働きながら家族の介護を担う「ワーキングケアラー(ビジネスケアラー)」が増えています。経済産業省は、2030年には仕事が主な有業者のうち約318万人がビジネスケアラーになるとの推計を示しています(※1)。さらに、パートタイム等で「仕事が従」の方を含む有業者全体まで範囲を広げた場合には、同時点で約438万人に上るとされており、女性の社会進出や高齢者の就業拡大などにより、数値がさらに上振れする可能性にも触れています。
■ 現状:すでに有業者のうち約365万人が介護を担っている
総務省「令和4年就業構造基本調査」によれば、介護をしている人は約629万人で、そのうち有業者は約365万人とされています(※2)。平成24年(2012年)調査と比較すると有業者に占める介護者の割合は着実に上昇しており、仕事と介護を両立する人の増加は明確な傾向として確認できます。
■ 背景:高齢化の進行と、介護の担い手の変化
高齢化率は今後も上昇が見込まれ、介護ニーズそのものが増える構造にあります。また、家族介護の担い手も変化しており、経産省ガイドラインは「子の配偶者」が介護を担う割合が低下する一方で、実子が担う割合が増加傾向にあることを示しています(※3)。共働き世帯の増加を背景に、こうした変化はさらに進む見込みです。
■ 企業への影響:介護離職・生産性低下による損失は約9.1兆円との試算
経産省は、仕事と介護の両立がうまくいかず「介護離職」や生産性低下が生じることで、2030年時点の経済損失が約9.1兆円に上るとの試算を示しています(※1)。内訳では、介護離職そのものによる損失よりも、離職せずに働き続けるビジネスケアラーの生産性低下による損失の割合が極めて大きい点が特徴です。これは、個人の問題にとどまらず、企業にとっても人材確保・定着、業務継続(BCP)の観点から無視できないテーマであることを示しています。
■ 企業が「寄り添う」ために考えられる対応(実務の選択肢)
ワーキングケアラーは、ある日突然当事者になります。早い段階から"使える制度"と"相談できる導線"を整えることが重要です。以下は、企業が取り得る代表的な対応例です(会社規模・職種特性に応じた組み合わせが現実的です)。
1)まずは「制度が使える」状態にする(周知・運用の整備)
育児・介護休業法に基づく介護休業・介護休暇・所定外労働の制限・時間外労働の制限・深夜業の制限・短時間勤務等、既存制度の周知と運用ルールの明確化が第一歩です。申出窓口・手続き・必要書類・判断基準・不利益取扱いの禁止等を、従業員が迷わない形で整理・見える化することで、制度が"使いにくいもの"になることを防げます。
2)相談の「入口」を用意する(早期相談の促進)
人事・労務、上長、産業保健スタッフ(産業医・保健師)、外部EAP等、相談先を複線化することが効果的です。匿名でも相談できる仕組みや、相談内容の取扱い(守秘・共有範囲)の明示も重要です。また、「介護はまず地域包括支援センターへ」など、社内から社外の公的資源へつなぐ案内を整備しておくことで、従業員が適切な支援に早期につながりやすくなります。
3)働き方の選択肢を増やす(両立しやすい業務設計)
テレワーク・時差出勤・フレックスタイム・短時間勤務・時間単位の休暇運用など、柔軟な働き方の選択肢を拡充することが求められます。突発対応が起きやすいことを前提に、業務の標準化・引継ぎ可能な体制(属人化の解消)を整えておくことも、現場の安定に直結します。
4)管理職のマネジメント支援(「言えない」を減らす)
介護の相談を受けたときの初動(何を聞く・聞かない、社内手続き、配慮の範囲)を研修化することが効果的です。評価・配置の不利益を恐れて相談できないケースを防ぐため、評価運用の透明化と「介護は誰にでも起こり得る」というメッセージの発信も重要です(※3)。
5)"離職の前に"選べるステップを用意する
短期的な休み(介護休暇)→一定期間の休業(介護休業)→働き方の調整(短時間勤務等)といった段階的な選択肢を用意することで、従業員が離職以外の選択肢を取りやすくなります。復帰後の働き方・配置の見通しを事前に示し、心理的安全性を確保することも大切です。
■ まとめ
ワーキングケアラーの増加は、高齢化の進行と就業構造の変化のなかで、今後も続く可能性が高いテーマです。2030年には家族介護者の数がピークを迎え、その後も一人当たりの介護負担は増加し続ける見込みです。企業にとっては、介護離職の防止だけでなく、経験豊富な人材の維持、現場の生産性、そして組織の持続性に直結する経営課題です。経産省も2024年3月に経営者向けガイドラインを公表し、全ての企業の取組を促しています(※3)。
当事務所では、就業規則・社内規程の整備、制度運用(申出フロー・書式・周知資料)の作成、管理職向け研修など、貴社の実情に合わせた「仕事と介護の両立支援」体制づくりをご支援しています(社会保険労務士業務の範囲内でのご支援となります)。
【出典】
(※1)経済産業省「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン」(2024年3月)および同省ヘルスケア産業課資料
(※2)総務省「令和4年就業構造基本調査 結果の概要」(2023年7月)
(※3)経済産業省「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン」(2024年3月)
※本稿は公表資料に基づく一般的な情報提供であり、個別案件への法的判断・助言を示すものではありません。