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作成日:2025/11/26
職務限定型ジョブ型雇用と整理解雇 ―三菱UFJ銀行事件と滋賀県社会福祉協議会事件の示唆―

1 問題の背景:ジョブ型雇用と「業務消滅時の解雇」

近年、日本でも「ジョブ型雇用」と呼ばれる、職務内容を限定して雇用契約を締結する形態が広がりつつあります。
そこでしばしば問われるのが、次のような疑問です。

「職務限定型のジョブ型雇用労働者について、その業務を会社が廃止・撤退した場合、直ちに解雇することが認められるのか。」

この点に関連して、三菱UFJ銀行の専門職社員の整理解雇を有効と判断した東京地裁判決(令和6920日)と、それを維持した東京高裁判決(令和612月・上告なく確定)に注目が集まっています。

あわせて、最高裁が職務限定合意と配置転換命令の可否を示した「滋賀県社会福祉協議会事件」(最二小判令和6426日)も、ジョブ型雇用の今後を考えるうえで重要な判例です。

 

2 三菱UFJ銀行事件の概要

報道や判例解説によれば、本件の事案は概ね次のように整理されます。

・銀行は、円金利や日本経済に関する情報を国内外の顧客に発信する「ジャパンストラテジスト」という専門職ポストを設け、特別嘱託として男性を雇用していました。
・令和2年以降、この男性の年収は賞与を含め3,000万円を超えていたとされています。
・金融グループ全体で円金利リサーチ機能を集約する方針が採られ、銀行内の当該業務はグループ会社へ移管されることになり、銀行側では当該業務が廃止されました。
・銀行は、業務移管先への受入打診、年収2,000万円程度の為替セールス職への配置転換の提案、約4,600万円の再就職支援金を伴う合意退職案など複数の選択肢を提示しましたが、いずれも本人が応じず、最終的に整理解雇となりました。

これに対し、男性は地位確認等を求めて提訴しましたが、東京地裁は解雇を有効と判断し、東京高裁もこれを維持し、上告なく確定したと報じられています。

 

3 争点@:職務限定型雇用かどうか

一つ目のポイントは、当該労働者が「職務限定型」のジョブ型雇用と認められるかどうかでした。

判決は、
・雇用契約上、ジャパンストラテジストとして高度な専門性を前提とした職務内容が明示されていたこと
・他の総合職(為替リサーチ担当等)と比べて賃金水準が大きく上回っていたこと
などを踏まえ、この男性については、特定の職務に限定する旨の合意(職務限定合意)が存在すると評価しています。

その一方で、円金利リサーチ以外の付随的な業務も行っていたからといって、直ちに「職務限定ではない」とまではいえないと判断した点も重要です。

 

4 争点A:職務限定型にも「整理解雇4要素」が適用される

本件で最も注目されるのは、職務限定型であっても、解雇の有効性は従来の「整理解雇4要素」を用いて判断されると明示された点です。

整理解雇4要素とは、裁判例で蓄積されてきた次の判断枠組みです。)

@人員削減の必要性
A
解雇回避努力の有無・内容
B
人選の合理性
C
解雇手続きの妥当性

判決は、本件解雇を「経営上の必要性に基づく整理解雇」と位置づけたうえで、上記4要素に沿って審査を行い、いずれも社会通念上相当と認められるとして、解雇を有効と判断しました。

 

5 争点B:解雇回避努力と滋賀県社協事件との関係

ここで問題となるのが、職務限定合意がある場合の「解雇回避努力」をどう考えるか、という点です。

最高裁は令和64月の滋賀県社会福祉協議会事件で、職種限定合意がある労働者について、合意に反する配置転換命令を使用者が一方的に行う権限はないと判断しました。

この判決を受けて、「職務限定型の労働者については、そもそも配転命令が行えないのであれば、解雇回避努力は不要となり、解雇がしやすくなるのではないか」といった懸念も一部で指摘されていました。

