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作成日:2025/10/29
就業規則変更手続きにおける過半数代表者の適正な選出と法的リスク

茨城・土浦労働基準監督署による学校法人の書類送検事案は、企業経営者にとって、就業規則の作成・変更手続きの重要性を改めて認識させるものです。法令遵守の基本でありながら見落とされがちな「過半数代表者の適正な選出」を怠ったことが、法的な罰則、そして企業のレピュテーションに重大な影響を及ぼす事態となりました。

1. 法的手続きの不備が招いた深刻な事態

労働基準法第90条は、使用者は就業規則の作成または変更を行う際、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合はその労働組合、ない場合は労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければならないと定めています。今回の事案では、労働組合がない事業場において、学校法人が民主的な手続きを取らず、使用者側が一方的に過半数代表者を指名して意見聴取を実施した点が問題視されました。

土浦労働基準監督署は、この指名による代表者は「民主的な方法で選出されていない」ため、適正な意見聴取が行われていないと判断しました。この判断により、本来行うべき手続き(労基法第90条違反)が履行されていないとされ、法人と事務局責任者が水戸地検土浦支部に書類送検されるという極めて珍しい事例となりました。就業規則の作成・変更手続きに関する違反(労基法第90条)の罰則は、30万円以下の罰金が定められています。

2. 「芋づる式」に露見した労務管理の構造的欠陥

本件でさらに深刻なのは、就業規則変更の手続きの不備が発端となり、三六協定(36協定)の無効判断と、それによる時間外労働(労基法第32条)違反という別の重大な法令違反が発覚した点です。

同法人は、就業規則の変更手続きで指名した者を、そのまま36協定締結の当事者としても扱っていました。労働基準監督署は、就業規則の代表者選出が不適切であったため、同じ者が当事者となった36協定も無効と判断しました。その結果、有効な36協定がない状態で時間外労働をさせたとして、法人と理事長兼校長が労働時間(労基法第32条)違反の疑いでも立件されるに至りました。労働基準監督署の担当者も、36協定締結時の代表者選出に疑義が生じた場合、「芋づる式」に就業規則の作成手続きでも違反が発覚することがあると述べており、手続きの適正さがすべての労務管理の根幹をなすことを示唆しています。

3. 労働者の権利保障と企業防衛

今回の事案は、労働者側から見れば、就業規則の変更(特に不利益変更の場合)や時間外労働に関する協定の締結において、自身の意見が正当に反映されていないという重大な懸念を抱かせるものです。過半数代表者は、労働者の声を集約し、使用者と対等な立場で意見交換や交渉を行う役割を担います。その代表者が使用者によって指名された場合、実質的に労働者の利益が適切に守られる保証が失われます。

代表者の適正な選出とは、労働者が投票、挙手、話し合いなど、自らの意思で自由に選ぶ民主的な手続きを経ることを意味します。この手続きの瑕疵は、当該就業規則や36協定の効力自体を否定する根拠となり得ます。

4. まとめ:問題の解決とコンプライアンスの徹底

特定社会保険労務士として、私はIPOの労務監査及び労務改善指導高難度労務問題解決を数多く手がけてまいりました。この事案が示すように、労務管理における「手続きの適正さ」は、単なる形式ではなく、法令違反のリスクを回避し、従業員との信頼関係を構築するうえでの法的生命線です。

 

特に、就業規則や36協定における過半数代表者の選出は、企業が負うべき最も基本的なコンプライアンス義務の一つです。経営者の皆様には、今回の書類送検事例を他山の石とし、労務管理の基盤を見直し、形式的な整備だけでなく、実質的かつ民主的な手続きの徹底を強く推奨いたします。是正勧告で終わらず、司法処分に至るリスクがあることを肝に銘じ、労働者側、使用者側双方にとって納得感のある、透明性の高い労務管理体制を構築することが、企業の持続的な成長に不可欠です。


具体的な選任方法をご紹介

1. 投票・選挙による選出方法

この方法は、特に従業員数が多い事業場に適しており、手続きの公正性・透明性を最も明確に確保できる方法です。記録も残しやすく、労働基準監督署の調査やIPOの労務監査など、第三者への説明責任を果たすうえで最も信頼性が高いと言えます。

