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作成日:2026/03/10
「育休を取り切ってから辞めたい」は通用する?――育児休業給付金と退職予定をめぐる実務上の注意点

「育児休業を2歳まで取って、そのあと退職するつもり」。こうした話を耳にしたことはないでしょうか。育休中は生活環境が大きく変わりますから、今後のキャリアについて悩むこと自体はごく自然なことです。しかし、退職の意思と育児休業給付金の受給は、制度上の前提に関わるデリケートな問題をはらんでいます。

本記事では、社会保険労務士の立場から、育児休業給付金と退職予定が交差する場面で押さえておくべきポイントを整理します。


育児休業給付金の大前提――「復職を予定していること」

育児休業給付金は、雇用保険制度に基づく給付です(雇用保険法第61条の7)。制度の趣旨は、育児のために一時的に職場を離れる労働者の生活を支え、円滑な職場復帰を後押しすることにあります。

この点について、厚生労働省のパンフレット「育児休業等給付の内容と支給申請手続」でも、育児休業の開始時点ですでに退職が予定されている場合は支給対象とならない旨が明記されています。

つまり、育児休業給付金は「いずれ職場に戻る」ことを前提とした仕組みであり、「育休だけ使い切って辞める」という計画は、そもそも制度の想定から外れていることになります。


「最初から退職予定」と「途中で退職を決意」は別の話

ここで重要なのは、育休開始時点での復職意思の有無です。

育児休業に入った段階では復職するつもりだったものの、その後に家庭の事情や健康上の理由などから退職せざるを得なくなるケースは、実務上珍しくありません。こうした場合は、退職日までの期間について給付金の受給が認められ得ます。すでに受給済みの給付金について返還を求められるわけでもありません。

一方、育休を申し出る時点で退職が確定していた場合には、受給資格そのものが認められない可能性があります。仮に支給を受けた後に事実が判明すれば、不正受給として返還はもちろん、納付命令(受給額の2倍の額の納付、いわゆる「3倍返し」)の対象となるリスクがあります(雇用保険法第10条の4第1項・第2項)。

結論として、「いつの時点で退職を決めたのか」が制度上の分水嶺になるのです。


令和7年4月の制度改正――退職日を含む支給単位期間の取扱い変更

従来、育児休業給付金を受給中に退職した場合、退職日が属する「支給単位期間」(1か月ごとの区切り)については原則として支給されず、その前の支給単位期間までしか申請できないルールでした(退職日が支給単位期間の末日に当たる場合を除く)。

これが令和7年(2025年)4月1日以降、退職日を含む支給単位期間についても退職日当日までの日割り分が支給対象となるよう見直されました。

この改正は、やむを得ず退職に至った方にとっては朗報といえます。ただし、退職日以降の期間について在籍しているかのように申請してしまうと、不支給や返還の対象となる点には十分注意が必要です。実際、茨城労働局からも、退職後の期間まで育休中として申請し支給されたケースが回収事案として注意喚起されています。

退職が決まった場合は、会社の人事担当者と連携し、退職日の設定と支給申請対象期間にズレが生じないよう確認することが不可欠です。


「2歳まで延長」の落とし穴――令和7年4月からの延長手続き厳格化

育児休業給付金には、保育所等に入所できない場合に支給期間を1歳6か月、さらに2歳まで延長できる仕組みがあります。しかし、この延長手続きが令和7年4月から大きく厳格化されました。

厳格化の背景

従来は、市区町村が発行する「入所保留通知書」を提出すれば延長が認められていました。しかし、実際には復職する意思がないにもかかわらず、給付金延長のために保育所にあえて申し込み(いわゆる「落選狙い」)、入所保留通知書を取得するケースが問題視されていました。自治体からも、こうした対応に伴う事務負担の増加について見直しの要望が出されていたのです。

新たに求められる要件と書類

令和7年4月以降、延長を申請する際には従来の入所保留通知書に加え、以下の書類の提出が必要となりました。

  • 育児休業給付金支給対象期間延長事由認定申告書
  • 市区町村への保育所等利用申込書の写し

そのうえで、ハローワークが「速やかな職場復帰のために保育所の利用を申し込んだ」と認められるかどうかを審査します。具体的には、入所希望日が適切に設定されているか、通所に片道30分以上かかる施設のみに申し込んでいないか、入所保留を希望する旨の意思表示をしていないか、といった点が確認されます。

退職予定者にとっての意味

ここで問題となるのが、退職する意思がある方が給付金延長のために保育所入所手続きを進めることです。延長の要件は「速やかな職場復帰」を前提としていますから、復職の意思がないまま手続きを進めることは、制度趣旨との整合性を欠きます。

延長が認められないリスクはもちろん、申告内容と実態の不一致が後から発覚した場合の影響も考慮すべきでしょう。「2歳まで給付金を受け取り切ってから辞めたい」という方針は、実務上のリスクが極めて高いといわざるを得ません。


会社側(人事担当者)が注意すべきこと

育児休業給付金の申請手続きは、原則として事業主を経由して行われます。したがって、従業員の育休中の状況変化にアンテナを張ることは、会社側にとっても重要な実務上の課題です。

特に以下の点については、人事担当者として押さえておきたいところです。

  • 退職の申出があった場合、退職日の設定と支給単位期間の関係を確認すること。 令和7年4月以降の改正で退職日を含む期間の取扱いが変わったため、申請漏れや過大申請が起きないよう注意が必要です。
  • 延長手続きの際には、新たに必要となった書類を漏れなく案内すること。 書類の準備は従業員側が行いますが、要件の理解不足で延長が認められないケースも報告されています。
  • 制度趣旨と不正受給のリスクについて、育休取得前の段階で従業員にしっかり伝えること。 「知らなかった」では済まされない場面を防ぐためにも、事前の情報提供が大切です。

まとめ――制度を正しく理解し、適切に活用するために

育児休業給付金は、子育てと仕事の両立を支える非常に重要な制度です。ただし、その受給には「復職を前提としている」という根本的な条件があります。

整理すると、以下の3点が特に重要です。

  1. 育休開始時点で退職が確定している場合は、支給対象外となり得る
  2. 途中でやむを得ず退職する場合は、退職日までの分は受給可能(令和7年4月改正)だが、退職日と申請期間の整合確認が不可欠
  3. 2歳までの延長は、令和7年4月から「速やかな復職意思」の審査が厳格化されており、退職予定がある場合は制度趣旨との矛盾が生じやすい

育休中の気持ちの揺れは自然なことですが、「退職するつもりなのか」「まだ迷っている段階なのか」を自分の中で整理したうえで、会社の人事担当者やハローワークに早めに相談されることをお勧めします。

※最後に、本記事は一般的な制度解説を目的としたものであり、個別の事案については弁護士・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。


参考資料

 

  • 厚生労働省「育児休業等給付について」
  • 厚生労働省「育児休業等給付の内容と支給申請手続」(令和7年8月1日改訂版)
  • 厚生労働省「育児休業給付を受給中に離職した場合の取扱い変更及び通知について」
  • 厚生労働省「2025年4月から保育所等に入れなかったことを理由とする育児休業給付金の支給対象期間延長手続きが変わります」
  • 厚生労働省 茨城労働局「育児休業給付金の回収事案が増えています」