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2026年3月、中央大学キャリアセンターがSNSで発信した「就職エージェントによるオワハラ注意喚起」が大きな波紋を広げました。内定辞退を申し出た学生に「億単位の違約金」をちらつかせる、内定承諾書に極度額の保証人を求めるなど、悪質な手口が報告されています。
こうした行為は、単なるマナー違反ではなく、刑法上の犯罪や民法上の不法行為に該当し得る深刻な法的問題をはらんでいます。本記事では、オワハラの法的問題点を整理し、企業・エージェントに生じ得る法的責任、そして2026年10月施行予定の法改正を見据えた企業の対応策を解説します。
📌 この記事の要点
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| 1. そもそも「オワハラ」とは何か |
「オワハラ」とは「就活終われハラスメント」の略称で、企業や就職エージェントが、内定を出すことを条件に学生に対して他社への就職活動を終了するよう強要する行為の総称です。
2023年4月には、政府がオワハラを「就職をしたいという学生の弱みに付け込んだ、学生の職業選択の自由を妨げる行為」と公式に定義しました。また、2021年の内閣府調査では、内々定を得た学生の約11.6%が「オワハラを受けたことがある」と回答しています。
今回報道された中央大学のケースで特に深刻なのは、就職エージェントがオワハラの主体となっている点です。エージェントは学生の入社が決まって初めて企業から紹介手数料を受け取るビジネスモデルであるため、内定辞退は直接的な収益損失を意味します。その構造的なインセンティブが、悪質なオワハラの温床となっているのです。
🔎 報道から見るオワハラの典型的手口
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| 2. オワハラの法的問題点 ― 何の法律に違反するのか |
(1)憲法22条 ― 職業選択の自由の侵害
日本国憲法22条1項は「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する」と定めています。就職先を自由に選ぶことは、この憲法上の基本的人権によって保障されています。企業やエージェントが学生の就活継続を不当に妨害する行為は、この権利を侵害するものです。
(2)刑法上の問題 ― 強要罪・脅迫罪
「違約金を請求する」「業界で働けなくする」などと告知して学生を畏怖させ、内定辞退の断念という義務のない行為を強いる場合、刑法223条の強要罪(3年以下の懲役)に該当する可能性があります。また、害悪の告知が学生の意思決定に影響を与える場合は脅迫罪(刑法222条・2年以下の懲役または30万円以下の罰金)に問われ得ます。
(3)民法上の問題 ― 不法行為・公序良俗違反
オワハラにより学生が精神的苦痛を受けた場合、民法709条の不法行為に基づく損害賠償責任が生じます。また、内定承諾書に「億単位の違約金」を設定する条項は、民法90条の公序良俗違反により無効と判断される可能性が極めて高いと考えられます。そもそも内定承諾書には法的拘束力はなく、署名後であっても学生は内定を辞退することが可能です(民法627条1項・2週間の予告期間による労働契約の解約)。
(4)労働基準法16条 ― 賠償予定の禁止
労働基準法16条は「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない」と規定しています。内定により労働契約が成立している場合、内定辞退時の違約金をあらかじめ定める行為は同条に直接違反する可能性があります。これに違反した場合、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金(労基法119条1号)という刑事罰が科され得ます。
(5)職業安定法 ― 有料職業紹介事業者の規制
就職エージェント(有料職業紹介事業者)は、職業安定法に基づく厚生労働大臣の許可を受けて事業を行っています。求職者に対して虚偽の情報を提供したり、不当な拘束行為を行う場合、同法に基づく指導・改善命令・事業停止命令・許可取消し等の行政処分の対象となります。また、職業安定法は求職者からの手数料徴収を原則として禁止しており(同法32条の3)、「違約金」名目での金銭請求はこの規制にも抵触し得ます。
| ✅ CHECK POINT:内定承諾書の法的性質
内定承諾書に署名・捺印しても、学生には法的な入社義務は発生しません。判例上、内定は「始期付解約権留保付労働契約」と解されていますが(大日本印刷事件・最判昭54.7.20)、これは企業側からの内定取消しを制限するものであり、労働者側からは民法627条1項により2週間の予告期間をもって自由に解約できます。「辞退するなら損害賠償」という主張が認められることは、極めて例外的なケースに限られます。 |
| 3. オワハラ行為で生じる法的責任の全体像 |
オワハラ行為に関与した場合、企業・エージェント・個人の各レベルで以下の法的責任が生じ得ます。
| 責任の種類 | 根拠法令 | 制裁・効果 | 責任主体 |
| 刑事責任 | 強要罪(刑法223条) 脅迫罪(刑法222条) |
懲役3年以下(強要) 懲役2年以下(脅迫) |
行為者個人 (法人両罰あり得る) |
| 民事責任 | 不法行為(民法709条) 使用者責任(民法715条) |
損害賠償(慰謝料等) 公序良俗違反の条項は無効 |
行為者個人+企業 エージェント法人 |
| 労基法違反 | 賠償予定の禁止 (労基法16条) |
6月以下の懲役 または30万円以下の罰金 |
使用者(企業) |
| 行政処分 | 職業安定法 (改善命令・事業停止等) |