しかし、三菱UFJ銀行事件の判決は、次のような整理を示しています(要旨)。

・職務限定合意がある以上、会社が一方的に配置転換を命じることはできない。
・もっとも、解雇が労働者にもたらす不利益の大きさを踏まえると、本人の同意を前提とした配転の打診や、再就職支援金の提示など、合理的な解雇回避努力を行うことが相当である。

本件では、
・グループ会社への雇用引継ぎの打診
・年収を引き下げた別ポスト(為替セールス)での雇用継続案
・多額の再就職支援金を伴う合意退職案
などが具体的な解雇回避措置として評価され、それ以上に「同程度の高額年収が得られる新たな職務ポストを創設する義務まではない」と判断されたと紹介されています。

 

6 争点C:黒字企業による業務廃止と「人員削減の必要性」

整理解雇4要素のうち「人員削減の必要性」について、かつては会社全体が倒産の危機にあるような場面でのみ認められるという理解もありました。

もっとも、その後の裁判例の流れの中で、
・特定事業部門の不振や再編
・グループ企業内での機能集約
といった、より限定された単位でも人員削減の必要性を認める判断が積み重ねられてきました。

本件でも、銀行グループ内で円金利リサーチ機能を集約する経営判断自体は合理性があるとされ、銀行全体が黒字であっても、当該職務の廃止に伴う人員削減の必要性は認められると判断されています。

 

7 実務への示唆:ジョブ型雇用の設計と運用上のポイント

今回の確定判決と、滋賀県社会福祉協議会事件の最高裁判決を踏まえると、実務上次のような点が重要になります。

(1) 職務限定合意の有無・内容を明確にしておくこと
・雇用契約書や労働条件通知書において、「職務内容」および「変更の範囲」を具体的に定めることが求められます。
・実際の運用(人事異動の有無、賃金水準、評価の仕組み等)も、書面上の位置付けと整合的である必要があります。

(2) 職務限定型であっても、解雇回避努力は不要にならないこと
・職務限定だからといって、「業務がなくなったので当然に雇用も終了する」とは評価されません。
・本人の同意を前提とした配転の提案、グループ企業への紹介、退職勧奨に伴う支援金・再就職支援等、合理的な解雇回避措置を検討・実施したかが問われます。

(3) 高度専門職では、解雇回避努力の水準が相対的に緩やかに認定される可能性
・本件では、労働者が高額の報酬を得る専門職であり、労働市場での競争力も一定程度認められる前提のもと、会社に新たな高額ポストの創設までを求めることは相当でないとされています。
・もっとも、この点は個別事案の事情に依存するため、一般化には慎重であるべきです。

(4) 他のジョブ型(勤務地限定型・時間限定型等)への波及可能性
・勤務地限定型や時間限定型など、他の限定型雇用類型についても、同様の考え方が採られるかどうかは今後の裁判例の蓄積を待つ必要があります。現時点で一律に結論づけることはできません。

 

8 まとめと注意点

三菱UFJ銀行事件の確定判決は、
・職務限定型ジョブ型雇用であっても、解雇の有効性は従来の整理解雇4要素で判断されること
・職務限定合意がある場合でも、会社は合理的な範囲で解雇回避努力を行うべきこと
・一方で、高度専門職のようなケースでは、会社に新たな高額ポストの創設までは求められない場合もあり得ること
を示したものと整理できます。

 

もっとも、いずれも個別事情を踏まえて判断された結果であり、他の事案にも同じ結論が当てはまるとは限りません。また、本稿は公表情報や判例解説等をもとに、企業の人事・労務管理に関する一般的な視点から概要と実務上の留意点を紹介したものであり、特定の企業・個人の行為を評価・批判する趣旨ではありません。

 

 

実際にジョブ型雇用の導入や専門職の処遇見直し、業務廃止に伴う人員整理等をご検討される際には、個別の事情を前提とした法的検討が不可欠です。類似の課題をお持ちの企業様は、ぜひ専門家にご相談ください。