――東京地裁が示したトラック運転者の賃金設計上の注意点――
令和7年10月29日、東京地裁判決では、運送会社でトラック運転者として働く労働者が、未払い賃金の支払いを求めた事案において、「乗務時間外手当」の法的性質が大きな争点となりました。東京地裁(小川弘持裁判官)は、この手当を時間外労働に対する割増賃金とは認めず、「通常の労働時間に対する賃金」に当たると判断し、会社に対し約300万円の支払いを命じたと報じられています。
1 賃金体系の概要と問題となった手当
報道によれば、当該運送会社の賃金体系は、次のような構成とされています。
さらに、「乗務時間外手当」という名目の手当が設けられており、これは「売上げ基準額」と「粗利基準額」を合算して支給額を決める複雑な計算方法が採用されていました。売上げ実績や実出勤日数、全社平均の粗利、本人評価率などにより変動する歩合的な性格を持つ手当とされています。
労働者側は、この「乗務時間外手当」は時間外・休日労働に対する割増賃金とはいえず、結果として未払いの残業代が生じていると主張し、訴えを提起しました。
2 「乗務時間外手当」は残業代ではなく通常賃金と判断
東京地裁は、まず賃金全体の構造と最低賃金との関係に着目しました。報道によれば、「乗務時間外手当」を除外し、基本給や必ず支払われる各種手当のみで賃金額を考えると、地域別最低賃金を下回る可能性があると指摘したとされています。
そのうえで裁判所は、会社の賃金体系に照らすと、「乗務時間外手当」の中には、基本給と同様に通常の労働時間に対する賃金部分が相当程度含まれていると評価せざるを得ないと判断しました。どの部分が時間外労働の割増分で、どの部分が通常賃金に相当するのかが明確に区分されておらず、計算上も判別できないためです。
この結果、裁判所は「乗務時間外手当」の全額を「通常の労働時間に対する賃金」とみなし、そのうえで別途、時間外・休日労働に対する割増賃金を計算すべきであると判断しました。報道によれば、その結果として、未払い賃金約173万8,000円と付加金約119万2,000円の支払いが命じられたとされています(いずれも報道ベースの金額であり、判決書原本の確認はできていません)。
3 最低賃金との関係に対する会社側主張と裁判所の見解
会社側は、「当該労働者本人については、総支給額ベースでは最低賃金を下回っておらず、他の従業員の状況を持ち出して自らの利益のために利用することは許されない」といった主張を行ったとされています。
これに対して裁判所は、個々の労働者の最低賃金違反の有無とは別に、賃金項目の性質(通常賃金か割増賃金か)が労働者ごとに異なると解する合理的な理由はなく、当該労働者だけ乗務時間外手当の性質が異なるとは考えにくいとして、会社側の主張を退けたと報じられています。
4 年次有給休暇取得時の「乗務時間外手当」減額と不利益取扱い
本件では、年次有給休暇(年休)の取得が「乗務時間外手当」の支給額に影響する制度の適法性も争点となりました。
就業規則上は、年休取得日に対して「所定労働時間を労働した場合に支払われる通常の賃金」を支払うと規定されていた一方で、「乗務時間外手当」は実出勤日数に基づいて算定されており、年休を取得した日は実出勤日数に含めない取扱いとされていました。
労働者は、年休を取得すると「乗務時間外手当」が減るため、年休行使に対する不利益取扱いに当たると主張しました。これに対し裁判所は、年次有給休暇の不利益取扱い禁止規定が「努力義務」と解されている最高裁判決(最判平成5年6月25日)を踏まえつつ、実出勤を抑制する趣旨が完全になかったとはいえないものの、報道によると手当減少の割合はおおむね5%前後にとどまっており、年休行使を著しく抑制する程度の不利益とはいえないとして、労働者の主張を認めなかったとされています。
5 中距離手当の評価
また、「中距離手当」についても、走行距離に応じて支給される仕組みであったことから、裁判所は「通常の賃金が含まれている」と評価したと報じられています。どの部分が時間外労働に対する割増分なのか分離できないため、「中距離手当」全額を通常の賃金として取り扱い、割増賃金の計算基礎に含めるべきと判断した内容とされています。
6 運送業を含む企業が学ぶべきポイント
本判決報道から、企業が賃金設計を行う際に注意すべきポイントとして、少なくとも次の点が挙げられます。
7 おわりに
本件東京地裁判決に関する報道は、トラック運転者に限らず、歩合給や各種手当を組み合わせて賃金体系を設計している企業全般にとって、賃金項目の「性質」をどのように整理するかが極めて重要であることを改めて示しています。
特に、
といった点については、早めの点検が求められるでしょう。