【具体的な手順】

  1. 目的の告知と立候補の受付;使用者は、まず36協定の締結や就業規則の変更といった、代表者選出の目的を全労働者(パートタイマーや契約社員等を含む)に明確に周知します。その上で、代表者への立候補者を募る期間(例:1週間程度)を設けます。周知方法としては、掲示板への掲示、全従業員へのメール送付などが考えられます。
  1. 投票の実施;立候補期間が終了した後、投票期間を設けます。投票は、無記名で行うことが原則です。投票箱を設置する方法や、Web上の投票システムを利用する方法があります。使用者は、誰が誰に投票したか分からないよう配慮し、投票が公正に行われる環境を整える義務があります。
  1. 開票と結果の公表;投票期間が終了したら、複数の労働者の立ち会いのもとで開票作業を行います。最も得票数の多かった候補者を、過半数代表者として選出します。選出された代表者の氏名を、全労働者に周知します。
  1. 記録の保管;手続きが適正に行われたことを証明するため、告知文、立候補者一覧、投票用紙(またはWeb投票の記録)、開票結果などの一連の記録を保管します。

  

2. 話し合い・挙手による選出方法

この方法は、従業員数が比較的少なく、全従業員が一堂に会することが可能な事業場に適しています。従業員間のコミュニケーションが良好な場合に、円滑かつ迅速に代表者を選出できるメリットがあります。

【具体的な手順】

  1. 説明会の開催;使用者または労務担当者が、代表者選出の目的や代表者の役割について説明する場を設けます。この際、選出手続きには使用者が介入しないことを明確に伝えます。
  1. 候補者の推薦と話し合い;従業員の中から、代表者にふさわしい人物を推薦してもらいます。複数の候補者が出た場合は、それぞれの候補者の意見を聞き、話し合いによって代表者を一人に絞り込みます。
  1. 挙手による信任;話し合いによって候補者が一人に絞られた後、その候補者を代表者として信任するかどうかを、全従業員の挙手によって確認します。このとき、事業場の労働者の過半数が信任することが必要です。
  1. 議事録の作成;選出のプロセスを記録するため、話し合いがいつ、どこで、誰の参加のもとで行われ、どのような過程を経て、誰が代表者に選出されたのかをまとめた議事録を作成します。議事録には、参加者の署名や捺印を得ておくと、より証拠能力が高まります。

 

3. 回覧による選任方法

この方法は、勤務形態が多様で全従業員が同時に集まることが難しい事業場などで活用できます。手続きが書面で完結するため、プロセスを明確に記録として残せる利点があります。

【具体的な手順】

  1. 信任を求める書面の作成と周知;まず、代表者の候補者を決めます。候補者は、自薦・他薦を問いません。その候補者を過半数代表者として信任するかを問う書面を作成し、選出の目的とともに全従業員に回覧します。
  1. 署名・捺印による信任;従業員は、書面の内容を確認し、候補者を信任する場合に署名・捺印をします。このとき、他の従業員の署名状況に影響されず、各自が自由に意思表示できる環境を確保することが重要です。
  1. 過半数の確認;回覧が終了した後、信任の署名をした従業員が、事業場の全労働者数の過半数に達しているかを確認します。過半数に達していれば、その候補者が代表者として正式に選任されます。
  1. 記録の保管;信任を得たことを証明する書類として、全従業員の署名・捺印がある回覧文書そのものを大切に保管します。


各方法に共通する重要事項

  • 管理監督者でないこと:労働基準法第41条第2号に規定される「管理監督者」は、過半数代表者になることはできません。
  • パートタイマー等を含む全労働者が対象:選出の母数となる「労働者」には、正社員だけでなく、パートタイマー、アルバイト、契約社員など、事業場で働くすべての労働者が含まれます。
  • 不利益取扱いの禁止:使用者は、過半数代表者であること、代表者になろうとしたこと、代表者として正当な行為をしたことを理由として、その労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはなりません。

これらの手続きは、企業のコンプライアンス体制の根幹をなすものです。経営者の伴走者として、形式だけではない、実質的に有効な労務管理体制の構築を支援いたします。ご不明な点があれば、いつでもご相談ください。