個別の労働問題
1.労働契約締結の場面
企業の担当者が、一番最初に従業員に対して対応を行うのが、労働契約締結の段階、つまり、採用の場面です。
ここは、今後、その従業員と末永くお付き合いをできるか否かを見極め、採用した後は、会社の社業に貢献してもらうべく、その一旦を任せるのですから、それを見極めるため、とても大切な場面です。
この採用の場面は、非常に重要ですから、きっちりとした対応が求められます。一旦採用してしまうと、解雇は、日本においては、企業にとって、なかなか難しい側面があるからです。
そうであれば、面接の時点において、確認する事項、取り付ける書面、会社の要望等を明確に伝え、短い面接時間中にできる限りの対応をしておくことが、このご時世、不可欠です。
しかし、当職がこれまで確認していると、人手不足も相俟ってか、確認しなければならない事項を確認せず、採用後にそれが発覚し、どうすればよいのか、という相談が後を絶ちません。
この様な事態を招かないための企業対応が必要です。
2.労働条件変更の場面
労働条件の変更については、2つの対応が考えられます。一つは、就業規則によって労働条件を変更する場合、もう一つは、個別に労働者の同意を得て変更する場合です。
労働条件の変更については、原則、後者の同意の原則が法で定められております(労契法第8条)。つまり、従業員の同意(真意であること)が得られれば、労働条件は不利益変更であったとしても、変更できます。
ただし、従業員から同意を得る場合、有利な面だけを説明し、不利な面を隠して説明し、同意書に署名を貰ったとしても、それは従業員が本当に理解した上で署名したものではく、本人の真意である同意とは認められないと判断されるリスクがあります(最近の裁判例として、東京地裁 H30.5.30判決 ビーダッシュ事件他)。この点は非常に注意しなければなりません。
一方、就業規則による労働契約の変更はどうなのでしょうか。 従業員に有利な変更は争いにはなりませんよね、普通。問題は、不利益に変更する場合です。
労働契約法には、第9条と第10条にその定めがあり、原則、労働者合意のない就業規則による労働条件の不利益変更はできない、しかし、一定程度の要件を満たすことで、従業員の個別同意なくして不利益に変更することもできることを定めています。
この後半の10条については、企業規模等によって、その求められる程度は、自ずと異なるものと考えておりますが、企業側の一定程度の対応は求められると考えます。
その際、従業員に対して、きちんとした対応、例えば、説明や質問に対する回答は、当然に行う必要があります。
なお、不利益変更は、それが非常に問題がある様に言われることがあります。確かに、企業側が、不利益な変更だけを行使するのは問題であることが多いと思います。
そうではなく、不利益変更するにおいても、①不利益の程度を抑える、②代替の提案、といった「不利益の程度を極力小さくする」という対応は、企業側には必要と考えます。
3.服務規律違反等発生にかかる場面
企業は、ほぼ全ての就業規則に「服務規律」の条項や、「服務規程」として別規程を設けています。当職がこれまで確認してきた就業規則に、その程度に差はありますが、オフィス内、工場内、事務所内の行動ルール、会社として求める活動ルール、内容は様々ですが、会社の従業員として活動するために、集団的なルールを設けています。これらの項目がない就業規則は見たことがありません。
これは、集団生活の場において、従業員同士が円滑に業務を進められるよう、また、企業において、必ず遵守してもらう必要のある事項であって、例外なく、服務規律の内容を守ってもらうことにより、企業の発展を目指すものと考えます。
しかし、この服務規律を守らない従業員が、継続雇用の過程において、発生することがあります。
その服務規律違反に程度の差はありますが、企業としては、きちんとその場面場面において、対応をしていかなければ、折角定めた服務規律が機能しなくなり、あるいは、Aさんは罰してBさんは罰しない、という不公平も発生することが、これまでも何度も見てきました。
企業は、服務規律違反を確認した場合、都度、当該従業員に対して、対応を行う必要があります。
4.労働契約解消の場面
労働契約の終了場面では、①従業員からの申入れによるもの、②会社側からの申入れによるもの、が大きく分けられ、①は通常自己都合退職、②は解雇があります。
先ず、①の場面で紛争に発展することはないと考えられがちですが、最近は、退職の撤回届を提出していたとしても、それは労働者の真意に基づくものではないため、退職の撤回を要求してくるという問題も、何件も確認しております。
特に退職勧奨に絡んだ場面が目立ちます。
最近の新たな傾向として「退職代行会社」から、自己都合退職ではありますが、従業員に代わって会社に退職を申入てくるケースも確認されました。代替人を連れてこない限り退職をさせて貰えない、暴力を振るわれる、(根拠のない)金銭請求をされるという、どうしても代行業者等の介入が必要と考えてもやむなしという例も聞きますが、そういう例とはほど遠い態様であっても,退職代行会社から退職の申入がなされたことを、当職も確認しております。
次に、②の場面、つまり、会社側から労働契約の解消を申し入れる際に紛争に発展しています。冒頭でもお伝えしておりますが、日本では、一旦採用してしまうと、会社側から解消、特に解雇は、なかなか難しいのが現状です。特に、会社が解雇を実施した場合、労働者から「その解雇は不当だ」と言われて、紛争に発展しているケースが、最たる例ですね。
『不当解雇』のキーワードが、ネット検索でも非常に目立ち、様々な例や事案が紹介されており、解雇を発動する場面では、企業は、それなりの対応と戦略が必要な時代になっています。
事項都合退職の在り方もそうですが、会社側から労働契約を解消する場合は、実務でどの様に対応していくのか、検討が必要です。
5.その他の場面
昨今、メジャーな言葉となってきた「メンタルヘルス」が例としてあります。これは、休職をさせる場合において、会社の就業規則等に定められた方法や対応に沿って、きちんと進める必要がありますが、ほとんどの中小企業においては、機能していないことが多いと実感しております。
最たる例が、労働者が診断書を持ってきて会社を休ませてほしいという申し入れがあり、会社は、それに対して何の対応もせず、ただただ欠勤させており、数か月後復職したいという申し入れに対して、会社は辞めさせたいという考えから、トラブルに発展しているケースです。
これは紛争に発展する典型例ですが、メンタルヘルスに限らず、休職を検討するにおいては、そのポイントごとに、きちんと対応していくことが、トラブル回避の最善策と考えます。
当職に相談を寄せられた内容をみると、その対応の問題の共通事項があります。それは、休職させる際に、その休職の説明がなされていないことです。
いつからいつまでが休職、休職期間中の処遇、復職を希望する際の手続、復職出来ない場合の取扱等々、何も説明されておらずいきなり休ませてしまっており、従業員は、休職期間中や復帰まで、自分はどうなるのか全くわからない状態で過ごしており、休職期間満了直前になって復職できないとし、紛争になるという展開です。
企業側の対応方法に問題があることも多いので、適正な手続を実行すべきところです。