トップ
事務所案内
お問合せ
労務コンテンツ一覧
サービス案内
人事労務ニュース
リーフレット
リンク先
裁判例紹介・ブログ
作成日:2025/10/17
予備校講師の「労働者性」を巡る12年の闘い:非正規雇用の構造問題と今後の展望(弁護士ドットコムニュース)

大手予備校「河合塾」の業務委託契約の講師が、不当な雇い止めを巡る約12年間の法廷闘争の末、最高裁の決定により労働組合法上の「労働者性」を確立し、復職と10年分の賃金にあたる「バックペイ」を勝ち取った事例は、日本社会における非正規雇用のあり方と、労働組合法の適用範囲について深く考えさせるものです。特に、この画期的な判断は、他の大手予備校をはじめ、大学非常勤講師など、業務委託契約を結ぶ多くの「名ばかり個人事業主」の労働組合法上の労働者としての権利確立に大きな道を開くものといえます。
弁護士ドットコムニュース

この事例は、単なる一企業の労働問題に留まらず、労働委員会制度や司法制度の長期化という課題をも浮き彫りにしました。この経験を踏まえ、本記事では、特定社会保険労務士の視点から、今回の事案における法的な論点と実務上の影響について詳細に解説します。


1. 労働組合法上の労働者性の判断基準とその考察

今回の事案における最大の争点は、河合塾と業務委託契約を結んでいた佐々木氏に労働組合法上の「労働者性」が認められるか否かでした。この「労働者性」の有無によって、佐々木氏が組合活動を理由とする不当労働行為(雇い止め)から救済されるかどうかが決定されます。

労働者性の法的判断基準

労働組合法上の労働者性の判断において、中央労働委員会(中労委)は、佐々木氏の勤務実態を詳細に審査し、画期的な判断を示しました。中労委は特に以下の点を指摘し、佐々木氏を労働組合法上の労働者と認定しました。

  • 事業組織への組み入れ(不可欠性・恒常性):佐々木氏は、法人の「事業遂行に不可欠かつ恒常的な労働供給者として事業組織に組み入れられている」と判断されました。予備校の授業提供という核となる業務を継続的に担っていたことが、事業主体との一体性を強く示しています。
  • 報酬の労務対価性:支払われる報酬が、成果物に対する対価ではなく、「法人に対する労働供給に対する対価であると認められる」とされました。
  • 指揮監督下の労務提供と時間的・場所的拘束:「広い意味での指揮監督下の労務提供と一定の時間的場所的拘束が認められる」と判断されました。業務委託契約であっても、授業時間や場所などについて一定の拘束を受けていた実態が重視されています。
  • 事業者性の欠如:「委託契約講師について、顕著な事業者性は認められない」とされました。一般の事業者であれば持つべき自己の裁量や営業の自由などが乏しいと判断されたことを意味します。

これらの判断要素が肯定された結果、佐々木氏は労働組合法上の労働者と認められ、団体交渉権や不当労働行為からの救済といった権利が保障されることになりました。

時間の当てはめの考察

本件は、201311月の雇い止め通告から、最高裁の決定による最終解決まで約12年という極めて長い時間を要しました。

佐々木氏は、厚生労働省のリーフレットを配布したことが雇い止めの発端であり、「普通なら3秒でおかしいとわかる話」であるにもかかわらず、10年以上かかったことに対して「制度の遅さ」を痛感しています。この長期化の背景には、労働委員会における救済申立て(20141月)から、愛知県労働委員会での認定(27ヵ月後)、中央労働委員会での認定(さらに5年近く)、そして使用者側による行政訴訟(さらに4年以上)というプロセスがあり、実質5審制を争ったことになりました。

佐々木氏は、この長期化について、使用者側が「審査制度や司法制度を"時間稼ぎ"の武器にしているように見えました」と述べています 24。労働者の迅速な救済という労働委員会制度の趣旨からすれば、救済までの時間を短縮するための仕組み改善が喫緊の課題であると言えます 25。この事例は、労働者側、使用者側の双方にとって、高難度の労働問題が長期化することのコストとリスクを改めて認識させるものとなりました。


2. バックペイの法的説明と試算

今回の最高裁決定により、佐々木氏は20144月から20243月までの10年分の賃金が全額支払われる「バックペイ」が確定しました。

バックペイの法的説明

「バックペイ(Back Pay)」とは、不当解雇や不当な雇い止めなど、使用者側の違法な行為によって労働者が働けなかった期間について、雇用契約が継続していたとみなして支払われるべき賃金を指します。

不当労働行為による雇い止めが無効となった場合、その期間の雇用契約は法律上継続していたことになります。労働者は労務提供の意思(働く意思)を持っていたにもかかわらず、使用者側の責任で働けなかったため、民法第536条第2項に基づき、使用者(債務者)は反対給付である賃金(報酬)を支払う義務を負うと解されています。これがバックペイの法的根拠です。

原則として、雇い止めされていなければ得られたであろう賃金全額が対象となりますが、労働者がその間に他の職に就いて得た収入(中間収入)がある場合は、その分のうち一定額が控除されます。佐々木氏の場合は「全額支払われる」ことが確定しており、長期間の失業状態や低収入により、中間収入による控除がなかったか、極めて少なかったことが推測されます。

仮賃金を設定した計算(試算)

佐々木さんは雇い止めを告げられた当時、週最大14コマの授業を担当し、ベテラン講師として信頼を得ていました。ここでは仮に、業務委託契約時の1コマあたりの単価と年間の総コマ数を仮定して、バックペイの試算を行います。

【試算条件】

  • 1コマあたりの単価: 仮に10,000円と設定します(予備校講師の報酬は幅広いため、あくまで仮定です)。
  • 年間担当コマ数: 14コマ × 年間35週(一般的な講義期間)= 490コマ
  • 年収(仮賃金): 10,000/コマ × 490コマ = 4,900,000
  • バックペイ対象期間: 10年間(20144月〜20243月)

【試算結果】

  • バックペイ総額(控除なしの場合): 4,900,000/ × 10 = 49,000,000

この巨額のバックペイの支払いは、使用者側にとって極めて大きな経済的負担となり、不当労働行為の結果として企業が負うリスクの大きさを物語っています。

 

まとめ

本件は、業務委託という名の下で、実態として長期間にわたり事業に組み込まれてきた労働者の権利を、労働組合法上で確立した、極めて重要な事案です。

今回の結果は、企業経営者に対し、実態と乖離した契約形態(名ばかり個人事業主)は、結果として長期にわたる係争リスクと巨額のバックペイ、そして他の労働者への権利拡大リスクを招くことを明確に示しました。経営者としては、IPOの労務監査や労務改善指導の専門家として申し上げますが、労務問題の早期解決こそが、企業の社会的信用とコストを最小限に抑えるための最善策であり、労働契約の実態に見合った適正化は急務です。

難しい労働問題も経営者と共に解決するまで伴走してきた実務経験を持つ者として、今後も労働者と使用者、双方の視点から、健全な労使関係の構築を支援してまいります。