条(就業規則の作成義務)
・労働基準法 第32条の2(1ヶ月単位の変形労働時間制)
・労働基準法 第114条(付加金)
・賃金の支払の確保等に関する法律 第6条第1項(退職後の遅延利息 年14.6%)
・三菱重工長崎造船所事件(最一小判 平成12年3月9日 民集54巻3号801頁)
・西日本高速道路サービス関西且膜潤i大阪地判 令和7年10月30日 ※下級審)
・東京地裁 令和5年4月14日判決(ビル設備員の着替え時間に関する事案 ※下級審)
・ビル代行事件(東京高裁 平成17年7月20日判決)
・アートコーポレーション事件(東京高裁 令和3年3月24日判決)
・厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29年1月20日策定)
【免責事項】本記事は2026年4月時点の法令・裁判例に基づく一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する法的助言を構成するものではありません。具体的なご対応にあたっては、社会保険労務士・弁護士等の専門家にご相談ください。
WRITTEN BY
三重 英則(みえ ひでのり)
社会保険労務士法人T&M Nagoya 代表社員
特定社会保険労務士 / 経営心理士 / 経営法曹会議賛助会員
名古屋・愛知エリアを中心に、歯科クリニック・医療機関の労務管理・就業規則整備・給与計算をサポート。経営者と共に歩き、最善の解を導き出すことをモットーに、実務に即した助言を提供しています。