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📌 この記事の要点 ・東洋大学が住宅手当を割増賃金の算定基礎から誤って除外し、20年以上・年間約1,800万円の残業代未払いが発覚 |
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1. 事件の概要──何が起きたのか |
2026年4月7日の読売新聞報道によると、東洋大学(東京都)が教職員らの残業代の一部を長期間にわたり未払いとしていた問題が明らかになりました。同大学は2025年10月、王子労働基準監督署から労働基準法違反で是正勧告を受けていたことが判明しています。
問題の核心は、残業代(割増賃金)を算出する際の基準となる「月額給与」の計算方法にありました。本来、住宅手当を算定基礎に含めるべきところ、誤って除外する運用を続けていたため、残業代の一部が正しく支払われていなかったのです。
大学関係者によると、この誤った運用は20年以上にわたって継続しており、年間の未払い額は約1,800万円に上るとみられています。対象は大学職員だけでなく、付属中高校などの教職員や退職者も含まれます。
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📋 事件の経緯
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2. なぜ「住宅手当」の取り扱いを間違えるのか?──法令の基本と落とし穴 |
割増賃金(残業代・休日手当・深夜手当)は、労働基準法第37条により、1時間あたりの賃金を基準額として計算することが義務付けられています。この基準額は、基本給に加えて各種手当を含んだ「月額給与」から算出します。
ただし、労基法第37条第5項および労基法施行規則第21条により、以下の7つの賃金は算定基礎から除外することが認められています。
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割増賃金の算定基礎から除外できる7つの賃金 @家族手当 A通勤手当 B別居手当 C子女教育手当 D住宅手当 E臨時に支払われた賃金 F1か月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与等) |
ここで重要なのは、手当の「名称」ではなく「支給実態」で判断されるという点です。厚生労働省通達(平成11年3月31日基発第170号)によれば、割増賃金の算定基礎から除外できる「住宅手当」とは、住宅に要する費用に応じて算定されるものに限られます。
| ✅ 除外できる例 | ❌ 除外できない例 |
|---|---|
| ・賃貸の家賃の一定割合を支給 ・住宅ローン月額の一定割合を支給 ・家賃額を段階的に区分し、費用に応じて増額する方式 |
・全従業員に一律定額を支給 ・賃貸2万円、持ち家1万円など住宅形態ごとに定額支給 ・役職等、住宅以外の要素で金額が決まるもの |
東洋大学のケースでは、報道によると住宅手当が一律定額で支給されていた可能性が高いにもかかわらず、算定基礎から除外していたとみられます。大学側も「適法だと事実誤認していた」と認めており、法令解釈の誤りが長年にわたり放置された典型例と言えるでしょう。
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3. 消滅時効と遡及支払い──なぜ「2020年度〜」なのか |
東洋大学は「法的な時効や給与台帳の法的な保存期間等を総合的に勘案」した結果、2020〜2025年度分を支払うとしています。この背景には、2020年4月施行の改正労働基準法があります。
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📌 賃金請求権の消滅時効の変遷
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2020年4月の改正により、賃金請求権の消滅時効は従来の2年から5年(当分の間は3年)に延長されました。賃金台帳の保存期間も同様に5年(当分の間3年)となっています。東洋大学が2020年度からの支払いとしたのは、この時効期間と賃金台帳の保存期間を踏まえた判断と考えられます。
なお、この「当分の間3年」という経過措置については、施行後5年となる2025年4月以降に見直しが行われることとされており、日本弁護士連合会も2024年・2025年に経過措置の早期撤廃を求める意見書・会長声明を公表しています。将来的に5年に延長されれば、企業が遡及的に負担すべき未払い賃金の額はさらに大きくなる可能性があります。
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4. 企業が受けるリスクと影響 |
「住宅手当の算定基礎除外ミス」は、東洋大学だけの問題ではありません。同様の運用を行っている企業は少なくなく、今回の事例は全ての企業にとっての警鐘です。未払い残業代が発生している場合、企業は以下のリスクに直面します。
| リスク項目 | 内容 |
|---|---|
| 遡及支払い | 現在は3年分の遡及支払いが必要。将来的に5年に延長される可能性あり |
| 付加金(労基法114条) | 裁判所が未払い金と同額の支払いを命じることができる制度。最大で未払い額の2倍の負担に |
| 遅延損害金 | 在職者は年3%(民法404条)、退職者は年14.6%(賃確法6条) |
| 刑事罰 | 労基法119条により6か月以下の懲役または30万円以下の罰金 |
| レピュテーションリスク | 報道による社会的信用の低下、採用活動への悪影響。大学の場合は学生募集にも影響 |
| 税・社会保険の修正 | 遡及支払い発生時は年末調整・確定申告の修正、社会保険の月額変更届の再提出等が必要となり事務負担が膨大に |
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5. 自社の運用は大丈夫?──実務チェックポイント |
「うちの会社は大丈夫」と思っていても、今回の東洋大学のように法令解釈の誤りが長期間発見されないケースは珍しくありません。以下のチェックポイントで自社の運用を点検してみてください。
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✅ 割増賃金の算定基礎 セルフチェックリスト □ 住宅手当は「費用に応じた算定」(定率・段階的区分)か、それとも「一律定額支給」か? |
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6. 経営者が今すぐ取るべきアクション |
問題を放置すればするほど、遡及支払いの額は膨らみ、時効延長のリスクも高まります。「経営者と共に歩き、最善の解を導き出す」ことを使命とする当法人としては、以下のステップでの対応を強く推奨いたします。
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🔄 対応ステップ
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7. まとめ──「知らなかった」は通用しない |
東洋大学は「適法だと事実誤認していた」と説明していますが、労基法違反において故意・過失の区別は問題とならず、結果として未払いが生じていれば是正勧告や罰則の対象となります。20年以上にわたる未払いは、その間に制度点検の機会が何度もあったはずであり、コンプライアンス体制の不備が問題の長期化を招いたと言えます。
賃金請求権の消滅時効が将来的に5年に延長される可能性も視野に入れれば、今この瞬間にも発生し続けている未払いリスクを早期に発見・是正することが、経営上の最優先課題の一つと言えるでしょう。
当法人では、割増賃金の算定基礎の適法性チェック、給与計算の監査、就業規則の見直しなど、労務コンプライアンス全般にわたるサポートを行っております。少しでも不安がございましたら、お気軽にご相談ください。
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📎 根拠法令・通達 ・労働基準法第37条(時間外、休日及び深夜の割増賃金) |
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📰 出典・参考資料 ・読売新聞オンライン「東洋大が残業代未払い、20年以上・年間1800万円か…労基署が是正勧告」(2026年4月7日配信) |
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※本記事は2026年4月7日時点の情報に基づいて作成しています。法令の改正や新たな判例等により取り扱いが変更される場合がありますので、具体的な対応にあたっては必ず最新の情報をご確認ください。本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法的助言を構成するものではありません。個別の事案については、弁護士・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。 |
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✍ 執筆者 三重 英則(みえ ひでのり) 社会保険労務士法人T&M Nagoya 代表社員 |