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作成日:2025/08/20
賞与の給与化が広がる中で経営者が押さえておくべきポイント

近年、大手企業を中心に「賞与の給与化」へ踏み切る動きが目立っています。ソニーグループは賞与の一部を月給に組み入れる制度改定を進め、大和ハウス工業やバンダイといった企業も同様の流れに乗っています。背景には、物価上昇に伴う従業員の生活安定の確保、そして優秀な人材確保競争の中での待遇改善が挙げられます。また、ヤフーニュースにおいてこの内容の記事が賑わっているようで、当職なりの見解をお伝えさせていただきます。

 

経営者としては、この動きが単なる報酬制度の改定にとどまらず、「人材戦略」や「企業競争力」に直結する重要な施策であることを認識する必要があります。

経営者が検討すべき法的・経営的視点

1. 従業員の安心感と採用力向上

  • 賞与原資を給与に組み替えることで、従業員の収入は安定し、生活設計が立てやすくなると考えます。
  • 「安定的な収入」を掲げることで、採用市場における競争力を高め、離職防止にもつながると考えます。

2. 法的リスクの整理

  • 賞与は本来、法律上の義務はありませんが、給与は労働基準法第24条に基づき毎月一定期日に全額を支払う義務があります。
  • 制度変更の際は、就業規則の改定と労働契約の見直しが不可欠であり、不利益変更にあたる場合には労働組合との労使協議や個別同意取得が必要となります。

3. 税務・社会保険への影響

  • 賞与を給与化すると、年間を通じて社会保険料の算定対象が安定化します。結果として、従業員にとっては可処分所得が変動する可能性があります。
  • 企業側も社会保険料負担の変化や賞与減少に伴うインセンティブ効果の低下を十分に分析する必要があります。

4. 同一労働同一賃金への対応

  • 正社員だけを対象に給与化を進め、非正規社員との間に合理性のない待遇差が生じると「同一労働同一賃金」の観点から法的リスクが生じます。
  • 制度改定にあたっては、職務内容や人材活用の方針を踏まえ、差の合理性を説明できる体制を整えることが重要です。

5. モチベーション管理と制度設計

  • 賞与は本来、業績や成果を反映させるインセンティブとして機能してきました。給与化により、この効果が薄れる可能性があります。
  • 経営者としては、代替的に成果主義的な評価制度やインセンティブ制度を導入し、従業員のやる気を維持・強化する設計が求められます。

 

賞与の給与化経営者が押さえるべき経営リスクと回避策

「賞与の給与化」は従業員の収入安定や採用力向上に資する一方で、経営上のリスクも内在しています。以下に主要なリスクと、その回避策を整理します。

1. 経営リスクと回避策

1)不利益変更リスク

  • リスク:賞与を給与に組み込む際に、従業員が「総額が減った」と感じると、不利益変更として争われる可能性があります。
  • 回避策:就業規則の変更にあたっては、労働契約法第9条・10条の要件を満たすよう労使協議を重ね、従業員への十分な説明を行うことが不可欠です。制度導入時には「改定前後の年収シミュレーション」を提示し、生活への影響がないことを示すと有効です。

2)モチベーション低下リスク

  • リスク:賞与の臨時性が薄れ、成果主義的なインセンティブが弱まることで、従業員のモチベーションが下がる恐れがあります。
  • 回避策:成果連動型のインセンティブや業績賞与を別途設計することで、評価制度と組み合わせてモチベーションを維持することが重要です。

3)同一労働同一賃金リスク

  • リスク:正社員のみ給与化を進め、非正規社員との間に不合理な差が生じると、同一労働同一賃金に抵触する可能性があります。
  • 回避策:非正規社員への適用範囲や合理的な差の根拠を明確化し、必要に応じて説明資料を整備しておくことが有効です。

4)社会保険料・コスト増加リスク 

  • リスク:給与化により社会保険料が毎月発生し、企業の負担が増える場合があります。
  • 回避策:中長期的な人件費シミュレーションを行い、制度導入による財務インパクトを経営計画に織り込むことが必要です。


従業員への説明用
FAQ
(想定問答集)

制度改定時には従業員から多くの質問が寄せられることが想定されます。以下は想定FAQ例です。

Q1. 賞与が減るのではないですか?

A1. 賞与の一部を毎月の給与に組み替えるため、トータルの年収水準は変わりません。むしろ、毎月の収入が安定することで生活設計を立てやすくなることを目的としています。

Q2. 今後、業績が良くても報酬が増えないのでは?

A2. 賞与の給与化は「生活の基盤を安定させる」ことが狙いです。一方で、業績連動的な報酬や成果評価に基づくインセンティブ制度は引き続き導入・運用します。努力や成果は正当に評価される仕組みを残します。

Q3. なぜ今この制度を導入するのですか?

A3. 物価上昇など社会環境の変化により、従業員の生活安定を重視する必要が高まっています。同時に、安定した収入を約束することは、優秀な人材を確保するうえでも不可欠です。経営戦略の一環として実施します。

Q4. 非正規社員や契約社員には適用されないのですか?

A4. 制度の対象範囲は職務内容や雇用形態に応じて決定します。ただし、不合理な差が生じないよう、法令に沿って適切な設計を行います。

Q5. 社会保険料は増えるのですか?

A5. 毎月の給与額が増えるため、社会保険料は年間を通じて一定額が発生します。ただし、これは将来の年金受給額や社会保障の充実につながるものでもあります。


経営者への提言

「賞与の給与化」は、従業員の安定収入を実現し、企業の採用力や定着力を高める有効な手段となり得ます。しかし同時に、労働基準法・労働契約法・社会保険制度など多岐にわたる法的要素を含み、不利益変更や待遇差別のリスクも内在しています。

経営者にとって大切なのは、「短期的なコスト抑制」や「流行への追随」ではなく、自社の経営戦略や人材戦略との整合性を図りながら報酬制度全体を再設計することです。

 

経営者としては、法的リスクの回避・財務シミュレーション・従業員への丁寧な説明を三本柱として、制度設計を進めることが望ましいと思料いたします。