指導・改善命令 事業停止・許可取消し |
エージェント (有料職業紹介事業者) |
| 信用毀損 | ―(法的責任ではないが 経営上重大なリスク) |
SNS拡散・報道による 企業ブランドの毀損 |
企業・エージェント |
| 4.【2026年法改正】就活ハラスメント防止措置の義務化 |
2025年6月11日、労働施策総合推進法及び男女雇用機会均等法の改正法(令和7年法律第63号)が公布されました。この改正により、従来は「望ましい取組み」とされていた就活ハラスメント防止措置が、事業主の法的義務として明確化されました。
📝 2026年10月施行予定(※)の改正ポイント
※施行日は労働政策審議会資料(2025年12月10日付)にて2026年10月1日予定と示されています |
なお、今回の法改正で義務化されるのはセクハラ防止措置が中心であり、パワハラに該当するオワハラ行為については直接の義務化対象とはなっていません。しかし、脅迫的なオワハラは既存の刑法・民法で十分に違法性を問い得るものであり、法改正を待つまでもなく企業の対応が求められます。
| 5. 企業はどう対応すべきか ― 5つの実務ポイント |
「うちはエージェントを使っているだけだから関係ない」という認識は危険です。エージェントの行為であっても、紹介先の企業がその行為を知りながら放置していた場合、企業自身の使用者責任が問われる可能性があります。以下の5つのポイントで対策を進めましょう。
| ❶ 採用活動ガイドラインの策定・周知
「学生の職業選択の自由を尊重する」旨の明確な方針を社内規程に盛り込み、採用に関わるすべての従業員に周知します。「内定辞退時の脅迫的言動」「他社選考の妨害」等をNG行為として明文化しましょう。 |
| ❷ エージェント契約の見直し
エージェントとの業務委託契約に「オワハラ禁止条項」を盛り込みましょう。違反があった場合の契約解除・損害賠償条項を設けることで、エージェントに対する抑止力となります。エージェント選定時の基準として、日本人材紹介事業協会等の業界団体への加盟状況も確認すべきです。 |
| ❸ 採用担当者への研修の実施
採用担当者・面接官には、どのような行為がオワハラに該当するか具体的に教育する必要があります。厚生労働省の「あかるい職場応援団」サイトでは就活ハラスメント対策の研修動画が公開されており、これらを活用した定期的な研修が有効です。面接は可能な限り2名以上で対応する体制も推奨されます。 |
| ❹ 相談窓口の整備と求職者への周知
2026年10月の法施行に先駆けて、求職者向けのハラスメント相談窓口を整備しましょう。窓口の連絡先は採用ページ・内定通知書・選考案内に明記し、学生がアクセスしやすい環境を整えることが重要です。外部相談窓口の併設も実効性を高める手段として推奨されます。 |
| ❺ 内定承諾書・誓約書の法的チェック
自社で使用している内定承諾書・入社誓約書の内容を改めて点検してください。違約金条項や「他社の選考を受けない」旨の条項は、労基法16条違反や公序良俗違反の問題があります。内定承諾書はあくまで意思確認の書面であり、法的拘束力を持たせようとする条項は削除すべきです。 |
| 6. まとめ ― 「選ばれる企業」になるために |
今回の報道が示すように、オワハラは学生の人生を左右し得る深刻な人権侵害です。そして同時に、オワハラに手を染めた企業やエージェントは、刑事罰・損害賠償・行政処分・社会的信用の失墜という四重の制裁を受けるリスクを負います。
中央大学の松村副部長が「大学が把握していると分かれば引き下がることも多い」と述べているように、オワハラは「バレなければいい」という意識のもとで行われています。しかし、SNSでの情報拡散が日常化した現在、そのリスクは極めて大きいと言わざるを得ません。
人材獲得競争が激化する時代だからこそ、誠実な採用活動こそが、優秀な人材に「選ばれる企業」になるための最善の道です。2026年10月の法改正を待つまでもなく、今日から採用コンプライアンスの点検を始めましょう。
✅ 企業が今すぐ始めるべき3つのアクション
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就業規則の整備・エージェント契約の見直し・研修の実施など、お気軽にご相談ください |
| 📕 本記事の参照法令・資料
日本国憲法22条1項(職業選択の自由)/刑法222条(脅迫罪)・223条(強要罪)/民法90条(公序良俗違反)・627条1項(期間の定めのない雇用の解約)・709条(不法行為)・715条(使用者責任)/労働基準法16条(賠償予定の禁止)・119条1号(罰則)/職業安定法32条の3(手数料の原則禁止)/男女雇用機会均等法(令和7年改正・13条新設)/労働施策総合推進法(令和7年改正)/大日本印刷事件(最判昭和54年7月20日)/内閣府「学生の就職・採用活動開始時期等に関する調査」(2021年11月) |
🔗 出典・参考資料
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※本記事は2026年4月時点の法令・報道等に基づく一般的な情報提供であり、個別の事案に対する法的助言を構成するものではありません。具体的な対応にあたっては、弁護士・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。 |
| WRITTEN BY
三重 英則 社会保険労務士法人T&M Nagoya 代表社員 経営理念「顧客のために」のもと、経営者と共に歩き、最善の解を導き出すことをMISSIONとしています。採用コンプライアンス・就業規則整備・ハラスメント対策など、労務管理全般についてお気軽にご相談ください。 |